フィジーク・オンライン

食事と栄養の最新トピックス㉙ パンプアップの研究 

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1983年7月号
掲載日:2020.10.29
健康体力研究所 野沢秀雄

1.重要なパンプアップ

バーベルやダンベルで懸命にトレーニングしている時、筋肉が膨張して固くなる現象を誰でも経験する。
「パンプアップは実に気持のいい感覚です。あたかがSEXをしている時に感じる絶頂感に似ています。まるで天国にいった時みたいな快感で、ボディビルダーは練習中に何回となく、このウットリした気分にひたれます」
とアーノルド・シュワルツェネガーは「パンピングアイアン」の映画の中でユーモアたっぷりに述べて、観客たちを笑わせている。

「パンプアップするところまでトレーニングしないと筋肉は大きくならない」という人もいる。
「上腕がパンパンに張って、もうこれ以上は練習できない。ほら、さわってみろよ」と、ビルダーが仲間たちに膨れて固くなった筋肉を示す場面によく出くわす。

これほど重要なパンプアップ現象なのに、その意義やメカニズムについて知る人は少ない。
今から何年も前の本誌Q&A欄に、読者からパンプアップ本質を問う質問がのせられていたが、回答者は当時のボディビル協会のメンバーの一人なのに、「医学的に未知である」としか書かれていず、私自身ひじょうに物足りなく思っていた。

自分自身の体験と同時に、今日に至るまで、数多いビルダーの人たちに協力をお願いし、パンプアップしている筋肉の状態、固さ、温度、容量サイズの増加度、持続度などについて、相当数のデータを得つつある。
みなさんに厚くお礼を申しあげると同時に、次項のように、なおデータがあればボディビルの発展に寄与できるので、ひきつづきご協力のほどお願いしたい。

2.パンプアップに関するアンケート

まずあなた自身のパンプアップ状況についてチェックしてみよう。同じ重量で同じようにトレーニングしているのに、ある時はよくパンプアップし、ある時はまるでパンプアップしないという経験は誰にもあるだろう。
なぜ同一人間なのに差があるのだろう?栄養のとり方、休養のとり方、その日の体調、疲労度、やる気の有無など要因が複数で考えられる。

当然ながら、種目を変えたり、重量や回数を変えたり、トレーニングするときの姿勢や角度を変えると、ぐんとパンプアップに差が出る。
人が違えばパンプアップの程度も相当に異なる。筋肉質の人も、脂肪体質の人も、やせている人も、パンプアップをすることでは共通だが、早く起こる人、起こりにくい人、膨張度の大きい人、小さい人、持続時間が比較的長い人、すぐに冷えてしまう人、等、現象は千差万別である。
練習を開始してすぐパンプアップすがるが、あとはいくら懸命にトレーニングしてもパンプアップしないタイプの人と、練習中に何度もパンプアップできるタイプの人がいる。

水の飲み方や汗の出方にも関係があり、ドッと汗をかいてしまうと、後でいくら激しく練習しても、いっこうにパンプアップしない人が多い。
パンプアップの持続時間も大切なポイントだ。とくにコンテスト出場選手は舞台上で筋肉をひときわ大きく見せることが必要で、これをいかに継続させるかが、作戦のいるところである。

ボディビル以外のスポーツマンにもパンプアップ現象は起っている。合宿練習などで、新人たちが腕立伏せや階段昇降などでシゴかれている風景を見るが、何度も何度も長時間反復していると、腕や胸、肩、脚などが固くこわばって動けなくなる。
「筋肉がもう動かないよ」と悲鳴をあげ、大の字に伸びているが、まさにパンプアップをおこしているわけだ。長距離を走ってきたマラソンランナーの脚(大腿・下腿とも)にもパンプアップが観察される。
ボディビルダーとちがって、連日2時間~3時間も、同じ筋肉を使い、負荷も一定なので、ふつうのスポーツマンのほうが、パンプアップをおこしやすく、しかも疲労が続くためか、筋肉の固くなった状態のまま、長期間すごしている人が多い。

私がスポーツマッサージの修得中に「肩が痛んで練習できない」と治療に訪れた柔道3段の選手は、肩から三頭筋にかけて、カチンカチンという表現がピッタリなほど、筋肉が固く張れあがっていた。しかもこの状態が1ヵ月も2ヵ月も続いたままだという。
「これでは体も痛いし、満足な練習ができないのは当然だ。試合に早く出られるように、筋肉をよくほぐさねばいけないよ」とアドバイスし、休養と自己マッサージを教えたところ、まもなく、ベストコンディションに復帰できた。
「スポーツマンの体はふだんは柔かく力をこめたときに固くなるのが理想的」といわれる。パンプアップが長時間続きすぎることも、コンディショニングの見地からは不適切である。疲労が蓄積しすぎているので、原因を除き、適切な処置により、柔かい筋肉をとり戻すことが必要である。

3.パンプアップのメカニズム

いよいよ本論に入り、パンプアップとは何か、なぜ起こり、メカニズムはどうなっているのか、等の問題について検討してみよう。
医学的にみると「パンプアップとは部分的に集中して筋肉を使った結果、この部分に全身から血液が集まり、筋肉が容積を増している状態。
これに加えて筋肉を過度に使用した結果、ぶどう糖の酸化分解が追いつかず、無酸素状態で、多量の乳酸、ピルビン酸を生じ、これら酸類と、筋肉たんぱくが反応したんぱく変性を起こし、その結果、筋肉が固くこわばる状態」と、定義することができる。

まず血液はどのくらいあるのかから説明すると、われわれは全体重の約1/13の血液を持っている。体重65kgの人なら、5ℓが血液である。「牛乳1Lパック5本分か、意外に少ないんだなあ」と感じられよう。
その通り、意外に少ない量で、全身を巡り、栄養素の運搬や酸素の運搬、ホルモンや酵素、医薬品の運搬などの役割を果している。たった5ℓしかないので、効率よく要求される部分に血液が集中する仕組になっている。

食物を食べた直後は主として胃・腸の消化に血液が使われる。「食事のあとすぐに水泳したり、走ってはいけないよ」と言われるのはこのためである。
勉強している時は頭脳に血液が集中する。腹が立ったとき「カッと頭に血がのぼった」と表現されるが、実際に急に興奮したり、大勢の人の前で発言するとき、あがってしまうと頭から顔面にかけてまっ赤になる。
逆に不要な部分には血液は最少限しかゆかない。じっとしているだけでは手足の末端は冷えやすい。

ボディビルでは、部分的に複数の種目をあてて筋肉を鍛えるので、当然血液が移動する。
「スーパーセット法」「ジャイアントセット法」「フラッシングシステム」など、いずれも一定部分に集中してパンプアップを起こさせることを目的としたトレーニング法といえる。

4.筋硬直のメカニズム

単に血液が特定の筋肉に集中しただけでは、特有のカチンカチンになった状態にならない。筋肉は力をこめると固くなる性質を持っているが、パンプアップは力をそれほどこめなくても固く盛り上っている状態である。
実は不気味に思う人がいるかも知れないが、死体が固くなる死後硬直と同じ現象で、筋肉内に酸が生じ、これが筋肉たんぱくと結びついて、一種の変性を起こし、硬化しているのだ。

トレーニングを始めてすぐのうちは筋肉に要求される酸素がスムーズに血液から送りこまれて、バランスよく疲労がとれている。筋肉にかける負荷が次第に大きくなるにつれ、酸素の供給が間に合わなくなる。
筋肉内のグリコーゲン→ぶどう糖→乳酸→炭酸ガス+水のルートで筋肉のエネルギーが産出されているのだが、酸素があるうちは、乳酸が再びぶどう糖に戻るサイクルが働いている。
ところが酸欠状態になると、乳酸、ピルビン酸などの酸性物質が処理されないまま、筋肉内に蓄積する。その結果、筋肉たんぱくと反応して、固い筋肉のこわばった感触になるのである。

獣医学を学んだ人は、屠殺した死体が一時硬くなったあと、丸一日たたないうちに元の状態に戻ることを知っているだろう。
心臓が停止し、酸素が筋肉に送られなくなると、全身が酸性化し、体全体がコチコチになる。その後再び柔かくなるのは、体内の酵素が働いて、筋肉を柔かくするからだと説明されている。
魚も新しいうちはピンと張って筋肉がプリプリしているが、古い魚になると弛緩して、指で押すと穴がひっこんで戻るのに時間がかかる。

「鯉の洗い」を一流料理店で見たことがあるが、板前さんは水の中に酢を落として水洗いすることにより、コリコリした舌ざわりを出している。
また寿司店で、タコやイカを酢の物にしておくが、殺菌の目的と同時に、筋肉たんぱくを酸と反応させて、あの硬直した固さを保持していることになる。

ボディビルで感じる感覚は、①筋肉内部が粘ってきた感じ、②筋肉が張ってきた感じ、③筋肉がカチンカチンに固くなった感じの順でおこり、トレーニングを停止してからも数分間続くのが普通である。
数分間休んでいると、再び筋肉に酸素が送られ、疲労物質である乳酸やピルビン酸が除去されて、元の状態に戻ってくる。

また、トレーニング部位を変えて、胸のあと、腕を集中して鍛えると、胸に集っていた血液は今度は腕に集中するようになる。
胸の筋肉は冷えて、かわって腕が焼きつくように熱くなり、「パンパンに張ってきた」という状態に移るわけだ。
前述のように血液量は一定なので、全身を同時にパンプアップ状態にしておくことは困難である。順に部分ごとにパンプアップ状態が移行してゆくのが普通である。

5.筋肉の発達とパンプアップ

パンプアップしないと筋肉は大きく発達してこない」と実感として感じている人は多いだろう。その通り、パンプアップしてきたということは、筋肉を充分に酷使し、血液が集中し、疲労状態に達したことを意味するからである。
逆に、トレーニングがマンネリ化し、いつも同じくらいの重さで、10回×3セットさえやればいい、と思っている人や、また、セット間の休憩時間を多くし、ダラダラ練習している人にはパンプアップは起こりにくい。

では「パンプアップさえ起こせば筋肉は必ず大きくなるか?」というと実はそうでもない。筋肉がより大きな筋肉に生れ変るには、筋肉せんい(筋肉細胞)をいったん破壊するほど、強い刺激を与えなければならない。
その結果、筋肉がジーンと痛み、炎症をおこす。そのあと丸1日間の休養と、栄養補給により、筋肉せんいの1本1本が、より強大なボリュウムの大きい材質に生れ変る。これが専門用語でいう「超回復」である。

「なにくそ負けるものか?」と与えた負荷に耐え勝ち抜けるよう、筋肉細胞は自らを強化してゆく。この繰り返しにより、筋肉は「作業性肥大」をおこし、次第に一流選手のような立派な筋肉に生れ変ってゆく。
ポイントは4つある。トレーニングの負荷を徐々に強めること、パンプアップを感じてからもうあとわずか強いトレーニングを課すこと、栄養とくに筋肉の材料になるタンパク質とビタミンB6、その他ビタミン、ミネラルをしっかり食べること、筋肉を極限までいじめつけたあと丸1日休養を与えること、この4つである。

同じ重さで何ヵ月もトレーニングしてパンプアップを起こしても、それだけでは不足である。少しずつ、それを超えるくらいの刺激を与えることである。
日本人で初めてIFBBミスターユニバースになった末光健一選手は、次のように語っている。
「私は毎日必ず鍛えた部分をパンパンにパンプアップさせ、しかもパンプアップ状態でさらに1~2セット筋肉を刺激します。ダメだと思ってからあと3回やる、反動を使ったり、補助してもらって、徹底的にやります。その結果、翌日は必ず鍛えた部分がジーンと痛んで、とうてい同じ部分を鍛えられません」

まさにこれが筋肉を発達させる要点で、重量は目いっぱい重くし、休憩は極力とらず連続して短時間にこなしてゆく。そのスタミナ源や栄養源が良質のタンパク質やビタミンE・Cなどにあることは言うまでもない。
今月は重要なテーマである。具体的な栄養のとり方、水分との関係、コンテストの舞台裏でのパンプアップ法等について、まだまだ言及したい点が残されている。紙数の関係で来月号に廻したい。ご期待ください。
月刊ボディビルディング1983年7月号

Recommend