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食事と栄養の最新トピックス㉝ パンプアップの研究<最終回>

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月刊ボディビルディング1983年11月号
掲載日:2020.12.25
健康体力研究所 野沢秀雄

1.食事法とパンプアップ

今月は多数の読者より寄せられたアンケートの結果を考察し、現段階における結論を述べたいと思う。
アンケートの①②つまり使用重量が重い方がよいか、軽い方がよいかは前号に詳しく述べたので、③の食事法との関連から検討することにする。

「炭水化物を制限するとパンプアップする」という設問に対して、83%の人がNOと答えている。減量期で、ごはん・パン・麺類・菓子など、でんぷんや糖分をカットしている時は、いくら懸命にトレーニングしても、パンプアップしにくいことは多数の人の経験から「定説」と考えてよい。
では「なぜだろう?」と理論的に考察すると、「食物中のでんぷん・糖→体内でぶどう糖に消化→肝臓や筋肉でグリコーゲンに合成→運動時にぶどう糖に→筋肉内で無酸素状態で乳酸に」という一連の代謝メカニズムの流れに合致していることがわかる。

つまり、「パンプアップは充血と同時に、乳酸と筋肉たんぱくの化学反応でおこる」と定義したが、乳酸の原料である炭水化物が存在しないなら、パンプアップがおこりにくいのは当然といえる。
上記のメカニズムのうち「炭水化物が肝臓や筋肉でグリコーゲンに合成」という工程がある。これを読んで「炭水化物も体内でストックできる」と思う人がいるかもしれない。

だがその量はわずかで、肝臓に約250g、筋肉に約250g程度にすぎない。食事から食べる炭水化物は、体内でぶどう糖に変化し、血液循環にのって全身をめぐる間に、消費されるのがメインコースである。
もしエネルギー所要量を上回るぶどう糖が存在すると、余分な量は肝臓で「脂肪」に変えられて、全身をめぐり、皮下脂肪になったり、内臓や血管壁に付着したり、筋肉細胞の間に入り、「サーロインステーキ」や「霜降り肉」のように、望ましくない状態になる。

2.炭水化物ローディングとは?

最近、ランナーや陸上選手、水泳選手たちの間で、「炭水化物ローディング」が話題になっている。
持久力を競う種目では、スタミナを維持するために、自分の体(筋肉)にグリコーゲンを多く蓄積してあればあるほど有利である。

先に述べたように、普通約250gしかストックできないが、方法次第でこの量を増やせることが判明した。
順天堂大学体育学部運動生理学研究室の石河利寛教授らの研究によると、最初の1週間はふつうの食事法(炭水化物50%、脂肪30%、たんぱく質20%)をとらせて、条件を均一にならしたあと、次の一週間は、わざと炭水化物の少ない食事法(炭水化物30%、脂肪50%、たんぱく質20%)にする。

ひきつづき最後の1週間は高炭水化物の食事法(炭水化物70%、脂肪20%、たんぱく質10%)を与える人体実験をおこなったという。(カロリーはいずれも2800~2900で同一)
各段階で脚の筋肉に注射針を打ち、筋バイオプシー法という方法で筋肉細胞をとり、これを顕微鏡で観察した。
同時に、自転車エルゴメーターで、オールアウト(疲労が極限に達し、もうこれ以上運動できないという状態)になるまでのタイムを測定した。

以上の結果、低炭水化物にしたときは当然ながら筋肉中の炭水化物(筋グリコーゲン)は大幅に少なくなるが、そのあと高炭水化物食にすると、筋肉中に、ふだんより相当に多いグリコーゲンが蓄積されることが判明した。
この実験のポイントは、単に高炭水化物食にするだけでは脂肪量がふえるだけで、グリコーゲン量には変化がないはずだが、一時的に「炭水化物の飢餓状態」になったので、人体が「これはいけない。もっと多くグリコーゲン筋をつくれ」とグリコーゲン生成酵素に命じ、メカニズムとして、グリコーゲンが貯りやすい状態に達したと説明されている。
そして、筋肉グリコーゲンが多いほど、オールアウトまでの時間が延長され、スタミナが続いたことが証明されている。

3.ボディビルへの応用は?

以上の実験に基づいて、スポーツ選手たちは1~2週間前から食事法に神経を配っている。たとえば試合前1週間になると、まず3日間は「炭水化物をうんと減らす」という方法をとる。
次いで3日間は炭水化物の多い食事に変えてゆく。ふつうの食事ではごはんやパンをいくら食べても70%以上になりにくいので、多量の糖を用いることになる。

こうして、食事法が作戦の一つに採用される時代だが、ボディビルの分野ではどうだろうか?筋持久力を競うわけでないので、直接に「炭水化物ローディング」を応用するのは無理である。
だが、減量期にはボディビル選手は「なるべく炭水化物をカットしよう」と心がけるので、体内には「少量の炭水化物をとっても脂肪に変る」というメカニズムはほとんどなくなり、少量を有効にエネルギーとして完全燃焼させるメカニズムが優先している。

だから「ごはんを食べると太る」と減量の後期にまで極端にカットしてしまわなくてよい。むしろある程度の炭水化物をとるほうが、筋肉に張りが出て、良い結果になる。
ある有名選手は「野菜でも炭水化物を含んでいるので、野菜を食べない」と、とり肉や卵、プロティンのみで生活しているが、これはゆきすぎだ。

ボディビルダーにとって、「たんぱく質ローディング」のような理論があって、「一時期極端にたんぱく質をカットし、その後多く食べたら、筋肉中のたんぱく質がふえないものだろうか?」と期待する人があるかもしれない。だが、これはありえない。
筋肉の肥大はあくまでも作業性によるものだ。漸増的にウェイトを増してゆくので、対抗上、筋肉はバルクをふやすのである。この機械的な負荷(オーバーロード)がなければ、筋肥大は起こらない。
ただ言えることは、単に「漸増的負荷運動」をおこなうだけでは筋肉は発達しない。筋肉細胞の材料になるたんぱく質が充分にあり、同時にビタミンB6をはじめとするビタミンやミネラルが効率よく血液中に含まれないといけない。

とくにビタミンB6について、必要なことはわかっていたが、それほど強調されてはいなかった。最近になって主婦の友社から健康シリーズの本が出た中に「ビタミンB6が効く」(愛知医科大学教授・柴田幸雄著)という一冊があり、たいへん興味ぶかい。
本書によると、いくら高たんぱく食品であっても、またメチオニンを調整してプロティンスコアを100に近づけても、ビタミンB6がなければ、体内でたんぱく質を分解したり、再合成して筋肉にしたりすることができない。

いやそれだけでなくビタミンB6がないとメチオニンを処理できず、「ホモシスティン」という有害物質が体内にでき、動脈硬化をおこす心配が発表されている。
プロティンも種々様々に発売されているが、たんぱく質とのバランス、他のビタミンとのバランスを考えて、ビタミンB6が最適量含まれる製品でないると、決して効果が期待できない。それどころか有害と考えられる。

4.ビタミンCや酢の影響は?

ビタミンCや酢をとると、パンプアップするという設問には、37%の人がYES、63%の人がNOと答えているが、TCAサイクルと関係が深い。
TCAサイクルとは、たんぱく質・炭水化物・脂肪などの栄養素がエネルギーとして分解して使われたあと、最終的に炭酸ガスと水に処理される工程である。

注目したいのは、疲労物質として生じるピルビン酸が、酸素の存在下で、いくつかの酸に輪転してゆき、最終的に炭酸ガスと水になり、尿や汗などと共に体外へ放散される。
この6つの酸が輪転する過程で、ある場合は酸(オキサロ酢酸)→ピルビン酸→グルコース→グリコーゲンというバイパスが存在する。
このルートは、いわば廃品回収車のように、途中で生じた物質を再び有効な資源に戻す役割を果している。(TCAサイクルのさらに大きな役割はATP獲得で、これによりエネルギーが続く)

ビタミンCやクエン酸を摂ると、TCAサイクルの回転がスムーズにすすむ。疲労物質がたまっていても、スムーズに回復させる。レスリングやテニスの選手たちが、レモンをかじって、再びファイトをおこさせるのはこのためである。
ボディビルのパンプアップとの関連では、もちろん、筋肉疲労時の回復によく、スタミナは続くが、それだけパンプアップの硬直感も早く失なわれことが考えられる。
もっとも、パンプアップは一度おこせばトレーニング効果は充分上ったというべきで、持続については附属的なことと考えられる。
「睡眠不足とパンプアップ」「久しぶりに練習した時にパンプアップが大きい」「パンプアップは全身同時にはおこらず、順に移ってゆく」といったことは、すでに述べたことであり、当然といえば当然という結果である。

練習の最初にパンプアップするか、後半でもパンプアップするかについては意見が半々にわかれていて、個人による差が大きい。キャリアや、パンプアップそのものの捕え方で差が出ているのだろう。
パンプアップによる体位の増加度は当然ながら胸囲のような数字自体が大きいもののほうが大きく、3cm以上ふえる人が4分の3を占める。

逆に腕囲は胸囲の3分の1くらいの人が大多数で、1cm以上2cm以内増加するケースが多い。脚は胸囲の2分の1くらいなので、パンプアップも2cm程度増加するケースがもっとも多い。
これらの増加率は、われわれの体験からいって、妥当なものであろう。中には「胸囲が8㎝もふえる」という人がいるが、これは例外的である。
パンプアップの継続時間は10分程度の人が多い。コンテスト出場選手の場合、出場直前に激しくパンプアップさせても、順番待ちが5分以上とか、最悪の場合10分にもなると(現実には、勝審査で5人並び、1人が2分ずつポーズをとると、5人目の選手の時はぎりぎり10分経過してしまうこともある)、パンプアップした筋肉はさめてしまい、精彩を失ってしまう。
また冷房が効きすぎると、お客様や審査員には喜ばれるが、当の選手にはたいへん迷惑である。

デパートの屋上や、プールや海辺のコンテストは健康的で筆者は好きなのだが、風に当りながら順番に待つ出場選手には必ずしも良いコンディションではない。風当りを考えてよい位置で待機するようにし、選手はダラリと力を抜いて待つのでなく肩や胸に力を入れて、筋肉を張らせて待つことがポイントだ。見る人にも好ましい印象を与える。もちろん腹や脚にも力を入れて引締めて立とう。
最後に水との関係は、前々回の本誌8月号に血液量との関係で述べたので省略しておく。くわしく研究すれば、汗がダラダラ流れだすような時こそ、パンプアップも心地よく、最高潮に得られよう。水とパンプアップは「無関係」という人が68%もあったが、今後の観察を期待する。

「汗をかいている選手はコンテスト時に光が反射して、オイルを塗ったようにきれいに見える」と、今年のミスター東京の裏審査では、係員が手ぬぐいで汗を拭いてまわっていた。
これは、「公平なレベルで審査するため」で、これから各自でタオルを持参し、あまりひどいときはぬぐわないと、不快感を持たれる選手も出てこよう。
聞いたところでは「汗に見せかけて、霜ふきで水をスプレーしてかける」といった不心得な行為をする選手が一部にいるようで、これは全く意味がない。スポーツマンシップにのっとり、正々堂々と戦っていただきたい。

5.パンプアップ現象のまとめ

これまで5回にわたり、パンプアップ現象の本質について、検討をしてきた。つい余談に踏み込んだり、コンテスト裏審査の苦労について言及してきたが、結局、パンプアップとは「筋肉を部分的にせいいっぱい酷使し、生じた疲労物質(乳酸・ピルビン酸・焦性ぶどう酸など)が、筋肉細胞のたんぱく質と一時的に弱い化学反応(変性)をおこした現象で、これに血液が集合して膨張し、硬直化し、こわばったもの」と結論できる。
重要なことは、パンプアップが、充分に筋肉を使いこんだときにおこるサインの役割をすることだ。気分よくパンプアップしたときは、その後の超回復もスムーズにゆき、筋肉の肥大が期待できる。
パンプアップを目安にトレーニングする方法は間違ってはいないといえる。だから、初心者から中級者までは、ぜひパンプを目指して今後も練習にはげみ、上級者の人もマンネリで単調になったら、プログラムや練習方法を変えると、再びパンプをおこし、よい進歩が得られるよう。

問題は「パワーリフティングのように重いバーベルを1回きり挙げるトレーニングはどうか?」という点だ。「長年パワーリフティングに集中すると、パンプアップはおこさないが、筋肉は発達し、パワーもついてくるではないか?」と疑問を持つ人がいるにちがいない。
残念ながらパワーリフティングの経決験はなく、選手として出場したこともないので、くわしく検討することは筆者には責任が重すぎる。

パワーを経験した選手に尋ねると、「体を大きくし、筋肉のサイズを得るには、パンプアップをおこさせるトレーニングは不可欠です。一度きりしか挙がらないトレーニングをくる日もくる日もやっていません。基礎になる筋肉はウェイトトレーニングの基本に沿っておこなっています」と答える人が多い。
それならわかる。筋肉づくりはボデイビルの方法でふだんおこない、最高重量を挙げるための技術的な練習をこれはこれでおこなっていると考えれば5回連続して述べた内容に、それほど矛盾はなく、一貫して現時点における考えが理解されよう。

研究は奥行きがまだまだ深い。後につづくよい検討を期待して、本シリーズのペンを置くこととする。ご協力いただいた皆様やご愛読いただいた読者の方々に厚くお礼申しあげます。
月刊ボディビルディング1983年11月号

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