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JPA技術入門講座<15> パワーリフティング・セミナー とにかく試合に出るべし!!

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月刊ボディビルディング1984年8月号
掲載日:2021.03.03
著者=JPA技術委員会委員長・中尾達文
監修=JPA国際部長・吉田 進
 一応、前月号をもって、非常に不充分ではありましたが、ビギナー男女リフター向けのパワーリフティング競技3種目についての初歩的な解説を終了しました。

 そこで今月号からは、これまでの3種目の解説の中で不足していたことや書きもらした部分を補足する意味を含めて、あるいはまた、パワーリフターとしての選手生活を送る上での心がまえ、及び試合を目ざしてのコンディショニング等について、私の体験などをまじえて、思いつくままに雑談風に述べてみたいと思います。

 さて、パワーリフティングを始める男女諸君の大部分の人達は、やはり、ボディビル等のウェイト・トレーニングと同様に、最初は自分の体力づくりやシェイプ・アップの目的でトレーニングに入るわけですが、しばらくトレーニングを続けていくうちに、次第にそのトレーニングに体が慣れてくるに従って、当然、少しずつ体力や筋力が向上してきます。こうなると、今度は欲が出てきて「それではひとつ試合に出てみようかな」という気持になってくるのだと思います。

 私は、ビギナー・リフター諸君が試合に出るキッカケとなる動機が、このようなところにあるということは、これは、これでごく自然の成りゆきでよいと考えております。

 特に、女性のビギナー・リフターにとっては、このような順序を経て、気がついたらパワーリフターとしての選手生活にはいっていたというのが最も抵抗が少ないように思われます。

 なぜこのようなことが言えるかと申しますと、ボディビルも含めて、主としてバーベルを用いるトレーニングというものは、それ自体、非常に地味で変化に乏しい上に、毎日同じことのくり返しのようなトレーニングばかりが続くために、なかなか興味を持続させていくことが困難であると思うからです。

 このような欠点を何とかして克服し練習生、及び選手を目ざそうとしているビギナー・リフター達に、トレーニングを続けさせていくためには、男女共に、それぞれのレベルにおける目的と目標を具体的に示してやり、リフター自身にもしっかりとそのことを自覚させることが必要だと思います。そして、その目標とするノルマを達成するために、毎日コツコツと地道な努力を続けていくように自分自身をしむけていくことが大切です。

 さらに、できうるならば、パワーリフティング競技をつづけていく上で、この課題を克服していくための、よりよい方法は、ある程度のパワーリフテイングのトレーニングのキャリア(たとえば1年~1年半近くの)を積んだビギナー・リフターは、まず、何をさしおいても、どんどん試合に出場することである。

 最初は多少の不安や不満はあってもまず地方レベルの大会に出場してみることです。たった1回の試合に出場することによって得られる貴重な体験がジムでの1年間以上ものトレーニングを続けても得られない程の価値を見い出すことだってあるのです。

 つまり、確かに日々の地道なトレーニングこそが我々パワーリフターにとっては一番大切な強化方法であることには、決して変わりはないのであるが、前途ある若い有望なパワーリフターの卵や、将来、一流のパワーリフターになってやろうという野望に燃えているビギナー諸君にとっては、ジムだけの練習では決して充分ではない。

 ジムでの日々の練習は、武道で言えば道場での稽古であり、やはり実戦とはちがう。試合は、すなわち実戦なのである。

 稽古と実戦、練習と試合は、本来同じものでなくてはならないのであるが現実はやはり多分にちがう面がある。実際の試合に出場してみて、初めて体験させられることが多々あるものである。
本年度全日本選手権の入場式

本年度全日本選手権の入場式

 他のスポーツや武道などとは違って番狂わせの起こる余地の非常に少ないパワーリフティング競技においては、試合にのぞんで、自分自身との戦いそのものの面が多分にあるのですが、それでも、地方大会、全日本大会、世界選手権といった規模の違いによって受ける精神的圧力は全く違ってくるのである。

 男女ビギナー諸君!!ぜひ1回でいいから、とにかく試合に出てみてください。それも出来るだけレベルの高い、厳正なジャッジと1分間ルールを厳守する大会に出てみるがいい。

 特に、一番最初のニー・バンデージを巻くスクワット種目において、しかもコールされて1分以内に試技を開始することを情け容赦なく厳格に適用される世界選手権大会に出てみれば、練習と試合とでは、いかに大きな違いがあるかがよくわかる。

 いくら試合度胸があって、人の前でも一向にあがらない選手でも、世界選手権のあの大観衆の見守る中で試技するということは、雰囲気にのまれないようにという心くばりだけでも大変であり、それ以上に気を使わなければならないのが、コールされて1分以内にニー・バンデージを巻き、スーパースーツのストラップをかけ、ベルトをしめ、手首にサポーターを巻く、この追い回されるような僅か数十秒の間のあわただしい動きの中で、どれだけ己の心を平静に保ち、しかも自己の最高記録に挑むための集中力も併わせて燃えあがらせなければならないのです。

 大相撲の制限時間のように一応、時間が決められてはいても、自分の心と体の準備、さらには相手との間合いが充分でないときは「待った」をすることが許されているのならともかく、時計の針が非情にも1分を指せば、リフターが試技に入る寸前であろうとも、そして、いくら地球の裏側の遠い国から自費をはたいて来ていようとも、容赦なく失敗の判定を下してしまうルールの中で、1回でもパワーリフターとして試技をしてみれば、ジムでの平素の練習と実戦の場である試合との違いが、まざまざと身にしみてわかることと思います。

 筆者の体験からも、本当に毎回のことながら、スクワット種目のときだけは冷や汗というか、油汗がタラタラと流れるというのが実感です。

 世界選手権において、過去幾多の日本を代表するトップ・パワーリフターが、この非情の1分ルールの厳しい処置で失敗の憂き目に合って、くやし涙を流したことであろう。

 しかし、パワーリフティング競技のすさまじい迫力と、その追いつめられるような雰囲気の中での選手の気迫ある試技を産み出す源は、何をかくそうこの1分ルールにあると、筆者は考えています。自分の好きなペースで、ゆっくりと試技することが許されるとしたら、たとえ、現在より高い記録が出たとしても、それはスポーツのもつ緊迫感、スリル、迫力という面において興味が半減してしまうでしょう。

 このように、確かに平素のジムでの練習が基本であることには異論はありませんが、やはり、試合、すなわち実戦というものは生き物であるから、一体、何が起こるかわからないという恐さがあり、それがまた選手、あるいは見る者にとって面白いのではないでしようか。

 とにかく、パワーリフティングの試合に出場する場合、最初の種目、スクワットをうまく乗りこえられたら、もう半分は終ったも同じだといっていいでしょう。

 今後、日本国内においてもパワーリフティング競技が普及、発展し、競技人口がますます増加するようになれば大会運営上、スムーズな競技進行を考えて、1分以内の試技開始ルールは従来にも増して厳格に適用されることは間違いない。

 そこで、男女ビギナー・リフター諸君には、平素より1分ルールについて充分に理解し、これに慣れるためにも試合が近づいた時には、ジムにおける平素の練習においても、タイムを計りながらニー・バンデージを巻くなどして、いろいろと工夫してみて欲しい。

 さらに、試合にのぞんで、大勢の観客の前で試技するときに、心が平静でいられるように精神的な訓練をすると同時に、1分以内という限られた時間内に自己の精神と肉体の興奮状態を極限にもっていくという2つのことを同時に自分の心の中でコントロールしなければならないということを常に頭の中において、平素よりトレーニングするように努めていただきたい。

 諸君も一度、放送係の「残りタイム10秒」というアナウンスの中で、あわただしくスーパースーツのストラップをかけ、ベルトをしめるのももどかしく、小走りでスクワット・スタンドにかけよって自分のベスト記録にチャレンジしてごらんなさい。

 こういうことを1回でも体験することによって、諸君は、パワーリフティング競技というものが、第三者の立場の人が無責任に言う「ただ単に、重いバーベルを力まかせに”よっこらせ"と持ち挙げさえすればよい」という程に単純なものではないことがわかると思います。

 このことを考える時、我がJPAが世界に誇るパワーリフティング界の鉄人(スーパースター)因幡英昭選手が達成した、世界選手権10連覇の偉業というものが、いかに不滅の大記録であるかわかろうというものです。

 来月号では、パワーリフティングの試合を目ざしてのコンディショニングについて述べてみたいと思います。
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月刊ボディビルディング1984年8月号

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