フィジーク・オンライン

食事と栄養の最新トピックス24 「ビルダーは持久力がない」はウソ

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1983年1月号
掲載日:2020.09.30

1.まちがった認識

健康体力研究所 野沢秀雄

 「重いバーベルやダンベルで筋肉を鍛えてモリモリにすると、スポーツに必要な持久力が失われて、マイナスになる」と広く信じられている。全国各地のトレーニングセンターでも、野球や空手の選手が入会した時に、「重いバーベルよりも、中程度、もしくは軽いバーベルを使用し、反復回数を20回程度おこなうとよい」とコーチしている例が多い。

 確かにスポーツ医学に関する学会発表や、著作物、あるいはウェイトトレーニングの講習会などにより、「筋肉をつけることは持久力に不利」と常識的に考えられている。

 この考えを裏づけして証明したのが「赤い筋肉・白い筋肉」の理論といえる。ご存知の方も多いと思うが、「人間の筋肉をとりだして、染色して顕微鏡で観察すると、個人により赤い筋肉と白い筋肉の比率がちがっている。赤い筋肉が多い人は長距離ランナーのように持久力にすぐれており、白い筋肉が多い人は重量挙げのような瞬発力にすぐれている。赤い筋肉と白い筋肉の数は生まれつき変わらないが、トレーニングの仕方次第で占める体積は変化する」という研究発表だ。科学的根拠が確立している以上、「筋肉を発達させることはスポーツマンに不要」と信じるのは無理もないことである。

 だが、かならずしも筋肉の発達と持久性が互いに矛盾するものではないことを現実に証明する興味深い出来事がおこっている。神奈川県ボディビル協会が毎年実施している「体力増進ガッツ大会」である。

2.ビルダーはスタミナがない?

 すでに何年も前から「ビルダーはスタミナがない」と言われがちなので、この迷信を打破しようと田鶴浜会長、田辺理事長の熱意により、神奈川県下のボディビルダーが参加する、スタミナコンテストが開催されていた。

 57年11月14日、川崎市青少年会館を会場に実施された第4回大会には、ミスター神奈川優勝、ミスター日本7位入賞の後藤裕己選手らの元気いっぱいの姿が揃っている。過去に腕立伏せやヒンズースクワットで優勝した三田村昭選手(ミスター神奈川、ミスター東日本、ミスター実業団などで優勝、ミスター日本にも何度も出場)は今回審判員として、カウントを数えたり、順位を確認する役員として手伝ってくれている。

 年令43才の石塚勝利さん、44才の原敏人さんのような中年おじさん組や、紅一点、大会に花を添える美人の鴨原清恵さんの参加も心強い。聞くところによると、彼女の仕事は保母さんで、体力を消耗する毎日だったが、トレーニングを始めて以来、たいへん体調がよいそうだ。

 午後12時すぎ、田鶴浜会長の合図で、なわとび二重跳競技が7名の参加選手によって開始された。これは持久力もさることながら、巧緻性、つまり、いわゆる運動神経や器用さが深く関係する。1位は石井理選手354回、2位・畑周二選手215回、3位・後藤裕己選手209回という結果だった。

3.腹筋運動、連続1300回の驚異

 さていよいよビルダーに関心の深い腕立伏せ(プッシュアップ)が開始される。実は筆者自身、腕立伏せの回数には自信があて、現在の日本テレビ系列「びっくり日本新記録」(毎日曜夜7時放映)の前身ともいえる「チャレンジショウ」という番組に出演申込みをしたことがある。その週は「腕立伏せチャンピオン大会にする、と予告されていたので、銀座にある広告会社の会議室を訪れた。「少なくとも60回、その場の雰囲気で80~100回がんばれるのでは?」と野次馬気分も半分あって参加を申込んだわけだ。

 ところが会場には全国各地で行われた記録が刻々と入ってきて、トップは200回もやったという。出場できる6名の中に入るには、130回くらい反復できないとダメである。この時点で集まった人はほとんどあきらめて帰らざるを得なかった。

 その後TVでこの番組が放映され、確かにチャンピオンは200回を越える回数を繰返し、たいへん感心したことを、つい昨日のように覚えている。

 さて、ガッツ大会では、TV番組とちがい、ピッ、ピッと鳴る合図ごとに1回ずつ正確にプッシュアップしなければならない。TV局では各自のペースで、最後のほうは時間をかけて、ともかく反復できればいいだけだった。「神奈川方式はきついぞ」と、約2秒おきに鳴る合図をきいて、厳しさがわかった、そして下のイラストのように、胸の真下に両手を置いて、肘をいっぱい曲げて体を深く沈めねばならない。
プッシュアップ

プッシュアップ

①胸が床に着くまで体をおろす。

②ついで肘が完全にまっすぐになるまで伸ばして起きあがる。

③身体はまっすぐ棒状にのばして反復する。

④腹部をつきだ出したり、逆に殿部を高くあげたり、ひざを曲げたりしてはいけない。

 等の注意が予め示されている。

 「ヨーイ、スタート!」の号令と共に24名の参加選手が腕立伏せを開始した。いずれも力自慢ばかりだが、50回を越えると苦しそうな顔がふえる。まっ赤に紅潮して、ゴロリと横たわってしまう人が続出する。

 プッシュアップの結果は、
記事画像2
 で、女性の鴨原さんは22回であった。

 ひき続き、腹筋運動のシットアップ競技がおこなわれた。ジムでは両足首を固定したり、相手に押さえてもらうがガッツ大会では床に寝ただけで、その位置から、腹筋の力だけで起きあがらなければならない。しかも両手は後頭部に置くことが義務づけられており、相当に苦しい運動になる。注意事項として、図のように次の4点が指示されている。
シットアップ

シットアップ

①床に仰向けに寝て、頭に両手の指を6本以上置いておくこと。

②その姿勢で135°くらいまで起きあがる(直角ではなく、さらに体を曲げこんで肘が膝、ないしは太ももに着くぐらいまで曲げること)

③次に背中、肩が床にふれるまで仰向けにのばす。

④頭の位置は自由だが、膝を大きく曲げたりしてはならない。

 午後1時ちょうどにスタートして、10名の選手が、2列に互いに向いあって、シットアップを反復する。シーンと会場が静まる。応援団を含めて約100名の人たちが体育館にいるとは思えぬくらい静かである。

 50回を越すころから、苦痛に満ちた表情が現われだし、落伍する者が続々とふえてくる。プッシュアップ同様にピッ、ピッという合図に伴って一動作を完全に実行せねばならず、相当にきつい。晩秋だというのに、汗がポタポタと吹き出している。

驚くことに、上位3選手は、1時間近く経過しているのに、まだ腹筋運動を続けている。何とすごいスタミナだろうか?

 両足を固定していないので、位置や方向が次第にずれて、部屋の隅のほうに移動している選手がいる。尻がすりきれないように、スポンジのクッションを下に敷いている選手もいる。

 シットアップの結果は、
記事画像4
 となった。1位の平川選手の記録が1300回プラスとなった。決して平川選手がギブアップしたのではなく、逆にまだまだ何回でも反復できる余裕を持っており、すでに時間が1時間以上経過して、際限なく続くことが心配されたからである。

 ひとくちに1300回と聞いてもピンと来ない人が多いと思うが、全く休みなしに、丸1時間、正確なリズムで腹筋運動する自分の姿を考えてみよう、いかに大変な記録かわかるだろう。

4.スクワットは連続3000回も!

 約15分の休憩のあと、メインイベントのヒンズースクワット競技が開始された。ランニングが持久性をみるのに適していると言われるが、ランニングやジョギングは自分の体重を水平に移動させるだけにすぎない。ヒンズースクワットは垂直に、フルに自重を太ももにかけて上下させるので、運動量としては、はるかにランニングより負荷が大きい。したがって、酸素摂取量も多く、決して無酸素運動ではない。はっきり有酸素運動(エアロビクストレーニング、いわゆるエアロビクサイズ)ということできる。
記事画像5
①直立して足を肩幅くらいに開く。

②膝が完定に曲がるまで、腰・殿部を深くおろす。

③おろす位置は、ふくらはぎのヒラメ筋まで。

④腕の位置や手の位置は自由であるが前傾したり、腰や背すじを曲げてはならない。終始直立が望ましい。

 以上4項目の注意事項が選手たちに示されている。

 女性の鴨原さんを含めて11名の選手が、汗いっぱいになって健闘してくれた結果、
記事画像6
 という順位になった。紅一点の鴨原さんは203回で女性としてはたいへんな好成績、また44才の原さんは700回で9位だった。

 スクワットの途中、もう出ないはずの汗が、どの選手もドッとまた吹き出して、床の上は水たまりのよう。

 苦しくなるにつれ、ペースメーカーの音から遅れ出す者が出てくる。3001回以上という記録のとおり、1位の後藤選手は、2時間近くたっても、延々と繰返す余裕を残しており、いつ終わるか見当がつかないほどである。表彰式の時間制限があり、ドクターストップならぬタイムストップがかけられて、3001回でひとまず終了したわけだ。

 それにしても連続3000回をやれるということは、これまたすごいスタミナである「おそらくプロレスラーのトレーニングでも、これだけの高回数はこなせないでしょう」とミスター日本に何度も出場し、現在は川崎青年会館の指導にあたっている吉田純久さんは語っていた。
 上位の選手はいずれも典型的なボディビルダーで、筋肉の発達がすばらしい人ばかりだ。バーベルやダンベルで日ごろ鍛えあげ、コンテストにもよく出場している。
'81ミスター日本7位、'82ミスター神奈川優勝、後藤裕己選手。プッシュアップ連続150回、ヒンズースクワット連続3001回以上という持久力の持ち主でもある。

'81ミスター日本7位、'82ミスター神奈川優勝、後藤裕己選手。プッシュアップ連続150回、ヒンズースクワット連続3001回以上という持久力の持ち主でもある。

5.スーパーマン後藤選手ら

 ボディビルから分岐して、パワーリフティング競技が、文字通り、瞬間的なパワーを競うスポーツになっているわけだが、筋肉の組成からいうと、白い筋肉の限界の力を判定していることになる。片やガッツ大会は、反復力、持久力、スタミナといった、赤い筋肉の性能を判定するスポーツになっている。

 BIGBOXのトレーニングクラブでも、50kgのバーベルを用いて、各自が何回ベンチプレスやスクワットを反復できるか、マラソン大会と称して毎年おこなっているが、ガッツ大会にしろ、マラソン大会にしろ、なかなか興味深い実験といえる。

 注目することは、各種目で優勝した後藤選手が、①ボディビルダーとしてトップクラス ②パワーリフターとして神奈川県の記録を持つトップクラス ③そしてガッツ大会でもスタミナのトップラクス ④そして極真会館に入門して空手選手としても優秀と、一人で何役も優れた面を見せていることだ。
 
 したがって、後藤選手一人の存在だけでも「ビルダーは持久力がない」というのは誤ちであることが分るにちがいない。

 同じく平川選手、畑選手、いずえもコンテスト出場のビルダーで、筋肉の発達もすばらしい。筋肉の発達と持久力は決して矛盾するものではない。互いに足を引張ったりするものではない。

 後藤選手は身長163cm・体重72kg・胸囲115cm・上腕囲40cm・大腿囲60cmトレーニング歴10年と、公式に発表されている。この筋肉のバルクとデフィニションは決して見せかけではなく、性能もすぐれていることがわかる。その秘密はどこにあるのだろうか?

 コーチをしている吉田さんによると「パワー大会前は集中してパワー増強のための練習方法、そしてガッツ大会前の約1~2ヶ月間は、持久力をつけるトレーニングを集中して実行した」ということである。たいへんな努力を毎日して、筋肉の組成をふさわしい状態に切りかえていることがわかる。

 そうかといって、筋肉のサイズが衰えているわけではなく、どの選手も筋肉隆々の立派な状態である。外観は変らず、筋肉内部で、自由自在に切りかえる能力が優れているのだろう。あるいは当初から両面に強い性質を持っているにちがいない。「片方(パワー)を鍛えたら、他方(スタミナ)が失われる」といった性質ではないことが、今回の出場選手たちのお蔭で、実証されたことになる。選手のみなさんや大会役員の方々に、厚くお礼申したい。
月刊ボディビルディング1983年1月号

Recommend