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JPA技術入門講座<9> パワーリフティング・セミナー(ベンチプレス・パートIII)

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月刊ボディビルディング1984年2月号
掲載日:2021.01.21
著者=JPA技術委員会委員長・中尾達文 監修=JPA国際部長・吉田進
 今回は、ベンチプレス・パートⅠで解説した競技用ベンチプレスにおける2種類のフォームの分解写真を参考にしながら、それぞれのフォームにおける肘関節の角度、及びバーを握るグリップの方法等について述べてみたいと思います。
 ベンチプレス・パートⅠで解説した<A>のフォームを私は「くの字型」フォームと呼んでいるのですが(背筋の反り具合が文字のくの字に似ているので)、次のページの一連の写真を見てまず注目していただきたいことは、バーを握る時の手首の向きです。
 そして次に、この「くの字型」フォームにおいては、ベンチプレスの動作中、終始、両肘が真下に位置するよう留意すべきである。そして、肘をこのような状態に保っためには、ラックからバーをはずして胸の上におろす際に両肘を外側(真横)に張るようにすることである。
 一般に、肘関節の伸展運動においては、肘関節の角度が110度を越すと、急激にその伸展力が増してくるといわれている。その理論を踏まえて、ここに示した一連の分解写真でもわかるように、広い握り幅で「くの字型」のフォームでベンチプレスをする場合にはバーを胸上におろした時の両肘の関節角度がすでに90度を越えて鈍角になっているので、その点「くの字型」のフオームでは、バーの握り幅もルール範囲一杯の81cmに近いところを握る方がより有利と思われる。
 また、押し上げに際しては、写真③から④に移動するまでの、いわゆる肘関節のスティッキング・ポイントを出来るだけ素早く通過させるように努力すべきである。

[註]スティッキング・ポイント
 バーベルを押し上げるとき、バーの上昇スピードが急激に衰え、一瞬止まってしまいそうになる点のことで、両肘の角度が90度に近いところにこれがあることが多い。もちろんこのスティッキング・ポイントは、ベンチプレスのみならず、スクワットにおいても存在する。
「くの字型」フオーム

「くの字型」フオーム

 次に前々月号で解説した<B>のフォームを、私は「への字型」フォームと呼んでいます(下背筋のそり具合がくの字より、むしろへの字に近いため)。「への字型」のフォームの場合にもやはり、バーを握る手首の向きに注目してみてください。また、いずれのフォームの場合にも共通していることは、パワーリフティング競技としてのベンチプレスでバーを握る時には、バーの真下に手首がくるように注意することと、手の指の部分にバーを乗せないようにすることである。
 つまり、バーは手のひらの部分でしっかりと握り込むようにすることである。すなわち、親指のつけ根部分から小指の部分の手のひらの、むしろ手首に近い部分にかけてバーが乗るようにすることである。
 また、この「への字型」のフォームにおいては、バーの握り幅は「くの字型」のフォームよりかなり狭いだけに両肘の関節が90度になるスティッキング・ポイントを出来るだけ素早く通過させるためには、バーを胸上に止めて押し上げるスタートの時、両肘の関節角度が余りきつい鋭角にならないようにすることが大切である。
 そのためには、最初にバーを胸上におろす際に「くの字型」の時のように両ひじを真横に張るようにするよりもむしろ、両脇をやや閉めかげんにしながら、バーを乳頭線上よりやや下方の、みぞおちのあたりにおろす方が望ましいようである。
 また、このフォームでは、バーの握り幅が狭い分だけ、バーを挙上する距離が長くなるため、大胸筋の内側、ならびに三角筋、上腕三頭筋、前腕筋等を「くの字型」のフォームよりはるかに多用することになるので、平素よりこれらの諸筋を多角的に鍛えるための補強・補助種目をしっかりと実施しておくことが大切である。
 さらに、このフォームでは、両手のグリップは「くの字型」の時より以上に、しっかりとバーを握りしめるようにすることも重要なポイントである。
「への字型」フォーム

「への字型」フォーム

 次に、ビギナーにおけるベンチプレスの練習時における挙上重量の目標、及び使用重量、反復回数、セット数について、私見をまじえながら解説してみたいと思います。
 いずれのフォームの場合においてもキャリア1年以内のビギナー・リフターのベンチプレスにおける1回挙上重量の目標は、男子の場合、自分の体重の1.5倍を一応の最高目標とすれば充分であろう。女子の場合は、自己の体重の90~100%の重量を1回挙上可能となれば充分な成果と考えられます。
 まず、ビギナー・リフターの一番最初にマスターしなければならない初期の目標は、男子の場合は、自分の体重と同重量のバーベルで10回×5セットを完全な競技用フォームでプレスできることに置いてください。
 これが達成できたら、次は、自分の体重の1.3~1.5倍の重量を1~3回ぐらい、やはり完全なフォームでプレスできることを目標にしてトレーニングにはげんでください。
 女性リフターの場合には、当初は自分の体重の半分(50%)の重量で、10回×5セットが完全なフォームでプレスできることを目安とし、それが可能になったら、次は、自分の体重の70~90%の重量で1~3回のプレスが出来ることを目標にすればよいでしょう。
 ベンチプレスの1セット当りの反復回数は、特別な目的を持った練習の場合を除けば、筋持久力を養成するわけではないから、多くても1セット10回以内(ウォーミング・アップの場合も含めて)で充分だと思います。
 特に女性リフターの場合は、筋肉の性質からいって、一般的に男性リフターよりは筋持久力という面においてすぐれているといわれています。このことを例をあげて説明すると、男子リフターの場合、100kgを3~4回プレスできれば、110kgを1回プレスすることはほとんど可能なはずですが、女性リフターの場合には、必ずしも男性リフターのようにはいかない場合が多いようです。つまり、女性リフターの場合には筋持久力にすぐれている関係上ある重量でかなりの回数をプレス出来るからといって、それより10kg上の重量が1回プレスできるというわけにはいかないということが多いわけです。
 従って、私の私見を申しあげれば、女性リフターといえども、やはりパワーリフティング的な瞬発力を求めるならば、1セット当りの反復回数は10回以内にとどめるべきです。(ただし、シェイプ・アップが目的の場合は別です)
 さて最後に、男女ビギナーのベンチプレスの練習時における使用重量、反復回数、セット数の例をかかげてみましょう。
 先ずベンチプレスの自己ベスト記録が100kgの男子ビギナーの場合で示します。
[註]最後の60kg×5~8回の3セットは握り幅を少し狭くして行う。

[註]最後の60kg×5~8回の3セットは握り幅を少し狭くして行う。

 以上の10~15セットを1週間に2~3日実施すること。ベンチプレスはスクワットやデッドリフトよりは翌日に残る疲労感が少ないので、多い日には20セットくらい実施してもよい。ただし、あくまでも正しいフォームで実施することを忘れないで欲しい。
 パワーリフティング競技の練習ではいたらずにセット数や反復回数を重ねるよりも、1回1回の挙上に全精神を集中することの方がはるかにベターであることを知るべきである。
 次にベンチプレスの自己ベスト記録が60kgの女性ビギナーの場合のトレーニング例を示します。
[註]最後の30kgの3セットは、自分の最も得意な握り幅より少し狭くして実施する。

[註]最後の30kgの3セットは、自分の最も得意な握り幅より少し狭くして実施する。

 以上の10~13セットくらいを1週間に2~3日実施すること。ただし、体調の悪い時やフォームの乱れている時などは、適当にセット数や反復回数を調整すること。
 次回はベンチプレスの補強・補助種目について記す予定です。
※参考文献:窪田登著「最新筋肉トレーニング法」稲門堂、他
〔昭和58年度全日本大会における中尾選手のベンチプレス〕

〔昭和58年度全日本大会における中尾選手のベンチプレス〕

月刊ボディビルディング1984年2月号

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