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食事と栄養の最新トピックス 58

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月刊ボディビルディング1986年1月号
掲載日:2021.10.14

中・上級者のための食事法<4>激しいトレーニングとたんぱく

ヘルスインストラクター 野沢 秀雄

1.それでも不安が残るビルダー

 防衛費にGNPの1%以内というワクを設定して、軍事費の膨張に歯どめをかけているのと同様に、「ビルダーの1日当りたんぱく質必要量は体重1kg当り2g程度が適切」と以前からずっとアドバイスしている。
 これに対して「理屈としてよく分るが、現実に勝ちたいビルダーはたんぱく質の量を減らすのが不安でたまらない。筋肉がおちるようで心配だ。だから少々多くなっても安全率をみて構わず食べるようにしている」と何人かの人たちから聞いている。
 とくに1日2時間くらい毎日激しいトレーニングをする者にも、果して体重1kg当り2gで良いのだろうか?
 前回、発育時のたんぱく質必要量を詳しく検討したので、今回は筋肉発達時のたんぱく質必要量を研究しよう。
 その前に厚生省が定めている、1日あたりたんぱく質必要量、またWHO(世界保健機構)とFAO(世界農業食糧機構)が定めている1日当りたんぱく質必要量は、これ自体がすでに充分な安全率を加味して決定されている。実はわれわれの体を維持するには意外なほど少ないたんぱく質ですむわけだ。この科学的根拠について先ず述べておこう。

2.たんぱく質所要量の算定基礎

(A)良質たんぱく質の平均窒素平衡維持量(平均たんぱく質必要量)
 最新の考え方は、1日当りの尿・便・皮ふから失なわれる窒素(N)の量を定めることをスタートとしている。良質たんぱく質と仮定した時の平均たんぱく質必要量は、日本人1日体重1kg当り0.64gである。

(B)日常摂取たんぱく質の良質たんぱく質に対する相対利用率(80%)
 食事に含まれるたんぱく質がすべて体内に吸収され、利用されるわけではなく、一部分はロスになる。これは日常の食事のたんぱく質がプロティンスコア100でないことにも関連している。
 NPUという動物を用いた利用効率の実験から、実際に摂取するたんぱく質は、良質たんぱく質の80%とみなしている。この分を先のⒶに加味することとする。

(C)ストレス等に対する安全率(10%)
 たんぱく質代謝量は病気の感染や免疫、軽度の外傷、疾病、不安感、あるいは睡眠不足など日常生活にありふれたストレス、および環境(低温・高温(等)のストレスなどにより増すことから、上記のⒷに対してさらに10%の安全率を見込むこととする。

(D)個人差に関する安全率(30%)
 さらに個人により飛びぬけて窒素代謝率が高い人が出現する。日本やアメリカでの数十例の実験結果から、変動の幅を平均値に対して16.7%という係数が得られた。成人について97.5%の人があてはまる安全率として、標準偏差の2倍値、つまり平均値の30%増しを採用することにする。
 以上のⒶ~Ⓓをまとめてみると、成人の1日、体重1kg当りのたんぱく質必要量は次のようになる。
 まず、男子20代の平均体重は62.6kgなので1人1日当りのたんぱく質必要量を計算してみよう。
記事画像1
1.14×62.6≒71.4g
女子20代の平均体重は52.1kgなので1人1日当りのたんぱく質必要量は、1.14×52.1≒59.4g

3.激しい運動により数字は増すか

 体重1kg当り1.14gという数字は成長のとまった成人が基準である。発育期には当然ふえるので、これは前号の表の通りである。
 スポーツマンなど激しい運動をする者は高たんぱく食を要するのだろうか? 従来の考え方は「筋肉運動によりたんぱく質必要量は特に増加することはない」とされていた。しかし最大酸素消費量の約60%に相当する労働を4時間負荷したとき、過剰に生産される窒素化合物は8~12gに達する。この量は運動による総エネルギー消費量の約10~15%に相当する。このことから労働によるエネルギー消費の増加が要求される場合、その増加エネルギーの10~15%をたんぱく質で補給することが望ましいとされる。
ーーーーこれが現在の厚生省栄養課の公式見解である。
 ボディビルトレーニングを2時間する人のエネルギー消費量(これは本当に個人差が大きいが)を、仮に1000カロリーとすると、その10~15%、つまり100~150カロリー分はたんぱく質が望ましく、g数でいえば25g~37.5g多くなる。
 体重70kgのビルダーでは、1.14×70に25~37.5gを加えると、1日当り104.8g~117.3gとなる。体重1kg当りに戻しなおすと1.5~1.7gとなる。激しい運動をする人の体重1kg当りのたんぱく質所要量を別表に示したので参照されたい。
<別表>激しい運動に必要なたんぱく質量

<別表>激しい運動に必要なたんぱく質量

 だが筆者としては、ウェイトトレーニングやボディビルで筋肉量を増やす場合には、たんぱく質必要量は当然さらに上廻ると考えている。
 実際に前号で体重が年間で5kg程度ふえる10代前半では、体重1kg当りの数字が1.8~2.1gになっている。ボディビルで半年に3~5kg、年間で7~10kg体重がふえる例は決して珍しくないだろう。
 代々木にあるトレーニングプラザでも短期間に筋肉で体重を増すことに成功した人がたくさんいる。このような場合、明らかにたんぱく質は1.8~2.2gくらいをとっている。
 一般スポーツにおいても、ウェイトトレーニングを行なった際はもちろんのこと、初級者が日常練習をおこない、筋肉が適応して肥大する時期には、たんぱく質必要量は1.8~2.2g程度まで増すと考えられる。
 単に「重労働では高たんぱくの必要がない」というのでなく、初期訓練時で体が対応する期間や、ウェイトトレーニングを採用してパワーアップをはかる時期は、体重1kg当り2g程度までを目標に高たんぱく食にしたほうが望ましい成果が得られる。
 特に、10代の高校生のような成長期にある人がウェイトトレーニングを始めると、筋肉細胞自身も細胞分裂で数まで増すことが考えられる。実際に高ニ・高三の人たちの短期間の発達ぶりに驚くことが多い。このような場合は「発育」と「発達」が同時に重なって進行するのだから、当然たんぱく質必要量は多くなる。少なくとも体重1kg当り2gは確保しておきたい。
 アメリカの研究例では、最大限所要量を体重1kg当り2.7gとするデータがある。これ以上では全く何の効果もないし、逆に有害の心配がふえるわけである。

4.あの北村選手の食事法は?

 小山裕史選手や小沼敏雄選手に続いて、現代日本ボディビル界の話題選手といえば、短期間ですごいバルクを造りあげた北村克己選手である。彼の目ざましい活躍ぶりに「ぜひ北村選手の食事法をのせてほしい」という希望が読者などから多数寄せられている。
 くわしい内容は現在同選手に依頼中であるが、先日、東京ボディビル協会20周年パーティで話す機会があった。
 北村選手によると、「今まで本当に多数の方々からどんな食事法をして、短期間に大きくなれたか聞かれていました。ところが、有りのままを話すとそれを単純に真似されることが心配で公表はしたくない気持が大きい」「自分のしてきた食事法が本当だとしてもそれが正しかったかどうかは自分にも分らない」「大きくなるには精神面でのガンバリが大きく、それが食事法にも関係するのでないか」と、たいへん謙虚であり、慎重であった。
 そこで私が断片的に聞いたり、友人の高安さんやBIGBOKの田中さん(アスレチック担当責任者で、現在副支配人をされている)から教わったことをまとめてみよう。
 筆者が北村選手に初めて逢ったのは宮畑豊選手のサンプレイトレーニングセンターに用事で行ったときだった。
 まだ東大の1年生でボクシングからボディビルに転向して数ヵ月。東日本学生コンテストに初めて出場するにあたり、ポージング方法を宮畑会長に習いに来ていたようだった。
 当時の北村選手は体重が60~65kgであったろうか、伸びの良い筋肉とディフィニションで、「彼は将来、きっと大選手に成長する素質を持っている!」と宮畑会長と驚きあったものだ。
 その後何回となく、代々木を訪れてトレーニング方法や食事法についてスタッフたちと語りあっていた。
 その後の成長は目を見張るものがある。だがトレーニング法や食事法はまさに驚き、「いやはや超人だ」という。CMどおりである。
 たとえば「初期のころは1日に10個以上の卵を食べた」「1週間で1.2kgの徳用プロティンをあけた」「サバの缶詰を4~5個ずつ食べた」といった内容である。いずれも1日に同時に食べたわけだから、たんぱく質の摂取量として300~400gにも達していた。体重1kg当り5gにもなっていたことがあるわけだ。
 その後の食事法では徐々にたんぱく質をへらし、内容もとり肉や魚などを採用し変化を持たせている。プロティンに依存する割合も減らしていると聞いている。それでも普通のビルダーに比べればたんぱく質は多く食べており体重1kg当り2gよりはかなり大きく上廻っている。
北村克己選手

北村克己選手

5.今回のまとめ

 北村選手の食事内容は確かに「超人的」である。だが彼もいうようにトレーニングのほうも1日中ウェイトトレーニング、スイミング、山地のランニングと「超人的」なのである。このスタミナには敬服せざるを得ない。
 また「高たんぱくと同時にワカモトのような消化剤、またプロテアーゼのようなたんぱく質分解酵素を飲んだことが良かったと思う」「最初は苦しくて食べられなかった。ムリに口に入れていた。3週間くらいすると胃腸がなれてきた」とも語っている。
 ここで強調しておきたいのは「これが正しい食事法だった」とは今の時点では言えない点である。試行錯誤という言葉があるが、あれをやったり、これを行なったり、ビルダーは道に迷いながら手探りで歩いている。北村選手自身がこのことを語ってくれている。
 前掲の表では「ボディビル2時間の消費カロリーを1000」とみて算出している。これは体協スポーツ委員会の報告で、いろいろな種目をおこなわせ、酸素消費量から計算したものだ。ベンチプレスやスクワット、シットアップなど総合して1時間当り500~600カロリーが妥当とみている。(ふつうの人)
 実際には一流選手がコンテストを目指して、懸命にトレーニングしている姿をみると、1時間当り1000カロリー程度と判定することもできる。
 仮に一例として体重80kgのビルダーが2時間で2000カロリーのトレーニングをした場合を考えてみよう。
 この場合、2000カロリーの10~15%をたんぱく質で補給するのが適切なので付加量は50~75gとなる。つまり1日あたりたんぱく質必要量は141.2~166.2gとなる。これを体重1kg当りにすると、1.76~2.1gとなる。
 ただ、このような場合でも、単にたんぱく質だけが突出して多くなることは問題を生ずる。あくまでも炭水化物や脂肪を同時に多くし、全体のうち15~25%くらいに持ってゆくことが理想的のなである。

 今月のまとめとして、次の3点をよく認識しよう。
①1日当りたんぱく質必要量は、相当の安全率を見込んだ上で、ふつうの成人体重1kg当り1.41gである。意外に少ない量で身体は維持され、そのうえ、卵やプロティンのようなアミノ酸組成のすぐれた食品では、ロスが少ないので、少ない量でカバーすることが可能となる。

②スポーツやウェイトトレーニング等の重作業では、体重1kg当り1.5~1、7gで良いとされるが、ボディビルダーで筋肉を発達させる時には体重1kg当り2gを目標としたい。

③さらに複合して他のスポーツを行なったり、1日に何時間もトレーニングをする場合は、運動によるカロリー消耗量に応じて、たんぱく質を体重1kg当り2g以上2.7g程度までは多くとる必然性がある。
 ただしこの場合も、単にたんぱく質だけを突出して多くとるのではなく、他の栄養素もふやし、バランスを考えることが大切。さらに2.7g以上を超えることは無意味なだけでなく、有害が心配である。

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  次回は筋肉維持とたんぱくの予定。
月刊ボディビルディング1986年1月号

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