☆セルジオ・オリバ物語☆(その5)
"大魔神の半生"
月刊ボディビルディング1982年8月号
掲載日:2018.12.10
国立競技場 矢野雅知
マッスルダムの一匹狼
1975年ミスター・オリンピア・インター・ナショナル・コンテストでは、オリバをケ落とそうとして、大きな組織が裏工作をしたが、結局のところ、主催者のエディ・シルベスターが、あくまでフェアにやることで拒絶した結果、その組織のビルダーは全員不参加となり、オリバの楽勝となった。
だが、オリバはこの巨大組織から目のカタキにされて、マッスルダムの一匹狼的存在になっていった。
オリバはトレーニングだけは続けていた。意地でも続けなくてはならなかった。それというのも、くだんの巨大組織の雑誌には、オリバのことを「おろか者」とか「不誠実な男」と書きたてており、「セルジオ・オリバ−−彼はもはや過去のビルダーである」「オリバの時代は去った。彼は引退を余儀なくされたのである」とか、オリバが心底ほれ抜いているコンテスト・ビルダーから勝手に引退してしまったことにされていたのである。
「バカな!オレは現にこうして世界の誰もが及ばぬ筋肉を保持しているではないか。そんなデタラメな記事を読むと、オレはひじょうにムカついた。今でもオレは世界一なのだ。証明してやる。オレがリアル・ワールド・チャンピオンであることを!」
オリバは徹底的にハードなトレーニングをした。さらにハードにトレーニングをした。いや、さらにさらに彼は猛烈なトレーニングに打ち込んだのである。
1977年に、フランスの"ブラック・パンサー"サージュ・ヌブレから手紙を受けとるまで、コンテストから身を引いていた。とオリバは語っているが実際には、彼はフィジーク・コンテストの舞台に立っている。
例えば、1976年には、ダン・ルーリィが主催したWBBGのミスター・オリンパスがニューヨークのブロードウェイで開催され、オリバも出場している。オリバにとっては、これはまともなコンテストに出場したことにはならないのだろうか。自伝にはこれについて全く触れておらず、「リトル・ゲームを楽しんでいた」と述べているだけである。
しかし、この第1回のミスター・オリンパス・コンテストの出場選手はかなりハイ・レベルであった。
この年は、フランコ・コロンブが初めてミスター・オリンピアの栄冠を手中にしており、NABBAのミスター・ユニバースでは、我が日本の杉田茂選手がアマのミスター・ユニバースを獲得、プロではサージュ・ヌブレがトニー・エモットを破ってミスター・ユニバースとなっている。
そして、ミスター・オリンパスにはこのヌブレとエモットがチャレンジしており、1973年のNABBAミスター・ユニバースとなっているクリス・ディカーソンも出場している。結果は4位・ディカーソン、3位・トニー・エモット、2位・サージュ・ヌブレ、そして大魔神オリバがミスター・オリンパスとなっている。
だが、オリバはこの巨大組織から目のカタキにされて、マッスルダムの一匹狼的存在になっていった。
オリバはトレーニングだけは続けていた。意地でも続けなくてはならなかった。それというのも、くだんの巨大組織の雑誌には、オリバのことを「おろか者」とか「不誠実な男」と書きたてており、「セルジオ・オリバ−−彼はもはや過去のビルダーである」「オリバの時代は去った。彼は引退を余儀なくされたのである」とか、オリバが心底ほれ抜いているコンテスト・ビルダーから勝手に引退してしまったことにされていたのである。
「バカな!オレは現にこうして世界の誰もが及ばぬ筋肉を保持しているではないか。そんなデタラメな記事を読むと、オレはひじょうにムカついた。今でもオレは世界一なのだ。証明してやる。オレがリアル・ワールド・チャンピオンであることを!」
オリバは徹底的にハードなトレーニングをした。さらにハードにトレーニングをした。いや、さらにさらに彼は猛烈なトレーニングに打ち込んだのである。
1977年に、フランスの"ブラック・パンサー"サージュ・ヌブレから手紙を受けとるまで、コンテストから身を引いていた。とオリバは語っているが実際には、彼はフィジーク・コンテストの舞台に立っている。
例えば、1976年には、ダン・ルーリィが主催したWBBGのミスター・オリンパスがニューヨークのブロードウェイで開催され、オリバも出場している。オリバにとっては、これはまともなコンテストに出場したことにはならないのだろうか。自伝にはこれについて全く触れておらず、「リトル・ゲームを楽しんでいた」と述べているだけである。
しかし、この第1回のミスター・オリンパス・コンテストの出場選手はかなりハイ・レベルであった。
この年は、フランコ・コロンブが初めてミスター・オリンピアの栄冠を手中にしており、NABBAのミスター・ユニバースでは、我が日本の杉田茂選手がアマのミスター・ユニバースを獲得、プロではサージュ・ヌブレがトニー・エモットを破ってミスター・ユニバースとなっている。
そして、ミスター・オリンパスにはこのヌブレとエモットがチャレンジしており、1973年のNABBAミスター・ユニバースとなっているクリス・ディカーソンも出場している。結果は4位・ディカーソン、3位・トニー・エモット、2位・サージュ・ヌブレ、そして大魔神オリバがミスター・オリンパスとなっている。
WABBAワールドで優勝
さて、ヌブレからの手紙によると、彼はWABBAミスター・ワールドのコンテストを開催する準備中であるという。
オリバは、サージュ・ヌブレこそはヨーロッパのボディビルディング界では、たった1人の正直者であると思っていた。かつてヌブレは、IFBBのヨーロッパの長として、重要な地位にいた。ところが巧妙な裏工作によって失脚してしまい、IFBBから追い出されてしまった。こんな裏面を見てきたオリバは、
「ヌブレなら汚ない手を使うこともないだろう。彼ならコンテストの審査もフェアにやってくれるだろう」
と考えて、ミスター・ワールド・コンテストに参加すると返事を書いた。
オリバはグッドな多くのビルダー達と一緒にパリへ飛んだが、コンディションは最悪であった。というのは、コンテストの1週間前に食中毒にやられて、5分おきにトイレにかけ込む、という事態を繰り返していたのである。早い話が下痢である。腹の中が四六時中、ピーピー、ゴロゴロ鳴っていたのだからコンディションを崩すのは当然であろう。
このオリバに、目をつりあげてチャレンジしてきたのは、ポール・グラハムという、国際的なコンテストのタイトルをまだ一度も手にしていない、いわば「いまいち」の選手であった。彼にしてみれば、何がなんでもミスター・ワールドのタイトルを獲得して、一流ビルダーの仲間入りをしようと、必死になっていた。
だが、結果は、最悪のコンディションだったにもかかわらず、オリバの楽勝であった。
「もし、奴(グラハム)が、大口をたたくのとせめて同じくらいのカーフを持っていれば、コンテストの勝者になったかも知れん。もし奴の脚が、オレの前腕よりも、もっと太ければ、奴は優勝できたかも知れん……。ま、奴の実力は、せいぜいのところ、そんなもんだった。
ともかく、このミスター・ナッシングは、コンテストではことごとくオレと対立した。奴は勝とうとするあまり汚ない手を使おうとした。しかし、そんなことが通用するハズがない。奴がやろうとしたことは、みんなこちらはお見通しである。
当り前だ。奴は脳ミソはないし、筋肉だって知れたもんだ。奴にはオレを負かすものはなァーんにもないんだ。せいぜいのところ、ちっぽけなピンポン球のような上腕二頭筋を持っているだけなのだ。
オレは奴に言ってやった。"こんど会ったら、ピンポンをして遊ぼう。その時は、あんたのピンポン球を貸してもらうつもりだ"と……」
オリバは、サージュ・ヌブレこそはヨーロッパのボディビルディング界では、たった1人の正直者であると思っていた。かつてヌブレは、IFBBのヨーロッパの長として、重要な地位にいた。ところが巧妙な裏工作によって失脚してしまい、IFBBから追い出されてしまった。こんな裏面を見てきたオリバは、
「ヌブレなら汚ない手を使うこともないだろう。彼ならコンテストの審査もフェアにやってくれるだろう」
と考えて、ミスター・ワールド・コンテストに参加すると返事を書いた。
オリバはグッドな多くのビルダー達と一緒にパリへ飛んだが、コンディションは最悪であった。というのは、コンテストの1週間前に食中毒にやられて、5分おきにトイレにかけ込む、という事態を繰り返していたのである。早い話が下痢である。腹の中が四六時中、ピーピー、ゴロゴロ鳴っていたのだからコンディションを崩すのは当然であろう。
このオリバに、目をつりあげてチャレンジしてきたのは、ポール・グラハムという、国際的なコンテストのタイトルをまだ一度も手にしていない、いわば「いまいち」の選手であった。彼にしてみれば、何がなんでもミスター・ワールドのタイトルを獲得して、一流ビルダーの仲間入りをしようと、必死になっていた。
だが、結果は、最悪のコンディションだったにもかかわらず、オリバの楽勝であった。
「もし、奴(グラハム)が、大口をたたくのとせめて同じくらいのカーフを持っていれば、コンテストの勝者になったかも知れん。もし奴の脚が、オレの前腕よりも、もっと太ければ、奴は優勝できたかも知れん……。ま、奴の実力は、せいぜいのところ、そんなもんだった。
ともかく、このミスター・ナッシングは、コンテストではことごとくオレと対立した。奴は勝とうとするあまり汚ない手を使おうとした。しかし、そんなことが通用するハズがない。奴がやろうとしたことは、みんなこちらはお見通しである。
当り前だ。奴は脳ミソはないし、筋肉だって知れたもんだ。奴にはオレを負かすものはなァーんにもないんだ。せいぜいのところ、ちっぽけなピンポン球のような上腕二頭筋を持っているだけなのだ。
オレは奴に言ってやった。"こんど会ったら、ピンポンをして遊ぼう。その時は、あんたのピンポン球を貸してもらうつもりだ"と……」
Tシャツからはみ出すこの腕を見よ! これがオリバなのだ
ワールド・カップ、フォックス欠場で対決肩すかし
その後しばらくしてから、オリバはカリフォルニアのマイク・グラスから手紙を受け取った。それによると、世界中のビルダーを集めて、ワールド・カップを開催するつもりだという。
オリバは、このワールド・カップこそ、自分のカムバックを世界中の人々に知らせるには、またとない、うってつけの舞台であると思い、1979年の末カルフォルニアに飛んだ。
そこでオリバは初めてバーティル・フォックスに会った。ウワサどおりデカい筋肉をもった凄い男だった。
「オレは写真でしか彼を見ていなかったが、さしたる印象は受けなかった。たしかに奴はもの凄くデカイ。だが、大きいだけでシャープさやデンシティがない。まさに醜い岩石のカタマリみたいな奴だ、とオレは思った」
オリバの目には、バーティル・フォックスの岩石のような体は、いくらハードなトレーニングをしたところで、美しいシンメトリカルな肉体には変えようがない。といっても、こんな悪口を広言したのではなく、あくまでもこれはオリバのひとり言であり、オリバはとにかくステージの上で、岩石男と闘いたかったのである。
コンテスト会場のバック・ステージでは、どの選手もパンプ・アップに余念がなく、コンテストの興奮がグングン高まっていた。オリバは、多くの出場選手の中で、バーティル・フォックスただ1人を注目していた。
フォックスは、ジャケットを着たまま、決して脱ごうとはしなかった。もっともこれはオリバとて同じで、出場時間が刻一刻と迫ってくる頃になってレスト・ルームに入って行った。とにかくトイレの中でなら、誰にもジャマされずに最後のポージング練習をすることができる。
着ているものを脱いで、オリバがポージングを始めると、筋肉はうねりを生じてギューッと緊張し、筋線維には多量の血液が流入して、どんどんパンプ・アップする。さらにパンプ・アップして、巨大な筋肉はさらに一段と巨大に膨張してくる。最後に、大魔神の怪物ボージングでしめくくって、上着をひっかけてバック・ステージにもどると、出場選手を番号順に呼び始めていた。
だが、フォックスがいない。恐らくまだジャケットを着ており、パンピングした体を隠していて、オリバを驚かしてやろう、という腹づもりであろうと思われた。
オリバはベンチから起き上がって、タオルをとりあげて振り向くと、オー何とフォックスがレスト・ルームから出てくるではないか。奴はオレが中でポージングをしているとき、ボックスの中に座って、もの音を立てないように、静かにジーッとオレの姿を見ていたのだ。それも両脚を持ち上げて、気づかれないようにしていたのである。
「おい、クソはしなかったのか」とは、オレは言わずに、自分の出番を待っていた。
その直後である。オリバは少し失望することになる。いよいよコンテストがスタートする頃になって、フォックスが、出場しないと言い出したのである。大会役員のサージュ・ヌブレにフォックスが「肩を痛めたので競技はできない。ゲスト・ポーザーにしてほしい」と言っているのをオリバは耳にした。
「こんなことが偶然に起こるだろうか? ステージに出場する2、3分前になって、肩など痛めるだろうか?
コンテストの前日なら、張り切りすぎて、肩だけでなく、他の筋肉だって痛めることがあるだろう。それでも、コンテストには参加するだろう。出場するための準備はすっかり出来あがっているのだし、当日になって肩を少しくらい痛めたからといって、急に筋肉がしぼんでしまうわけでもなく、カットが失なわれるなんていうことはないからだ。
この場合、ボディビルダーとして考えられるケースは、他の出場者の凄さに圧倒されて、自分にはとても勝ち目がないというあきらめから、急拠、出場を取り消してしまうことだ。
オレは、とにかくこれについては、気にしないことにした。このワールド・カップは、オレの偉大なカムバックとなるコンテストだ。相手が誰であろうと、オレは全力をつくすのだ!」
コンテストは順調に進行している。観衆はすでに物凄く興奮しており、オリバとフォックスとカルマン・サカラックのビック3の対決を、今か今かと待ち望んでいたのである。
だが、フォックスは、依然として出場を拒否していた。そして、最後は、ゲスト・ポーサーであろうが何だろうが出場はしないと言って、観客席に座ってしまったのである。
オリバはカンタンに優勝した。大魔神健在を満天下に示した。サカラックとのポーズ・ダウンにしても、筋肉の大きさそのものが格段に違っていた。大魔神オリバが、人間ではなく、バケモノであることを改めて証明したショーであった。
オレはコンテストを終えて、女房と一緒にホテルに戻ると、フォックスのところにすっとんで行き、初めて奴と握手した。奴はオレに、
「パリのコンテストで会いましょう」と言った。
オレは奴の手をギューッと握りしめて、最大の微笑を返して、
「今夜、君が見たオレは、まだカムバックの最初の段階に過ぎんのさ。次にパリで会うときは、今夜、君が見たオレよりも、3倍は良くなっているハズだ。だから楽しみに待っていてくれ。それから……君も注意するんだ。コンテストの寸前に肩なんか痛めないようにナ!」 (つづく)
オリバは、このワールド・カップこそ、自分のカムバックを世界中の人々に知らせるには、またとない、うってつけの舞台であると思い、1979年の末カルフォルニアに飛んだ。
そこでオリバは初めてバーティル・フォックスに会った。ウワサどおりデカい筋肉をもった凄い男だった。
「オレは写真でしか彼を見ていなかったが、さしたる印象は受けなかった。たしかに奴はもの凄くデカイ。だが、大きいだけでシャープさやデンシティがない。まさに醜い岩石のカタマリみたいな奴だ、とオレは思った」
オリバの目には、バーティル・フォックスの岩石のような体は、いくらハードなトレーニングをしたところで、美しいシンメトリカルな肉体には変えようがない。といっても、こんな悪口を広言したのではなく、あくまでもこれはオリバのひとり言であり、オリバはとにかくステージの上で、岩石男と闘いたかったのである。
コンテスト会場のバック・ステージでは、どの選手もパンプ・アップに余念がなく、コンテストの興奮がグングン高まっていた。オリバは、多くの出場選手の中で、バーティル・フォックスただ1人を注目していた。
フォックスは、ジャケットを着たまま、決して脱ごうとはしなかった。もっともこれはオリバとて同じで、出場時間が刻一刻と迫ってくる頃になってレスト・ルームに入って行った。とにかくトイレの中でなら、誰にもジャマされずに最後のポージング練習をすることができる。
着ているものを脱いで、オリバがポージングを始めると、筋肉はうねりを生じてギューッと緊張し、筋線維には多量の血液が流入して、どんどんパンプ・アップする。さらにパンプ・アップして、巨大な筋肉はさらに一段と巨大に膨張してくる。最後に、大魔神の怪物ボージングでしめくくって、上着をひっかけてバック・ステージにもどると、出場選手を番号順に呼び始めていた。
だが、フォックスがいない。恐らくまだジャケットを着ており、パンピングした体を隠していて、オリバを驚かしてやろう、という腹づもりであろうと思われた。
オリバはベンチから起き上がって、タオルをとりあげて振り向くと、オー何とフォックスがレスト・ルームから出てくるではないか。奴はオレが中でポージングをしているとき、ボックスの中に座って、もの音を立てないように、静かにジーッとオレの姿を見ていたのだ。それも両脚を持ち上げて、気づかれないようにしていたのである。
「おい、クソはしなかったのか」とは、オレは言わずに、自分の出番を待っていた。
その直後である。オリバは少し失望することになる。いよいよコンテストがスタートする頃になって、フォックスが、出場しないと言い出したのである。大会役員のサージュ・ヌブレにフォックスが「肩を痛めたので競技はできない。ゲスト・ポーザーにしてほしい」と言っているのをオリバは耳にした。
「こんなことが偶然に起こるだろうか? ステージに出場する2、3分前になって、肩など痛めるだろうか?
コンテストの前日なら、張り切りすぎて、肩だけでなく、他の筋肉だって痛めることがあるだろう。それでも、コンテストには参加するだろう。出場するための準備はすっかり出来あがっているのだし、当日になって肩を少しくらい痛めたからといって、急に筋肉がしぼんでしまうわけでもなく、カットが失なわれるなんていうことはないからだ。
この場合、ボディビルダーとして考えられるケースは、他の出場者の凄さに圧倒されて、自分にはとても勝ち目がないというあきらめから、急拠、出場を取り消してしまうことだ。
オレは、とにかくこれについては、気にしないことにした。このワールド・カップは、オレの偉大なカムバックとなるコンテストだ。相手が誰であろうと、オレは全力をつくすのだ!」
コンテストは順調に進行している。観衆はすでに物凄く興奮しており、オリバとフォックスとカルマン・サカラックのビック3の対決を、今か今かと待ち望んでいたのである。
だが、フォックスは、依然として出場を拒否していた。そして、最後は、ゲスト・ポーサーであろうが何だろうが出場はしないと言って、観客席に座ってしまったのである。
オリバはカンタンに優勝した。大魔神健在を満天下に示した。サカラックとのポーズ・ダウンにしても、筋肉の大きさそのものが格段に違っていた。大魔神オリバが、人間ではなく、バケモノであることを改めて証明したショーであった。
オレはコンテストを終えて、女房と一緒にホテルに戻ると、フォックスのところにすっとんで行き、初めて奴と握手した。奴はオレに、
「パリのコンテストで会いましょう」と言った。
オレは奴の手をギューッと握りしめて、最大の微笑を返して、
「今夜、君が見たオレは、まだカムバックの最初の段階に過ぎんのさ。次にパリで会うときは、今夜、君が見たオレよりも、3倍は良くなっているハズだ。だから楽しみに待っていてくれ。それから……君も注意するんだ。コンテストの寸前に肩なんか痛めないようにナ!」 (つづく)
東京の下町を物珍らしげに眺めるオリバ
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