☆セルジオ・オリバ物語☆(その6)
"大魔神の半生"
月刊ボディビルディング1982年9月号
掲載日:2018.11.14
国立競技場 矢野雅知
オリバは、カリフォルニアで開催されたWABBAワールド・カップに優勝すると、シカゴにもどり、次にパリで開催されるWABBAミスター・ワールドにむけて、厳しいトレーニングを開始した。
ワールド・カップを目指してトレーニングをやっていた時よりも、今回はさらに一段とハードなトレーニングを行なった。それは………、今度は充分な時間がとれるし、ワールド・カップではバーティル・フォックスが棄権してしまったが、パリの大会には必ず出場してくるからだ。
× × ×
フォックスはオリバよりもさらにバルクがあり、より発達した筋肉の持ち主であるといわれている選手だ。オリバ自身は、まだステージ上でのフォックスのポージングを見たことはないが写真で見たり、話を聞いた限りでは、醜い岩石のような肉体、それ以上に伸びる可能性のあまりない選手としか映っていなかった。決して負けられない相手である。どうしてもたたいておかねばならないビルダーなのだ。
たしかに、あのゴツい骨格に、もはやこれ以上の筋肉をつけることは不可能だというほど、でかい肉が付着している。そういえば、今、売り出し中のミスター・アメリカ、ティム・ベルナップも、メチャクチャに筋肉が発達している点で、フォックスによく似ている。
ベルナップの筋肉は、まさにグロテスク………と思えるほどだ。しかし、それだけである。彼は、どんなハードなトレーニングをしても、そして極限まで筋肉を発達させたとしても、さらにビッグなタイトルの獲得はムズかしかろう。ビッグ・ビルダーにふさわしい洗練されたフィーリングがない、と私には思える。
このことは、バーティル・フォックスにもいえるのではないか。オリバが彼を「醜い岩石」と評するのも、あながち否定はできないものである。
日本のあるトップ・ビルダーや、役員の中には、彼がNABBAミスター・ユニバースになったとき、「彼はアーノルド・シュワルツェネガーをも上回る、ものすごいビルダーだ」と評していた人がいたが、私にはとてもそううは思えなかった。
肉のカタマリをギューッと押しつぶして造りあげたような圧迫感はあっても、今ひとつピンとこないのだ。内にしぼるポーズはよいが、広がりのあるポーズはダメだ。とくに、バックのダブル・バイセップス・ポーズでは、体型的な欠点が目立って、肉のカタマリという印象だけが強かった。
フォックスが来日したとき、ま近かにポージングを見たが、そのバルクについては、たしかにスゴイと圧倒されたが、それ以上に、全体のフィジークが世界のトップに立つには、やはり何かが足りないナ、という感触を持ったことを記憶している。もちろん、これは、ユニバース・コンテストが終ってしばらくたっていたので、彼が絶好調でなかったことを十分に考慮した上での印象であることはいうまでもない。
私は、トム・プラップにも同じような印象を持っている。欠点の腕にもバルクがついてきたし、脚の発達は異常と思えるほどであり、博士号を持つインテリ・ビルダーだが、全体から受けるボテッとした感触は払うことができない。とくに、フォックスと同じように、バックのダブル・バイセップス・ポーズを見て感じるのだが、どうも体型的にビッグ・ビルダーとはなりえないのでは……と思う。
だから、プラッツが次代のミスター・オリンピアといわれても、オリバやシュワルツェネガー、あるいは洗練されたフィジークのゼーンのようなビッグ・ビルダーとは私の目には映らないのである。バックのダブル・バイセップス・ポーズを決められない限り、世界ランカーにはなりえない、と私は思っている。
偏見に満ちた持論が長くなった。話をもどそう。
オリバのもとには、多くの手紙が届いていた。それは、オリバよりもはるかにバーティル・フォックスの方が優れている、というような、おどかしの内容のものがほとんどであった。これがかえって、オリバを奮いたたせることになった。
この手強い相手−−バーティル・フォックスを完膚なきまでに打ちのめすため、オリバはさらに、さらにハードにトレーニングを続けた。たえずフォックスのことを思い浮かべながら、アニマルのように、オリバはバーベルを挙げ続けた。
これはバーティル・フォックスとて同様であったろう。ワールド・カップでは、オリバの人間ばなれした筋肉におそれをなして棄権してしまったが、パリのミスター・ワールドでは、いやでも同じステージの上で闘わねばならない。雌雄を決しなくてはならぬ。オリバを思い浮かべて、ひたすらハードなトレーニングを行なっていたハズである。
ワールド・カップを目指してトレーニングをやっていた時よりも、今回はさらに一段とハードなトレーニングを行なった。それは………、今度は充分な時間がとれるし、ワールド・カップではバーティル・フォックスが棄権してしまったが、パリの大会には必ず出場してくるからだ。
× × ×
フォックスはオリバよりもさらにバルクがあり、より発達した筋肉の持ち主であるといわれている選手だ。オリバ自身は、まだステージ上でのフォックスのポージングを見たことはないが写真で見たり、話を聞いた限りでは、醜い岩石のような肉体、それ以上に伸びる可能性のあまりない選手としか映っていなかった。決して負けられない相手である。どうしてもたたいておかねばならないビルダーなのだ。
たしかに、あのゴツい骨格に、もはやこれ以上の筋肉をつけることは不可能だというほど、でかい肉が付着している。そういえば、今、売り出し中のミスター・アメリカ、ティム・ベルナップも、メチャクチャに筋肉が発達している点で、フォックスによく似ている。
ベルナップの筋肉は、まさにグロテスク………と思えるほどだ。しかし、それだけである。彼は、どんなハードなトレーニングをしても、そして極限まで筋肉を発達させたとしても、さらにビッグなタイトルの獲得はムズかしかろう。ビッグ・ビルダーにふさわしい洗練されたフィーリングがない、と私には思える。
このことは、バーティル・フォックスにもいえるのではないか。オリバが彼を「醜い岩石」と評するのも、あながち否定はできないものである。
日本のあるトップ・ビルダーや、役員の中には、彼がNABBAミスター・ユニバースになったとき、「彼はアーノルド・シュワルツェネガーをも上回る、ものすごいビルダーだ」と評していた人がいたが、私にはとてもそううは思えなかった。
肉のカタマリをギューッと押しつぶして造りあげたような圧迫感はあっても、今ひとつピンとこないのだ。内にしぼるポーズはよいが、広がりのあるポーズはダメだ。とくに、バックのダブル・バイセップス・ポーズでは、体型的な欠点が目立って、肉のカタマリという印象だけが強かった。
フォックスが来日したとき、ま近かにポージングを見たが、そのバルクについては、たしかにスゴイと圧倒されたが、それ以上に、全体のフィジークが世界のトップに立つには、やはり何かが足りないナ、という感触を持ったことを記憶している。もちろん、これは、ユニバース・コンテストが終ってしばらくたっていたので、彼が絶好調でなかったことを十分に考慮した上での印象であることはいうまでもない。
私は、トム・プラップにも同じような印象を持っている。欠点の腕にもバルクがついてきたし、脚の発達は異常と思えるほどであり、博士号を持つインテリ・ビルダーだが、全体から受けるボテッとした感触は払うことができない。とくに、フォックスと同じように、バックのダブル・バイセップス・ポーズを見て感じるのだが、どうも体型的にビッグ・ビルダーとはなりえないのでは……と思う。
だから、プラッツが次代のミスター・オリンピアといわれても、オリバやシュワルツェネガー、あるいは洗練されたフィジークのゼーンのようなビッグ・ビルダーとは私の目には映らないのである。バックのダブル・バイセップス・ポーズを決められない限り、世界ランカーにはなりえない、と私は思っている。
偏見に満ちた持論が長くなった。話をもどそう。
オリバのもとには、多くの手紙が届いていた。それは、オリバよりもはるかにバーティル・フォックスの方が優れている、というような、おどかしの内容のものがほとんどであった。これがかえって、オリバを奮いたたせることになった。
この手強い相手−−バーティル・フォックスを完膚なきまでに打ちのめすため、オリバはさらに、さらにハードにトレーニングを続けた。たえずフォックスのことを思い浮かべながら、アニマルのように、オリバはバーベルを挙げ続けた。
これはバーティル・フォックスとて同様であったろう。ワールド・カップでは、オリバの人間ばなれした筋肉におそれをなして棄権してしまったが、パリのミスター・ワールドでは、いやでも同じステージの上で闘わねばならない。雌雄を決しなくてはならぬ。オリバを思い浮かべて、ひたすらハードなトレーニングを行なっていたハズである。
このダブル・アーム・アップ・ポーズこそ大魔神、セルジオ・オリバだけが成し得るポーズだ
× × ×
ここパリのミスター・ワールド・コンテストの会場につめかけた多数のファンは、すでにオリバとフォックスの一騎打ちを期待して沸き返っていた。
オリバは、フォックスをたたきつぶしたとしても、相手はフォックスだけではない。他の出場者の顔ぶれを見ても、誰1人としてあなどるわけにはいかない。トニー・パーソン、サルバドール・ルイツ、デイブ・ジョーンズ、カルマン・サカラックなど、強豪がひしめていた。
このグレート・ビルダー達がステージにずらりと勢ぞろいすると、もはや観客はクレージーで、異常なほど興奮しきっていた。オリバはフォックスのとなりに並んでいる。彼はオリバの前にポージングをする。
「ヤツはアマチュア・ボーイのようにかわいらしい好青年に思えた。次はオレの番だ。オレは狂人のようにポージング台にかけのぼると、あらんかぎりの力をふりしぼってポーズを続けた。さらに、肉体のエネルギーの全てを燃焼してフィニッシュしたときは、台を降りたあと、ほとんど歩けないほどであった。
フォックスのポーズはグッドであった。たしかに彼はひじょうに素晴らしい選手で悪くない。とくに欠点といった部分も見当らない。そう……アマチュアとしてならば!」
舞台上に勢ぞろいした世界ランクの選手達は、次にフリー・ポージング・ダウンに移る。デイブ・ジョーンズもサカラックも、そしてフォックスもよく闘った。だが、セルジオ・オリバには、どんなに世界的なビルダーがあがいても、これを圧倒してしまうような得意ポーズがいくつかある。
オリバがフォックスの目の前でモースト・マスキュラー・ポーズをとる。"動く大理石" といわれた筋肉のカタマリが波打つようにゆれ動いたあとギューッと静止して、体中の血管を筋肉の収縮で圧迫すると、みるみるうちに血液が膨張してふくれあがり、血管が破裂しそうになる。
明らかに、目の前でこの怪物ポーズを見せつけられたフォックスはたじろいだ。さらに、ラット・スプレッド・ポーズでトドメを刺して、フォックスの絶対な自信をパーフェクトに消滅させてしまった。
知ってのとおり、フォックスのバックはひじょうに厚みがある。部厚い肉がもっこりとついている。だが、広背筋の広がりはあまりない。オリバは厚みだけでなく、細いウエストからグッと広背筋が大きく広がって発達している。この異常なまでの逆三角の広がりがセルジオ・オリバの最も大きな強みの1つである。
サージュ・ヌブレがどうしてもオリバに勝てないのは、脚部だけでなく、この広背筋の広がりと厚みの決定的な差によるところが大きい。ここでもまた、両者の差は歴然としてしまう。フォックスもまた、最後には、オリバの広背筋の広がりがいやでも目につく、ダブル・バイセップス・ポーズで、さらにトドメを刺されてしまった。
ここパリのミスター・ワールド・コンテストの会場につめかけた多数のファンは、すでにオリバとフォックスの一騎打ちを期待して沸き返っていた。
オリバは、フォックスをたたきつぶしたとしても、相手はフォックスだけではない。他の出場者の顔ぶれを見ても、誰1人としてあなどるわけにはいかない。トニー・パーソン、サルバドール・ルイツ、デイブ・ジョーンズ、カルマン・サカラックなど、強豪がひしめていた。
このグレート・ビルダー達がステージにずらりと勢ぞろいすると、もはや観客はクレージーで、異常なほど興奮しきっていた。オリバはフォックスのとなりに並んでいる。彼はオリバの前にポージングをする。
「ヤツはアマチュア・ボーイのようにかわいらしい好青年に思えた。次はオレの番だ。オレは狂人のようにポージング台にかけのぼると、あらんかぎりの力をふりしぼってポーズを続けた。さらに、肉体のエネルギーの全てを燃焼してフィニッシュしたときは、台を降りたあと、ほとんど歩けないほどであった。
フォックスのポーズはグッドであった。たしかに彼はひじょうに素晴らしい選手で悪くない。とくに欠点といった部分も見当らない。そう……アマチュアとしてならば!」
舞台上に勢ぞろいした世界ランクの選手達は、次にフリー・ポージング・ダウンに移る。デイブ・ジョーンズもサカラックも、そしてフォックスもよく闘った。だが、セルジオ・オリバには、どんなに世界的なビルダーがあがいても、これを圧倒してしまうような得意ポーズがいくつかある。
オリバがフォックスの目の前でモースト・マスキュラー・ポーズをとる。"動く大理石" といわれた筋肉のカタマリが波打つようにゆれ動いたあとギューッと静止して、体中の血管を筋肉の収縮で圧迫すると、みるみるうちに血液が膨張してふくれあがり、血管が破裂しそうになる。
明らかに、目の前でこの怪物ポーズを見せつけられたフォックスはたじろいだ。さらに、ラット・スプレッド・ポーズでトドメを刺して、フォックスの絶対な自信をパーフェクトに消滅させてしまった。
知ってのとおり、フォックスのバックはひじょうに厚みがある。部厚い肉がもっこりとついている。だが、広背筋の広がりはあまりない。オリバは厚みだけでなく、細いウエストからグッと広背筋が大きく広がって発達している。この異常なまでの逆三角の広がりがセルジオ・オリバの最も大きな強みの1つである。
サージュ・ヌブレがどうしてもオリバに勝てないのは、脚部だけでなく、この広背筋の広がりと厚みの決定的な差によるところが大きい。ここでもまた、両者の差は歴然としてしまう。フォックスもまた、最後には、オリバの広背筋の広がりがいやでも目につく、ダブル・バイセップス・ポーズで、さらにトドメを刺されてしまった。
昭和47年、オリバが始めて来日したとき
× × ×
コンテストは、観客が十二分に堪能できるように、プログラムが組んである。フリー・ポージング・ダウンのあとで、お互いの得意のポージングをマネしあうという趣向である。
まず、バーティル・フォックスのポーズをオリバが同じようにとる。フォックスは、ここぞとばかり得意のポーズをくり出してくる。
次はオリバのポーズをフォックスがマネする番である。オリバは、いきなり両腕を高々と真上に挙げるダブル・アーム・アップ・ポーズ−−そう、大魔神ポーズをくり出した。いかにフォックスが筋肉のカタマリであろうともこのポーズだけはとれない。というより、サマにならないのだ。
世界広しといえども、この大魔神ポーズだけは、誰1人としてとることはできない。少なくともオリバのそれをマネすることはとても無理である。フォックスはショックの色を隠せない。
「このポーズには、冗談ではなく本当に巨大な腕を持たねばならない。それもただ二頭筋が大きいというだけではなく、巨大な前腕と、巨大な三頭筋を持たねばならない。さらに厚みのある大胸、恐ろしいまでに大きく広がりのある背なども要求される。
これらすべてがなくては、オレのこのポーズはマネできないのだ。今だかかって、このポーズをパーフェクトに行なったのは、オレの他には1人もいないのだ。
次にオレはマスキュラー・ポーズに移る。筋肉を躍動させて、右から左へそして上から下へとギューッと緊張させる。フォックスはどうやっていいのか、まるで分らないような顔つきをしていた。それも無理はない。これはオレが生み出した。もう1つの得意ポーズだからだ。
オレのマスキュラー・ポーズは、かなり胸と肩が発達していなくてはならない。フォックスは、たしかに筋肉は太く発達しているが、まだ十分ではない。彼をまるで小さな少年のように見せたのである」
× × ×
2人のポージング合戦がフィニッシュすると、バック・ステージにもどり最終コールを待つことになった。このとき、すでにバーティル・フォックスは、自分が敗れ去ったことを知っていた。
発表に従って、次々と選手がステージの方にむかっていく。セルジオ・オリバの優勝がアナウンスされると、場内は興奮のルツボと化し、観客は総立ちとなり、実に15分間にわたって拍手を送り続けた。
知ってのとおり、立ち上がって拍手で迎えるというのは、欧米人にとっては最大限の祝福の表現である。今年のゴルフの全米オープンの決勝ラウンドでも、最終18番ホールに、ニクラウスがあがってくるや、この巨人に対して観衆は総立ちとなって拍手で迎えた。感激のシーンである。
オリバに対しても、今、観客の全員が、40才を超えた老雄をたたえて拍手を送り続ける。オリバもまた、出場選手と1人ずつ握手しながら、ステージの中央へと進んでゆく。出場者全員が謙虚に大魔神オリバの優勝を賛えたのである。
だが、1人だけ、オリバがそばに来ても、そ知らぬ顔をしている選手がいる。バーティル・フォックスである。「オレは彼を醜い岩石のカタマリのような体をした男だと思っていた。しかしそれは、あくまでも彼の体についてだけの印象であったが、今、スポーツマンらしさのないヤツだと思わざるをえなかった。ヤツはプロとして闘ったが、オレの目にはいつもアマチュアとして映ることになるだろう。
オレはヤツの脚をたたいて『男らしくオレと握手しろ!』と言ったのである」
オリバは、このときの態度で、バーティル・フォックスに対して、かなり悪い印象を持った。少なくとも敗れた選手は、いさぎよく勝者を祝福して、さわやかな笑顔を投げかけられるぐらいであってほしい。それがスポーツマン・シップというものだ。
「ヤツの態度はよくない。ヤツはまだロンドン以外(NABBAミスター・ユニバース)では、ビッグ・タイトル獲っていないのだ」
というとおり、トップ・ビルダーといっても、オリバと比べれば、まだまだ若い。先輩をたてられるぐらいであってほしいところだろう。
× × ×
この直後に、フォックスはミスター・ビッグマンと契約した。
「ヤツは、アメリカに渡って本格的にトレーニングすれば、次々とビッグ・タイトルが獲れるだろう、そして大金を手にすることもできるだろうと期待しているのであろうが、まず、ミスター・オリンピアのタイトルを獲ることはできないだろう」
ここでは、明らかに、黒人であるがゆえに、ミスター・オリンピアという最高のタイトルは、獲らしてもらえないだろうと、オリバは言外に述べている。
「オレは15年前に、ミスター・ビッグマンに言った。あなたは何でも思いどおりのことができる。だがオレはちがう。あなたがどんなに力があっても、オレだけはあんたの自由にはさせないつもりだ。これから先も!」
オリバは自由を求めてキューバから亡命した。誰にも束縛されない自由の生活を、心から求めているのだろう。だから、どんなにカべにブチ当ってもあくまでも自分の信念をつらぬきとおす心がまえが出来ている。そのことについて、オリバ自身も述べている。
「オレは自分の主張をつらぬいてきたし、そのように行動してきた。そのことにオレは誇りを持っている」と。
コンテストは、観客が十二分に堪能できるように、プログラムが組んである。フリー・ポージング・ダウンのあとで、お互いの得意のポージングをマネしあうという趣向である。
まず、バーティル・フォックスのポーズをオリバが同じようにとる。フォックスは、ここぞとばかり得意のポーズをくり出してくる。
次はオリバのポーズをフォックスがマネする番である。オリバは、いきなり両腕を高々と真上に挙げるダブル・アーム・アップ・ポーズ−−そう、大魔神ポーズをくり出した。いかにフォックスが筋肉のカタマリであろうともこのポーズだけはとれない。というより、サマにならないのだ。
世界広しといえども、この大魔神ポーズだけは、誰1人としてとることはできない。少なくともオリバのそれをマネすることはとても無理である。フォックスはショックの色を隠せない。
「このポーズには、冗談ではなく本当に巨大な腕を持たねばならない。それもただ二頭筋が大きいというだけではなく、巨大な前腕と、巨大な三頭筋を持たねばならない。さらに厚みのある大胸、恐ろしいまでに大きく広がりのある背なども要求される。
これらすべてがなくては、オレのこのポーズはマネできないのだ。今だかかって、このポーズをパーフェクトに行なったのは、オレの他には1人もいないのだ。
次にオレはマスキュラー・ポーズに移る。筋肉を躍動させて、右から左へそして上から下へとギューッと緊張させる。フォックスはどうやっていいのか、まるで分らないような顔つきをしていた。それも無理はない。これはオレが生み出した。もう1つの得意ポーズだからだ。
オレのマスキュラー・ポーズは、かなり胸と肩が発達していなくてはならない。フォックスは、たしかに筋肉は太く発達しているが、まだ十分ではない。彼をまるで小さな少年のように見せたのである」
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2人のポージング合戦がフィニッシュすると、バック・ステージにもどり最終コールを待つことになった。このとき、すでにバーティル・フォックスは、自分が敗れ去ったことを知っていた。
発表に従って、次々と選手がステージの方にむかっていく。セルジオ・オリバの優勝がアナウンスされると、場内は興奮のルツボと化し、観客は総立ちとなり、実に15分間にわたって拍手を送り続けた。
知ってのとおり、立ち上がって拍手で迎えるというのは、欧米人にとっては最大限の祝福の表現である。今年のゴルフの全米オープンの決勝ラウンドでも、最終18番ホールに、ニクラウスがあがってくるや、この巨人に対して観衆は総立ちとなって拍手で迎えた。感激のシーンである。
オリバに対しても、今、観客の全員が、40才を超えた老雄をたたえて拍手を送り続ける。オリバもまた、出場選手と1人ずつ握手しながら、ステージの中央へと進んでゆく。出場者全員が謙虚に大魔神オリバの優勝を賛えたのである。
だが、1人だけ、オリバがそばに来ても、そ知らぬ顔をしている選手がいる。バーティル・フォックスである。「オレは彼を醜い岩石のカタマリのような体をした男だと思っていた。しかしそれは、あくまでも彼の体についてだけの印象であったが、今、スポーツマンらしさのないヤツだと思わざるをえなかった。ヤツはプロとして闘ったが、オレの目にはいつもアマチュアとして映ることになるだろう。
オレはヤツの脚をたたいて『男らしくオレと握手しろ!』と言ったのである」
オリバは、このときの態度で、バーティル・フォックスに対して、かなり悪い印象を持った。少なくとも敗れた選手は、いさぎよく勝者を祝福して、さわやかな笑顔を投げかけられるぐらいであってほしい。それがスポーツマン・シップというものだ。
「ヤツの態度はよくない。ヤツはまだロンドン以外(NABBAミスター・ユニバース)では、ビッグ・タイトル獲っていないのだ」
というとおり、トップ・ビルダーといっても、オリバと比べれば、まだまだ若い。先輩をたてられるぐらいであってほしいところだろう。
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この直後に、フォックスはミスター・ビッグマンと契約した。
「ヤツは、アメリカに渡って本格的にトレーニングすれば、次々とビッグ・タイトルが獲れるだろう、そして大金を手にすることもできるだろうと期待しているのであろうが、まず、ミスター・オリンピアのタイトルを獲ることはできないだろう」
ここでは、明らかに、黒人であるがゆえに、ミスター・オリンピアという最高のタイトルは、獲らしてもらえないだろうと、オリバは言外に述べている。
「オレは15年前に、ミスター・ビッグマンに言った。あなたは何でも思いどおりのことができる。だがオレはちがう。あなたがどんなに力があっても、オレだけはあんたの自由にはさせないつもりだ。これから先も!」
オリバは自由を求めてキューバから亡命した。誰にも束縛されない自由の生活を、心から求めているのだろう。だから、どんなにカべにブチ当ってもあくまでも自分の信念をつらぬきとおす心がまえが出来ている。そのことについて、オリバ自身も述べている。
「オレは自分の主張をつらぬいてきたし、そのように行動してきた。そのことにオレは誇りを持っている」と。
月刊ボディビルディング1982年9月号
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