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食事と栄養の最新トピックス31
パンプアップの研究<3>

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月刊ボディビルディング1983年9月号
掲載日:2020.11.25
健康体力研究所  野沢 秀雄

1. コンテスト時のパンプアップ

 今年も全国各地で盛大にボディビルコンテストが開催されている。すでに終了した人、これからの人、予想どおりの順位を獲得できた人、無念にも涙を飲んだ人、状況はさまざまだろう。

 今月は、コンテスト出場時のパンプアップを中心に、いかにすれば効果が大きいか、検討することにしよう。

 去る3月27日、東京青年文化会館で開催された「健康体力研究会」で、須藤孝三選手が面白い話をしてくれた。

 世界のトップクラスのプロフェショナルボディビルダー15名が集った「IFBBプロワールドチャンピオンシップス」――今年の2月末にニューヨークを舞台にMRオリンピアの前哨戦として大々的に開催された大会に、わが須藤選手も日本を代表して出場したわけだが、この大会の舞台裏の控え室で、一流選手たちが熱心にパンプアップしている。冬なのに汗をいっぱいかいて一生懸命だ。

 「私の興味はこのトップ選手の中で誰が一番早くシャツを脱いで裸を見せるか、にありました」と須藤選手は語る。「時間が刻々と迫るのに誰もシャツを脱ごうとしない。互いに牽制して、自分の状態を見せないようにしている。だがとうとう辛抱できなくなったか、ケンパサディロが最初にシャツを脱ぎました。彼は私より順位が悪く、最下位の15位でした」という内容だ。

 選手どうしの掛けひき、コンテストにおける作戦の一端がわかり、一同興味があったが、この話でわかることは「パンプアップさせたら、あまり早く裸にならず、舞台登場の直前まで、筋肉をホットな、熱い状態にしておいたほうがよい」ということだ。これは単に自分のレベルを競争相手に知られないようにするというだけの問題ではなく、実際に「せっかく筋肉に集中した血液を逃がさない」という実用面での理由による。

 82年MR日本に選ばれた小山選手の場合、舞台へ上る直前まで、厚手のスエットシャツ(トレーナー)を着こみ、パートナーと共に汗いっぱいでパンプアップしている。そして、ギリギリ寸前までシャツをとらない。

 コンテスト会場は往々にして冷房が入って、裸でいると意外に寒く感ずるものだ。

 その結果、筋肉表面が冷えて、血液が内臓の方へまわりがちだ。なるべくマッスルコントロールで筋肉に力を入れて、血液を逃がさない配慮が大切である。

2. パンプアップの順序

 研究会の会場で、「舞台裏でパンプアップさせる時、どのような順序でおこなうとよいでしょうか?」という質問が、茨城県の軍司清二さん(前ミスター茨城優勝)から出された。

 部分別に見て、胸、肩、腹、脚、腕等、パンプアップさせて大きく、逞しく見せたい個所は数多い。

 須藤選手の答えは、「せっかくパンプアップさせても舞台上で順番を待つ間に冷めてしまう。だから舞台裏ではプッシュアップ程度にして、残りの待ち時間をポージングにあて、全身の筋肉に血管が浮くよう反復している」という趣旨だった。

 確かに5人1組で舞台に登場する方式では、最初の選手は有利だが、5番目の選手は血液はもちろん、汗まで乾いてしまって、気の毒に思うことさえある。だが、これも運だから仕方がない。「一人ずつ順おくりで選手を登場させる方式」を採用して、不公平にならない配慮をしているところもある。また裏審査で順位の大部分を決定してしまう方式もふえており、この場合は、同時にポージングしたり、並んで比較審査を受けたりで、パンプアップの遅早の問題はないようである。

 元に戻って、どの順序でパンプアップさせるかは、その人が最もアピールしたい部分を最後にするのが良いと考えられる。といっても、腹や大腿部ではパンプアップ効果が目立ちにくいので、結局は胸、腕、肩といったところがパンプアップによってアピールしやすい部分になる。筋肉量の小さい二頭筋や三頭筋はパンプアップも早いが、さめてしまうのも早い。胸、脚、背はパンプアップまでに時間がかかるが、血液の移動はそれほど早くはない。

 したがって、結局は須藤選手のように、大きな筋肉をまずパンプアップさせ、細かい部分は直前までのポージングによって、力をこめつづけ、なるべく血液を逃さないようにすればいい。

 ラジオ体操のように、動きが大きい体操を直前にして、血液を分散させたり、なわとびや階段の昇降などをするより、あくまでも「こわばった筋肉の感覚」を残しながら、舞台上にのぞむのが理想的だ。なかなかむずかしいものだが......。

 私が考える順序としては、①腹筋、②脚、③背、④胸、⑤肩、⑥三頭筋、⑦二頭筋であり、そのあとポージングの反復で、パンプアップをなるべく維持する方式をすすめたい。

 シャツはなるべく最後まで脱がず、また、胃腸の負担になる食べ物をコンテストの舞台に立つ30分前にはとらないこと。スポーツドリンクや水、レモン、果糖やぶどう糖など、吸収されやすい食品は構わない。ビタミン剤やドリンク剤も過剰にならない範囲なら結構である。

3. パンプアップさせる間隔は?

 最近のコンテストでは、裏審査、一次予選、二次予選、決勝戦と、4回くらい、ときには部分審査や比較審査も加えると5~6回も、ベストに達した筋肉を見せねばならない。パンプアップに充分な時間が与えられないまま、時間に追われて、不充分な筋肉の状態で登場を余儀なくされることもある。

 いったい人体は一日何回くらいパンプアップさせられるだろうか?そして持続時間はどの位だろうか?

 シュワルツェネガーは「SEXと同じですよ」と微妙に、ユーモアをこめて語っている。SEXなら若い人は一日に、時間をあけずに数回も射精させられる。だが、まじめな話、筋肉とはメカニズムがやや異なる。筋肉は膨張させる容積が大きいだけでなく、動脈血、リンパ液が集合する。

 既述のように、パンプアップは少ない血液を効率よく配分させるわけだ。そして乳酸やピルビン酸などの酸性疲労物質をほどよく残さないと、パンプアップ特有の「こわばり感」「ジーンとする痛み」「硬直状態」が得られない。つまり、筋肉の性能が良すぎて、すぐに疲労物質を除去してしまうメカニズムが働けば、パンプアップ特有の状態が消失してしまう。

 「睡眠不足のときはパンプアップが早くおこり続きやすい。体調がよいときはパンプアップはおこるが、早く戻る」という体験があるだろう。「体調がよいと、一日のトレーニングで何回もパンプアップする」とアンケートに記入している人も見られる。

 筆者の研究では、最初に力いっぱいパンプアップさせたときが、膨張度が大きく、硬直感も大きい。したがってコンテスト出場選手は、審査方式がどのようになっていて、決定的な判定が何時ごろ出されるのか、作戦を考えることが大切だ。

 具体的にいえばIFBB方式では、舞台裏で、午前中の早い時間に実施させる裏審査の段階で、ほぼ順位が決定されてしまう。極端にいえば観客が見られるのは、順位も決っていて、単なるショウだけという場合が結構多い。

 欧米では2日間に分け、第1日は厳しい裏審査の日で、その日は選手と共に審査員もグッタリ疲れる。2日目はショウの日で、観客は力いっぱい声援をおくるが、主役の選手やジャッジは第一日目ほどではない。だから本当のファンは裏審査に注目し、そこで繰りひろげられる死闘(といえば大げさだが、闘志をむきだしにしたレース展開)に手に汗握る。

 もっとも最近では「それではあまりにも味気ない」と、最終の段階(ポーズダウン)で本当に順位を決める方式もとられている。形式的なポーズダウンか、本当のファイナルカウントか、よく見極めることが重要である。

 IFBB方式では一般に午前中で大勢がきまるので、選手は朝からトップコンディションを心がけ、まっ先に良い状態に持ってこなければならない。裏審査で筋肉が絶好調の人が高い得点をあげる。「A選手よりも、B選手のほうが筋肉のバルク、デフィニション、ポージングがよく、順位は上のはずだ」という声が観客の多くから聞こえる場合がある。その一つの理由は、A選手が午前中にベストのパンプアップが見せられたのに対し、B選手が逆だったことが考えられる。

 IFBB方式ではなく、従来の日本ボディビル連盟の方式では、文字どおり決勝審査に勝敗の分け目がかかっている。裏審査もあるが、大まかなピックアップと部分賞審査で、これが大切であることはいうまでもないが、ベストコンディションは最終審査で見せることが必要になる。「午前中は軽く流して、午後3時ごろにパンプアップを最大にする」という作戦が考えられる。それに合わせて、食事や栄養剤、水分の取り方を配慮することになる。

 パンプアップは一日に最低でも3回(もちろん決勝審査に残れる人の場合である)は覚悟しなければならない。

 一流選手は舞台裏で、激しく力を使っているが、同時に神経も使って、当日はクタクタであろう。重量挙のスポーツも同じで、力だけでなく、頭もかなり使って、作戦を立てている。

 理論的には、一日に4回、5回とパンプアップさせることは可能である。30分くらいの間隔をおけば、いったん元に帰った血流を同じ筋肉に再集合させることはできる。だが、前回述べたように、血液量や血液の内容は、汗の出方、水のとり方で微妙に変化する。もちろん、栄養のとり方、塩分の濃度も関係する。また、疲労のさせ方、疲労素の除き方(回復力)も影響を与える。

 パンプアップさせたまま、筋肉の膨張を持続する能力にも差がある。激しい練習をしたあと、翌朝になっても筋肉が固くなっている例もある。

 コンテストの舞台上では、ダラリと力をぬかず、適度に肩や三頭筋、胸に力をこめているほうが血流からいえば有利である。

 以上のごとく、パンプアップは筋肉を大きく見せる手段ではあるが、あくまでも一時的なもので、サイズの変化といっても決定的にはならない。つまり、基本的に大切なことは、普段からの連続的な、たゆまぬ努力で、コツコツと積みあげた実績である。筋肉そのものを大きくし、バルクとデフィニションにすぐれた状態をつくりあげることが先決である。

4. パンプアップQ&A

Q 本誌7月号に、筋肉で酸とたんぱく質が反応して、たんぱく質変性をおこし、その結果筋肉が固くこわばる、と書かれていましたが「たんぱく変性」の説明がないので、わかりやすく教えてください。(東京都Y・Sさん、21歳学生)
A たんぱく質は、アミノ酸がチェーンのように数万個つながって構成されています。たんぱく質の種類によって、アミノ酸の構成や、つながり方、形態がちがうのですが、たいていは手や足を出して互いにからみやすくなっています。そしてたんぱく質は熱や酸で形を変えます。

 たとえば卵の白味は、ふつうは透明で液体ですが、ゆで卵のように加熱すると、白い固体に変化します。つまり熱によりたんぱく質が固まって形を変えたことになります。

 牛乳にカルピスを多く入れたり、レモン汁を入れると、やはりモロモロに固まって沈殿します。プロティンと酸の強いジュースを組合わせても、同様にモロモロの固体ができます。これもたんぱく質の変化したもので、このように状態が変ることを「たんぱく変性」といいます。

 人間の筋肉もたんぱく質なので、強い酸に反応して、固く、こわばった感じになります。これがいわゆるパンプアップの現象です。分子的にみれば、熱や酸によって、はみだしていた手足が互いに隣どおしくっついて、弱い結合が生じていると考えられています。
Q パンプアップさせないと、筋肉は大きくならないと聞きましたが、それほどパンプアップもせず、翌日も筋肉が痛まないときは、筋肉は発達しないのでしょうか。(兵庫県S・Tさん、26歳、会社員、トレーニング歴5年)
A 本誌58年7月号に、JFBB公認指導員認定試験問題の解答がのっています。その中に「筋が肥大するには乳酸や炭酸ガスが筋蛋白質の同化促進に働いていると考えられている」と述べられています。この意味は「乳酸が生じて、パンプアップ状態になることにより、筋肉が発達する」ということで、乳酸が生じるレベルまでトレーニングすべきことを示唆しています。

 では逆に、乳酸を生じず、パンプアップも感じなければ、はたして筋肉は発達しないものだろうか?

 パワーリフティングや重量挙の練習のように、最高重量を用いて、1~2「回ずつ、充分に休んでから挙げる、という練習では、パンプアップもおこらないし、乳酸も生じにくい。また、特有の筋肉痛も感じにくい。

 ボディビルダーでも、経験年数が長く、トレーニングもパターン化して、使用重量もさほど増加せず、いわばマンネリで練習しているときは、パンプアップや筋肉痛はおこりにくい。

 結局、このような練習方法では、筋肉の発達は期待できないので、トレーニングの方法や使用重量を変えて、筋肉に適切な刺激を与える工夫をしなければなりません。そうすれば、以前に感じたようなパンプアップが得られ、翌日はジーンと心地よい筋肉痛が感じられるでしょう。

 アメリカでは「NOPAIN NO GAIN」という言葉がビルダーに好まれています。「痛みなしに進歩はない」という名言です。
Q 以前に、筋肉を発達させる物質は乳酸だから、筋肉を鍛えあげたあと、これらの物質を筋肉内になるべく長時間残しておくほうがよい。練習後に、ストレッチングや整理体操をして、これらの物質を流してしまうのはマイナスだ。ある部分を鍛えたあと、ジーッと約20分間静かにしていると、筋肉がよく発達するという記事を読んだことがありますが、これは本当でしょうか。

 また、ある部分を鍛えて、次の部分を鍛えるのに最低何分間くらい置くべきでしょうか?(埼玉県H・Yさん、21歳、学生)
A 乳酸が筋肉を発達させる要素であるのは確かですが、といって、乳酸が長時間にわたって筋肉内に滞留することが本当にプラスかどうか、現在のところ全く不確定です。むしろ「筋肉に一定レベル以上の刺激を与え、組織の一部を破壊してしまう」ということに価値があると思います。

 つまり、こわれた部分を、より強い組織に再構築しようとするメカニズムが大切なのです。これが起回復といわれる原理で、元より強く、元より大きな筋肉になります。医学上「作業性肥大」とも呼ばれています。

 乳酸は、結果として補足的に現われる物質で、これを追い求めるあまり、変な習慣にするのは好ましくありません。

 1つの筋肉を鍛えたあと、それほど休まずに、次の部分を再び懸命に鍛えても、筋肉発達の目的は達せられるでしょう。アメリカなどでは、1日に朝・昼・夕方と、一部分ずつしかトレーニングしないビルダーもいますが、一般的には、このやり方は時間的に不可能と考えられます。「乳酸有利説」にとらわれすぎて、休憩時間を長くとりすぎたり、トレーニングを分割しすぎたりすることは、特に初級者、中級者の段階では全く不必要と考えてもよいでしょう。

 したがって「1つのパートを鍛えたら、20分間はあけて、次のパートに移る」という考えは、あまり重視しなくてよいでしょう。こんなことを気にせずに、力いっぱいトレーニングに鍛みましょう。
Q 最近のコンテストでは、一流選手の中に、舞台裏でパンプアップする際に、小量のアルコールを飲む人がいるようです。酒をし飲むことにより、血管が浮きあがり、筋肉も紅潮してよく見えると聞いております。この点についてはいかがでしょうか?(大阪市K・Aさん、25歳、トレーニング経験6年)
A アルコールが入ると、顔や体が赤くなり、血流が早くなって、血管が浮きあがり、汗も出やすくなります。また、精神的にもファイトがわいたりして、選手にとってプラス面が考えられます。

 逆に、空腹時にアルコールを飲み、急に力んでポージングをしたり、パンプアップのトレーニングをすることは心臓に大きな負担をかけます。いつバタリと大事故につながるかわかりません。さらに、飲みすぎて、足もとがフラフラし、酒気をおびた選手が出場することは、スポーツマン・シップからみても好ましいとはいえません。

 「選手はアルコールをおびて出場してはならない」という禁止事項が加わるときがくるかも知れません。いずれにしろ、本筋から離れた邪道と考えられます。

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〔アンケートのお礼〕

 「パンプアップに関するアンケート」に多数の方々よりご協力いただき、ありがとうございました。集計後、その結果を本誌上にて報告させていただきます。また、お礼のTシャツ、タンクトップは順にお送りいたしました。

 アンケートは7月末日で締切りまたが、引きつづき本シリーズにご意見や感想・質問などがありましたら、遠慮なく本誌編集部、または健康体力研究所までお寄せください。
月刊ボディビルディング1983年9月号

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