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食事と栄養の最新トピックス③
パンプアップの研究<2>

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月刊ボディビルディング1983年8月号
掲載日:2020.11.05
健康体力研究所 野沢 秀雄

1. アンケートのお礼

 前月号に「パンプアップに関するアンケート」をお願いしたところ、発売日から何日もたたないうちに、早速に貴重な体験を寄せて下さる方が何人もおられて、心より感謝申しあげます。
 実は毎月の原稿締切りが前月の25日であるのにかかわらず、今回に限り編集部の方にご迷惑をおかけしたが、1週間ばかり延ばしていただいて、なるべく皆さんのご意見や感想を本記事に盛りこみたいと考えている。
 しかしながら私の予想に反して、アンケートの結果は個人差が大きい。たとえば「軽い重量で高回数練習した方がパンプアップする」という設問に対して、YESの人とNOの人の数は半々くらいである。まさに意見が分かれている。この項目だけとりあげても奥行きが深く、石川県の藤井学さん(トレーニング歴5年)は「最初にやや重い重量で8回×4セットほど行い、次に軽い重量でスリーパートでカールする。こうすると腕はよく振ってくる」と貴重な意見を述べてくれている。つまり単に高回数か低回数かという問題ではなく、その組合せ方次第でパンプアップがおこりやすいことを示唆しているわけだ。
 アンケートの回答は初心者の段階の人、ベテランの人、一流コンテスト出場選手など、広い範囲からいただいているが、ひきつづき今月末日くらいまでに(58年7月31日)本誌編集部または直接、健康体力研究所へお寄せいただければたいへんありがたい。全員の方に記念品(Tシャツまたはタンクトップ)をお礼にお送りしている。(アンケート用紙は先月号のP49をご利用ください。コピーして使用も可です)

2. パンプアップと栄養

「食事のとり方でパンプアップに差が出るかどうか」については、たいていの人が「差が出る」ことを体験しているにちがいない。はっきり自覚できるのは「減量を目的として、ごはん・パン・麺・菓子・果物をとらない」という場合である。この状況では、いくらトレーニングしてもパンプアップはおこりにくい。
 一般に摂取エネルギーを減らして、1日当たり1200カロリー以下、場合によっては1000カロリー以下で日常生活および1~2時間の激しいトレーニングをおこない、体に付着した余分の脂肪をとる方法が内外ビルダーたちに採用されている。
 この場合、エネルギー源となるのは食事中の栄養より、主として体脂肪が分解して生じた栄養に頼っている。つまり、脂肪が燃焼しているわけだが、脂肪が筋肉活動に必要なぶどう糖に変わるのに体内で処理がちょっと手間どり、必ずしもスムーズにぶどう糖が供給されつづけるわけではない。
 したがって、減量しながら激しいトレーニングを行うことは、体にとって相当の負担になっている。逆にいえばこの努力をしてはじめて脂肪がとれるわけである。そして重要なことは、パンプアップ現象のうち、筋肉の硬直化をおこす「乳酸やピルビン酸」も生じにくいということだ。
 在カナダの有名な日本人ビルダー河内山和夫選手が赤羽トレーニングセンターで講義してくれた話を思い出す。「コンテスト前に、減量、減量と、ひたすら脂肪を落とすことに懸命のあまり、コンテスト当日、いやコンテストが終るときまで、糖質をいっせいに口にしないビルダーがいるが、これは間違いで、そうではなくて、早目に減量を終了し、数日前から少しずつ糖質をとってゆく。コンテスト当日も少量の糖質をとると、ベストコンディションが得られる」という内容だ。
 コンテストの舞台上で、ちょうど最大のパンプアップ状態にもってゆくには、前日および当日朝に、軽くごはんや麹類をとり、パンプアップの30分~1時間前に少量の甘い物をとることが成功につながる。
 チョコレートのように消化時間がかかるものは当日朝に、そして試合中の休憩時間には、ぶどう糖・果粒・ビタミンCのような吸収性の早い糖質をごく少量とっておくがいい。
 逆にコンテスト当日、プロティンのようなタンパク質を多くとっても、筋肉はすぐには大きくならないので手遅れといわねばならない。もちろん一定量をとっておくことは正しいが、多くとりすぎる必要はない。
 脂肪は当日の長時間の審査に耐えるために、朝に適量とっておくと体がもつ。とりすぎると胃にもたれる。
 野菜や果物、牛乳なども少量は必要だが、多すぎると胃腸がふくらみ、充分にバキューウムを効かしたポージングが見せられない。

3. パンプアップと水分

「水分を多くとっても少なくともパンプアップに関係はあまりない」とする意見が多いようだが、実際にはどうだろうか?
 パンプアップについて条件を徹底して調べることを全般にあまりしていないからで、本当は一流選手のレベルになると、水分をどうとるか、かなり頭を使った作戦を立てているはずだ。
 前号で「パンプアップは少ない血液が刺激を与えた筋肉に部分的に集中する現象」と述べた。血液は全体重の約13分の1、平均5ℓくらいしかない。だから効率よく配分することが必要になる。
 だが、さらに深く考えると、血液の量は同一人でも増えたり、減ったりしている。また個人差があって、血液の多い人、少ない人、血液の内容が濃い人、薄い人と変化があることにお気付きであろう。
 血液量を多くするには、日常からタンパク質やビタミンなど栄養素をしっかり食べていることが大前提である。この点、ボディビルをしている人は合格と確信するが、若い女性でスタイルをよくしようと、ろくに食事を食べない人は血液が薄いだけでなく、血液量も少なく、貧血をおこしたり、献血に採血できず、失格となる人が53%もいると発表されている。
 血液量をふやす付帯的な条件は水分量である。高血圧の人は血液中に塩分が貯りやすく、水分を増して、約3%という平衡濃度を保持しようとするメカニズムが働いている。したがって血管を流れる血液量がふえ血圧が高くなる。ひどい場合は「むくみ」が全身に現われるほどだ。
 コンテストの舞台裏で激しいパンプアップを行なった選手は、舞台に上ると、汗が吹き出すように流れている。もちろん筋肉を酷使して発熱をカバーするための汗であるが、パンプアップという面からみても、汗をかいている時ほど、気持よく筋肉が膨張しているはずである。
 逆に、汗をかかなくなると、思うようにパンプアップしてこない。したがって、裏審査、一次予選、二次決勝と1日に何回も最高のパンプアップを見せるには、糖質のとり方と同時に、水分をいかに配分よく摂取するかが、重要なポイントになる。
 コンテストに優勝した石井選手、小山選手はじめ、どの一流ビルダーも、汗の量がたいへん多い。逆に予選に通らない人は、パンプアップのトレーニングが足りない点が大きいが、発汗量の面で不足しているようだ。
 といって、やたら水分を多くとることをすすめているわけで決してない。水分をとりすぎるとたちまち胃がふくらみ、スタイルが悪くなる。また、水分と塩分を同時に多くとる習慣がつづくと、血圧が高くなったり、むくんで病気になってしまう。何ごとも「適度に」という感覚が必要である。
 幸いなことに、スポーツ科学が進歩して、少量で短時間に体内に吸収されて血液に入り、汗や尿となって体外へ水分が排泄されやすいドリンクが発売されている。このようなアイソトニック飲料をうまく活用するとよい。
 なお補足すれば、パンプアップで膨張している成分は、血液(筋肉細胞に張りめぐらされた毛細血管に配達される血液)だけでなく、血管から滲出した組織液(リンパ液)がボリュウムの大きな部分を占めている。
 つまり、筋肉の約75%が水分であり(たんぱく質は水分を除いた固形成分の大部分である)、水分と汗とがパンプアップと大へん関係深いことを強調しておきたい。

4. 入浴とパンプアップの関係

「トレーニングした直後に風呂に入ることは筋肉の発達にマイナスだと友人から聞いたのですが本当でしょうか?」(横浜市の大久保友則さん)という質問が寄せられている。確かに筋肉がほどよくパンプアップしているのにシャワーを浴びたり、風呂に入るとペシャンと元に戻ってしまう。
 筋肉に集っていた血液が、入浴により、全身の皮ふ表面に移動したためである。「惜しいなあ」と思う人が多いだろうが、筋肉の発達とは直接には関係がない。
 パンプアップさせて、硬直化した時点で、筋肉細胞の破壊現象がおこっており、その際に修復材料であるアミノ酸(たんぱく質から由来する)、ビタミンB6、ビタビンCなどの栄養素が充分にあれば、筋肉合成作用はパンプアップの継続時間にかかわらず、すでにスタートしていると考えてよい。
 パンプアップ時間が長く、翌日に感じる痛みが長ければ長いほど筋肉の発達が大きいかというと、必ずしもそうではないようだ。「ようだ」という不明瞭な言葉を使ったのは、実際には研究が充分にこのレベルまで達していないためである。自分自身の体験をさらに積みたいと考えているが、読者のみなさんの中で、関心のある方はこの点へのご協力もよろしくお願いしたいと思う。
 むしろ筋肉の発達と関係が深いのはパンプアップさせた時点で、栄養が充分に存在するかどうかである。ネズミの実験では、高タンパクでない食事では筋肉の重量もパワーも増えない。またせっかく高タンパク食を与えても、トレーニング2時間前とか、2時間後とか、間隔を離してしまうと、せっかくの高タンパク食が効果を発揮せず、ふつう食と大差がないことが判明している。もっとも効果が大きいのはトレーニング前30分、トレーニング後30分に高タンパク食を与えた場合である。
 人間の場合、食べてすぐにトレーニングすると苦しいということもあり、30分~1時間前に軽く、高タンパク食を食べ、練習直後、なるべく早く、もう一度食べることをすすめている。
「学校や会社が終って、何も食べないで空腹時にトレーニングする」という人が多いが、これは減量にはいいが筋肉発育には不向きな方法である。
 トレーニング中に充分な栄養がありいつでも懐れた細胞を修復できる状態ならば、トレーニング終了直後に入浴しても構わないという結論である。この点いかがであろうか?

5. パンプアップと休養

 自分の経験や、アンケートの結果によると、「久しくトレーニングから遠ざかっていて再開した時に、パンプアップがくおこり、翌日痛みが強い」というのが共通した事実である。
 ふだん刺激を受けなかった筋肉細胞が、トレーニングによる刺激を受けてパンプアップし、破壊をうける。その結果、炎症をおこして翌日痛んでいるわけだ。打撲症や切り傷とちがって、すぐに痛くならず、丸24時間くらいたって痛さが感じられるのは、次の理由が考えられる。
①痛んでいる個所が筋肉の奥深いので痛覚が働きにくい。
②痛んでいる部分が徐々に広くなって24時間くらいで最高に達する。
③痛みを示す生理物質の生成スピードが遅く、24時間くらいでピークになる。
④最初のうちは痛みをカバーする物質があって、痛みをとりのぞいてくれているが、24時間くらいたつとカバーできなくなる。

――若くて元気な人は痛みが早く現われ、早く消えるのに対し、年をとるにつれ、痛みが遅れて現われ、何日も残ってしまう。このことから④の説がもっとも有力と考えられる。
 いずれにしろ、筋肉の側から考えると、「いま痛んでいて修復中なので、同じような強い刺激を筋肉に与えないでくれ」と痛みで信号を送っていることになる。
 筋肉が痛いときにトレーニングをするのが良いか悪いか、これまた意見が分れるところだが、私自身の体験では、少しくらい痛んでいても我慢してトレーニングをすることにしている。そうすれば軽く1~2セット反復しただけで、不思議にサッと筋肉痛がとれてしまう。
 逆に「痛んでいるからトレーニングをやめよう。治ってから再開しよう」という考えでは、再び筋肉痛がおこって進歩はみられない。
 これは単なる精神論ではない。実際に痛い部分には血液やリンパ液が渋帯して疲労物質がたまっているわけだ。この時、筋肉をほどよく働かせれば、疲労物質や痛みを感じさせる物質が体液と共にサッと流されて、たいへん気分がよくなる。
「筋肉が痛むのは自然で、健康な証拠だ。痛いからといって休んでしまわずトレーニングに来なさい」と私は初心者の人を指導している。

9. パンプアップと睡眠

「睡眠時間が短くて、疲れているなと感じるときに、パンプアップをよくする」というアンケートに対して、YESの人、NOの人、これも意見が2分されている。私の体験では、寝不足で調子が悪いときほど、意外にもパンプアップがよくおこる。これは疲労が早く、すぐに筋肉内に乳酸やピルビン酸などの疲労物質が生じるためではなかろうか。
 当然ながら、限界が早くくるので、目いっぱいにガンガン練習することはできないし、翌日の筋肉痛も必ずしも比例して大きいというわけでもなさそうだ。
 逆に「充分睡眠をとり、体調がよく精神的に充実しているときに、パンプアップがおこりやすい」という人も多い。この場合は理想理なケースで、パンプアップ後もトレーニングを限界まで反復でき、しかも翌日は心地よい痛みが体に残り、こわばった感覚が丸1日保たれるのではなかろうか?
 以前に、ミスター日本出場選手を対象に大会当日朝、胸囲・腰囲・皮下脂肪などを測定したことがある。このとき福島県の奥瀬選手が、リラックスしたときでも全身の筋肉がひじょうに固く、張りつめていたことが印象に残っている。
 今回も述べたいことが相当残っているにもかかわらず、紙数が残り少なくなってしまった。「パンプアップをおこさせる間隔」「パンプアップさせる順序」「コンテスト当日の作戦」などの項目や、ご協力いただいたアンケートの集計など、あと1回か2回、連載が続くことをご了承いただきたい。
 また、選手の方々には質問をさせていただくことがあるかと思うが、これについてもよろしくご協力のほどお願いいたします。
月刊ボディビルディング1983年8月号

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