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食事と栄養の最新トピックス(44)
筋肉増強剤の疑い?

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月刊ボディビルディング1984年10月号
掲載日:2021.03.29
ヘルスインストラクター 野沢 秀雄

1.ロス・オリンピック総決算

 「金10、銀8、銅14――合計32個のメダル数」という日本選手の成績はソ連をはじめ東欧圏諸国が不参加だったことを思うと、惨敗と評されても仕方ない。

 「ふだんの記録さえ出せない選手が多かった」「経済大国になった今、何が何でもやり抜くハングリー精神が欠けてしまった」「日本選手や関係者が緊張でコチコチになりすぎた」「開会式にも出ないで、自分勝手な調整をやり、時差や気候に慣れず、逆効果だった」など、評論はマスコミを通して、さまざまにされている。

 もちろん選手や関係者の人たちは、4年に1回のオリンピックを目指して「これひとつ」に賭けた毎日を過ごしてきた。その汗と努力を認めるのは当然のことである。ただ「ふだんの力をしきれなかった」という点について残念といえる。「がんばれ日本」というキャッチフレーズのように、がんばることに意識が行きすぎ、リラックスする余裕がなかったようだ。

 外国の選手たちは、開会式にしろ、選手宿舎にしろ、くつろぐ余裕を持ち他国の選手との交流が盛んだったと報道されている。これに対して、日本選手には「規制、規制」と、やたら管理する場面が多く、世界各国の人との交流もなく、孤立していたと述べられている。

 マスコミも確かにうるさく付きまとうので、やたら付き合っていると体調に影響するという心配はわかる。だが4冠王のカール・ルイスさえ、日本のTVの取材に快よく応じている。実にユーモアと余裕を持って……。

 なぜ日本選手や関係者が、これほどコチコチになるか一意外に単純なことだが、英語力不足によるところが大きい、と筆者は推察している。

 競技の開始のアナウンスも結果発表も、すべて英語。聞き逃さぬように、失敗のないように、緊張しなければならない。世界の人たちと交流しようにも、聞きとれない、話せない、では、せっかくの談笑も意味をなさない。

 世界中で、日本人だけが特別に英語に弱い。フィリッピンやアフリカではTVや新聞が英語。韓国の選手たちも英語が割合できる。

 「トレーニングを目いっぱいする上に、なおも英語の勉強なんて、とても余裕がない」と選手たちは思うにちがいない。だが、国際化、英語化の波は今後も続く。日本の国民一人一人が、本気になって英会話ができるように、基盤をつくるときではなかろうか?

2.男子やり投げの吉田選手の活躍

 低迷気味の期待選手とちがって、予想していなかったのに、好成績をあげた選手が多い。マスコミ等によるプレッシャーから解放されていたからとも言える。

 その中の一人、和歌山県教育委員会(実際には和歌山市役所)勤務の、吉田雅美選手について述べてみたい。

 和歌山トレーニングセンターの松下さんから、「うちでウェイトトレーニングをやり始めて以来、やり投げの記録がますます伸びている選手がいる」と聞いたのはもう2年以上前のことである。かなり重いバーベルを使用してジムの中の一流ビルダーと同じくらい熱心にトレーニング。もちろんプロティンやジャームオイル、ビタミンCも使用しているという。

 陸上競技の全日本クラスの大会があるたびに、スポーツ欄で「吉田選手が優勝」「日本新記録を樹立」という成果を知り、自分のことのように嬉しく感じていた。

 この吉田選手が、オリンピックの代表選手になり、本番の大会で、5位に入賞できたのだ。81メートル98というすばらしい数字で、世界の5番目になれたのだ。

 ずっとコーチをしてきた松下さんの喜びは大きい。かねてから、ボディビル誌などで、吉田選手のトレーニングがどんなに本格的か知らせたい、と二人で語っていたが、いつか陸上専門誌に彼のトレーニング・プログラムが発表されることと思われる。

 今後もスポーツ選手の間で、ウェイトトレーニングがなおいっそう本格化され、これに合わせて、食事法がフットライトをあびるだろう。なにしろ、今までのスポーツ選手は食事に無関心すぎたのだから……。

3.後をたたない薬物使用

 ところで、ステロイドを始めとする薬物チェックで違反が認められた選手が何人も居たのは残念である。

 レスリンググレコ100kg級のヨハンソン(スエーデン)はアナボリックステロイド(筋肉増強剤)使用の疑いで銀メダルを失った。陸上1万メートルのマルッチ・バイオ(フィンランド)も同様に銀メダルを奪われ、レバノンとアルジェリアの重量挙選手は、同じようなステロイド使用により、永久追放となった。

 日本選手の中にも、男子バレーボールの田中幹保、下村英士の二人がチェックに引っかかっている。

 AP電が伝えるところによると「私の知っているだけでも、禁止された筋肉増強剤を使用してメダルを取った選手が1ダース以上いる。彼らがドーピング検査をパスしたのは、数ヵ月前に使用をやめたからだ」「なかには15~17日前に使用をやめた選手も検査を通った」と、USAのロバート・カール博士が発言しているという。

 朝日新聞の解説を紹介してみよう。―――ロス五輪のドーピング検査は約200万ドル(約4億8千万円)をかけた新鋭機器で、延べ1500人分もの尿を検査する大がかりな作戦だ。

 表彰式が終ると、上位4人と無作為抽出の数人につき、各会場に設けられたドーピング・コントロール・ステーションで尿を採取して密封、冷蔵し、UCLAの検査室に運ぶ。ここに待っているのが8台のガス着色スペクトル分析器など最新の機器。砂糖ひとさじを50mプールに入れた薄さの1PPb(十億分の一)でも調べ出す高性能である。(1回一人約100ドルかかる)

 ドーピングに対しては、IOCもロス五輪委も以前から厳しい警告を発していた。昨年夏のパンアメリカン競技会で、重量挙の17人が失格。陸上の13選手らが検査を恐れて出場を取りやめた。その中の一人はオリンピック米国代表に選ばれていたが、IOCは参加資格を認めず、断固たる態度を貫き通した。カナダは五輪前の独自の検査で薬物反応が出た重量挙選手2人を帰国させた。

 しかし、ステロイドと同様の効果があるという人体成長ホルモンのソマトロピンはまだリストに入っておらず、検出法も確立していない。

 米国のある重量挙選手は「核兵器と同じようなものだ。みんな、おまえがやめればおれもやめる、というのさ」と語っている。

 規制対象の薬品も、検査法が進歩すれば、その抜け道をまた誰かが考え出すというイタチごっこは、「検査法の精密さはパンアメリカン大会でわかったはずだ。選手たちはステロイド使用をやめるだろう」というIOC医事委員会の強気の見方をよそに、まだまだ続きそうだ。

4.ステロイドのこの点が問題

 読者の中に、「えっ、そんな便利な薬があるなら使いたい」と感じる人も多いだろう。以前に何回か述べたことがあるが、ボディビルダーに使用者が多いのは事実である。とくにアメリカではごく一般的で、通信販売で買えるほど。

 来日した有名ビルダーの一人は私に「使わないのは常識外。要は使い方次第ですよ」と熱心に語ってくれた。アメリカの西海岸に行ってトレーニングする日本のビルダーの多くは、必ずといっていいほど、ステロイドの誘惑をうける。

 日本でも、実際にステロイドを使った人を何人も知っている。成果が上った人もいるし、一時的だけで、すぐ戻ってしまった人や、効果が何も現われなかった人もいる。逆に、副作用として、内臓を悪くした、セックスが不調になった、毛髪が無くなったという人たちもいる。

 相談を受けた時には、絶対にやめるよう、また自分から入手方法を暗示したりしないよう努力をしているが、その理由は以下の4点である。

①スポーツマンシップに反する

 甘い考えをする人は弱い人である。

②実際に危険が伴なう

 「効いた」と思えばいっそう多く飲み、「効かなかった」と思えば量を多くして飲もうと、ふえる方向にゆくのが人の常。とくに日本人は薬好きである。用法が度を過ぎると死に至る。

 北海道の石森政輝さんは「26才の大型ビルダーがステロイドで死んだ」というアメリカのニュースがのった新聞を送ってくれている。

③金銭面の痛手

 「ステロイド1回当り5ドルが相場」と聞いている。当然ながら1日1回としても、3ヵ月続けるとたいへんな出費になる。そればかりでない。悪質な金儲けをたくらむ業者が、選手たちに取りいって、「これは安全で効果が大きい新製品だ」と、やたら高価な薬剤を売りつけているという。強くなりたい一心で、つい高いものへ、高いものへとエスカレートしてしまう。

 アメリカでは、いったん優勝して名声を得ると、プロの道が開かれていたり、アマでもプロ同様の収入が入ることが容認されている。「カールルイスは1回の出場に1千万要求した」「競泳のコーリンズは1億3千万の契約金で企業のCM出場が決った」というように……。したがって、高価なステロイドに費用をかけても、戻ってくる可能性はある。

 だが、これは数少ない例外で、大多数の人は、乏しい生計費から高いステロイド(人によっては知人から安くしてもらっている人もいるが)に手を出して、健康を損うような、危ない橋を渡っている。こんな馬鹿らしいことはない。

④人間がモルモットになる

 努力より、金銭を支払える人が大きく強くなる世界になってしまう。スポーツだけは純正でありたい。

 企業や、研究者の一部は、次々と驚くような製品をつくりあげる。1983年にバイオテクノロジー(遺伝子工学)を用いて、通常より二倍大きいネズミをつくり出すことに成功した。ペンシルベニア大学のプリンスター教授は、今度は人間の遺伝子を用いて、牛や豚などの家畜を「少なくとも二倍の大きさ」にできると発表している。

 この技術はメス動物の受精卵に、特に加工した人間の遺伝子を移殖した後、再びメスの生殖器に戻すというもので、この遺伝子が動物の細胞に影響して、成長ホルモンの分泌を活発化させるという。

 人間に利用されたら、たちまち体が2倍のジャイアンツに変り、パワーも得られるのだろうか? もしこんなことになるなら、現在の努力が馬鹿らしくなる。いや多分、自然原理を損うような無茶を続ければ、とんでもない被害がおこるだろう。

5.薬物検査にパスするには?

 日本人選手が果してステロイドをどの程度使用していたか、体協や新聞社でも実態は全く不明である。「週間文春」に記事がのったことがあるが、結局はウヤムヤ。また、ボディビルダーについて、連盟の重村専務理事のコメントがのせられているように、「今のところほとんど全部のビルダーはシロである」と考えられている。

 確かに使い始めたら止められない。制限なくエスカレートする。世界各国の一流選手がステロイドを使っているとしても、日本選手たちだけは、本当の努力で舞台に立っている。そう信じたい。

 せっかくスポーツマンシップを守っているのに、検査が厳しすぎるためにチェックにかかり、疑われることがある。古くはインドのパワーリフティング大会で伊差川選手が、オリンピックではバレーボールの田中・下村選手のケースである。

 「ドーピング検査」と名付けられているように、ステロイドだけでなく、カフェインのような興奮剤を対象になっている。また、化学成分が類似している物質は検査線上にひっかかることが多い。

①風邪薬、乗物の酔い止め、鎮痛剤などに、無水カフェインが含まれている。ビンの成分表示をよく見よ。

②リポビタンDなどのドリンク剤や、オロナミンCなどにも無水カフェインが含まれている。これもチェックのある時は飲んではならない。

③サモンゴールドなどの強精剤には、効くかどうか判明しないが、ホルモン成分を含んでいる。愛用していると、検査で必ずひっかかる。

④漢方薬に、麻黄など、エフェドリンが含まれていて、興奮剤と見なされることが多い。

⑤便秘や冷え症に使われる薬品にも、ドーピングにひっかかる成分を含むものがある。

⑥検査がある当日は、コーヒー、紅茶、日本茶ドリンク剤は口にしないこと。

⑦そのほか、特殊な鎮痛剤や、心臓薬を用いる選手があるが、これらも規制の対象になる。

――以上のように、もし今後、検査体制が整えば、選手たちの心構えを改める必要がある。意外なところに盲点があり、使っていないのに疑われてはつまらない。
月刊ボディビルディング1984年10月号

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