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やさしい科学百科〈14〉 ビタミンCの効果〈その1〉

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月刊ボディビルディング1984年10月号
掲載日:2021.03.25
畠山 晴行

◇ビタミンCのブーム

 かつて、ビタミンCが美容に効果があるというので、ブームになったことがある。

 レモン・スライスで顔面をパックするという、およそ美容効果など期待できないようなことを実行していた人もいたし、高価な蜂蜜にレモンを漬け込んで、毎日をこれを摂ることで、からだじゅうにビタミンCを飽和させることができると信じていた人もいた。

 しかし、この頃では、レモンのスライス程度のビタミンCで満足するような人は少ない。最近のビタミンCサプリメントは、レモン何個分だとか、何十個分と表示し、それを1回分の量だとしている。

 レモン・スライス1枚に含まれるビタミンCは、皮まで計算に入れても3mg程度だが“レモン4個分”のビタミンCが入っているというキャンディーは、1粒で100mgのビタミンCが含まれている計算になる。

「ビタミンCのサプリメントを常用している」という人たち何人かに話を聞いたところ、サプリメントから摂るビタミンCの量は、1日当り500~2,000mg程度が多い。これは所要量として決められている値の10~40倍である。

 ふつうの食事から得られるビタミンCの量は、内容によって大きな差はあるが、だいたい100±50mg程度とみてよい。

 かなり大ざっぱな計算ではあるが、サプリメントを用いることによって、ビタミンCの1日当りの摂取量は、それだけで所要量の1ヵ月分にもなってしまう。

 ビタミンCの大量摂取が一般に普及したのは、ここ2~3年のことだが、栄養に詳しいビルダーの中には、かなり早くからとり入れている人もいる。

 本誌1983年4月号に記されていたことだが、ミスター日本の小山裕史選手はPECと称して、プロティン、ビタミンE・Cに主眼を置いた食事法をかなり前から心がけている。

 はじめは食事の工夫でこれらを強化していた小山選手は、必要量をふつうの食品から摂ることのむずかしさに気付き、1977年以後、サプリメント・フーズを上手に用いているという。今から7年も前のことである。

 小山選手の記事を読んで以来、私もPECというユニークな呼称を使わせてもらっているが、これがひと昔前に生まれ、ビルダーの間で使われてきた呼称だと知った医学や栄養の専門家は、例外なく驚嘆の色をみせている。

 本誌に毎号載っている「日本トップビルダーの食事法とトレーニング法」を見ても判るとおり、ほとんどのビルダーがビタミンCのサプリメントを常用している。

 過去の一時期のブームとちがって、ビタミンCの大量投与は、もはや定着した感さえある。

 カゼに効く、ガンの予防にも治療にも効果がある、寿命が延長される、という話が広まるにつれ、医者嫌いでめったなものに手を出さないような人までもが、ビタミンCファンになってきている。

 そこで、今回はビタミンCをテーマに取りあげてみた。

◇ビタミンCを含むもの

 厚生省の調査結果をみるかぎり、今日、ビタミンC不足の人はいない。しかし、これはあくまでも統計的なもので、個人個人をみれば、なかには所要量に達しない人もいる。

 ビタミンCが欠乏すれば壊血病になるというが、これが発生するのは1日当り7~10mg以下という、極端に少ない場合だといわれる。

 今日用いられている栄養所要量は、栄養審議会が1979年8月に決定したもので、これによると、成人の1日当りのビタミンC所要量は50mg、妊婦は60mg、授乳婦で90mgとされている。そして、労働の程度による付加量は、重労働で+5mg、あまりからだを動かさないような場合は-1mgとなっている。

 現在、アメリカでは、成人のビタミンCのRDA(1日の摂取勧告量)を60mgと定めているが、これは1980年に改定されたもので、以前は45mgであった。

 ふつうの食事をしていれば、1日に100mgほどのビタミンCはわけなく摂れる。壊血病にはぜったいならない量であって、所要量をはるかに上まわるだけのビタミンCは労せず摂れるのである。

 下表をみていただきたい。日常ありふれたものの中に、ビタミンCはいくらでもある。

◎ビタミンC含有量(概算値)

甘柿 中1個 100㎎
トマト 中1個 20㎎
まくわうり 1個 100㎎
パイナップル 1個 450㎎
グレープフルーツ 1個 150㎎
レモン(皮は除く)中1個 25㎎
みかん 中3個 70㎎
わけぎ 3本 25㎎
めきゃべつ(ゆで) 中5個 45㎎
さやえんどう 5さや 5㎎
えだまめ(ゆで)30さや 25㎎
かぼちゃ(ゆで)5㎝角 20㎎
きゅうり 1本 25㎎
きゅうり(ぬか漬)1本 20㎎
大根(ぬけ漬)5切れ 10㎎
はくさい(キムチ)50g 10㎎
ほうれんそう(ゆで)1把 150㎎

 ビタミンCといえば、すぐレモンを連想する人が多いが、レモン1個分の果汁に含まれるビタミンCは、ピーマン1個と同量であり、甘柿1個にはその4倍量が含まれている。

 ビタミンCの源泉が唯一レモンだけと思っている訳ではないだろうが、それにしてもビタミンC摂取量増量を目的として、レモンを買い求めている人は多いようだ。

 レモン2個の値段は、だいたいグレープフルーツ1個と同じである。そして、グレープフルーツ1個には、レモン6個分のビタミンCを含むとなればビタミンC摂取のためにはどちらがとくかは、あらためて申すまでもないだろう。レモンの酸っぱさは、ビタミンCによるものではなく、クエン酸などによるものであることも、一言つけ加えておこう。

 スナックのカウンターの片隅で、持注のレモン・スライスのすっぱさに顔をしかめながら、ビタミンCの能書きをたれている人を見た。だが、となりでモロキューをさかなにしている人とビタミンC摂取量においては大差がないのだから滑稽だ。

 パセリにビタミンCが多いといって、パセリを皿に山盛りにして食べる人はいないし、イチゴがビタミンCの王様だとさわいだところで、1年中イチゴをデザートに食べるというのも現実的ではない。

 緑の野菜を欠かさず食べるというぐらいの注意で、ビタミンC摂取量は予想外に多くなるものだ。

 例えば、おひたしにしてしまえば、ほうれんそうの1把は、1日で食べられない量でもない。新鮮なものを使って手早くゆでれば、これから得られるビタミンCは150~200mgにもなる。ただし、生産地、時期、鮮度、調理方法などで大きな差がでることは明白で、最悪の場合、15mgほどに低下する。

 そんな訳で、前記の表は、4訂成分表を参考にして作製したが、計算上でてきた数字の細かい部分はまるめて概算値とした。

◇壊血病とビタミンCの発見

 今日では、ビタミンCといえば、その欠乏が壊血病をまねくということはあまねく知られている。ところが、現在われわれは壊血病を直接目で見ることはない。いろいろの本に「ビタミンCの欠乏で壊血病になる」と書かれていてもピンとこないのも当然だ。

 本シリーズの目的は「所要量のビタミンCを摂るにはどうしたらよいか」といったものではなく、大量のビタミンCを摂ることの意義を深く追求しようというものである。

 ビタミンCの積極的な摂取は、決して壊血病の予防を目的としたものではないが、壊血病がどんなものであるかを知ることは重要である。

 そこでこの項では、ビタミンCの発見までの歴史と、壊血病について述べてみよう。

 広辞苑(岩波書店)によれば、壊血病は『ビタミンCの欠乏、即ち新鮮な野菜や果物を摂取し得ない場合起る病症。主な症状は貧血、衰弱、脛骨の核痛、歯ぎん(歯ぐきのこと)、皮膚などからの出血』という説明である。

 上の説明からは、壊血病のこわさがわからないが、古くローマ帝国時代から、死を招く病気として恐れられており、長期にわたる航海、遠征、籠城、飢饉などのときに、多くの命を奪ってきたのだ。

 バスコダガマがインド航路を発見したのは1497年と、歴史書には記されている。この航海には160名の乗組員が参加したが、帰港するまでに100名が壊血病で命をおとしている。

 マゼランの世界一周航海は、5隻の船団で出発したが、3年後に帰還したのはたったの18名だったという。(1519年)。もちろんこれは暴風雨などによる難破も原因していようが、やはり壊血病によって命を落とした人が多かったといわれている。

 こういった時代には、帆が破れ、マストの折れかかった幽霊船が、海流と気まぐれな風に流されるまま、大海をさまよっていたのである。

 1536年、フランスの探検家ジャック・カルチェの一団は、インディアンに教えられたという、アメーダ(においひばの1種)の葉や樹皮をせんじて飲み、壊血病を治している。

 カルチェは110名を乗せた3隻の船で、カナダのセント・ローレンス川をさかのぼり、永雪にとざされて一冬を過ごした。このとき、3名を除いて残り全員が壊血病にかかり、そのうち25名が命を落した。それでも80名以上が助かったのは、アメーダのせんじ薬が効いたのかも知れない。

 中国では、長期にわたる航海のときはお茶を積み込んでいったという。お茶の浸出液に含まれるビタミンCは、茶わん1杯の玉露で、せいぜい5mgあればよいほうだが、壊血病で死の崖っぷちに立たされたときには、心強い命綱になってくれたのだ。

 アメーダやお茶は、サプリメント・フードのルーツともいえよう。

 1753年にはイギリス海軍のJ・リンドが、壊血病の治療経験から、オレンジやレモンが有効であることを発見して、イギリス海軍を壊血病から救っている。

 しかし、この時点では、まだビタミンCの発見には至っていない。リンドの名案も、ただ経験上のものであったにすぎず、本質がわかっていなかったため、イギリス海軍は、その後2度の北極探検で壊血病患者を出している。

 ともかく、今世紀の始めまで、壊血病の原因は解明されておらず、諸説ふんぷんだった。
月刊ボディビルディング1984年10月号

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