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やさしい科学百科36 "生命の条件と食塩"

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月刊ボディビルディング
掲載日:2022.02.13
畠山晴行

<2>食塩と高血圧

食塩は、われわれの生命維持に欠くことのできない物質であることはいうまでもない。しかし今世紀半ばごろからの研究により、高血圧症の重要な因子として食塩の摂取過多が指摘されている。が、高血圧症のすべてに対し減塩の効果があるのだろうか。
確かに極端な減塩を行えば高血圧症状から脱することのできる人は多いようである。たとえば、1日に1g以下というきびしい食塩の制限を行うなどの療法もなくはない。しかし、それでは日常の食事は成り立たないし、日常の行動にも支障をきたすことになりかねない。

1977年、アメリカの上院が報告した『アメリカの食事目標』中には「食塩摂取は1日3g以下が好ましい」と記されていたが、3g以下では現実問題として献立はつくれない。無塩食をつくったつもりでも、すでに料理の材料のなかに食塩がかくれている。そんなことから1983年になってアメリカでは1日5g以下に変更している。
日本では1980年に「食塩摂取量は1日10g以下が好ましい」とされた。それにしても、塩に慣れてきた人達にとって減塩食の毎日はまるで砂をかむような味気ないものではないだろうか。

ここにきて、日本の高名な高血圧学者のひとり、青木久三名古屋市立大学助教授から「極端な減塩はすべきでない」という声があがっている。逆に食塩不足で障害が出るというのである。これはビルダーにとっても重要なことである。
減量し、さらに体内の水分をできるだけ絞り、脱水症状にまでもっていこうとする選手も見受けられる。減塩、それに運動による発汗で体内のナトリウムイオンが減少する。さらに、塩化カリウムなどを使えば体内のミネラルバランスは大きく崩れるだろう。ほどほどにしなければ体をこわす。

それはともかくとして、前号のプロローグに登場した人(高血圧に悩み、減塩するも思うような効果を得られない人)にとっては、減塩はまさに生きるか死ぬかの問題である。このようなケースは決してまれではなく、回りを見渡すといくらでもある話である。それだけに、薄っぺらな俗説を信じて暴走する人もでてくるだろう。
高血圧は、食塩の摂取過多以外にも肥満、ストレス、アルコールの多飲などによってひきおこされる。その他、ややこしい疾患が原因となる場合もある。しかし、食塩の摂取と高血圧の素因についてはもっと追究されなければならないと思う。

――ハワイでの実験――

和食がブームであるが、たびたび述べるように、アメリカで注目され理想に近いとされた日本食は、決して昔にもどった姿ではない。昔の日本食は低タンパク、高食塩、さらに野菜さえもそう多くはなかったのである。
日本の東北地方では、1日に30gほど、最大で50gも食塩を摂ってきた。
一方、世界を見渡すと1日に1g以下しか食塩を摂らない民族もいる。いろいろな条件、たとえば遺伝的な素因や習慣、環境などに差があるとはいえ、これはあまりにも大きな違いである。一度身につけた食習慣は、努力なくして大きな軌道変更はできないものである。

住み慣れた土地を離れると、よく言われるように、水が合わない、食生活になじめないなど誰でも経験することである。
ハワイには日系のアメリカ人が多いが、彼らの食習慣と、同じハワイに住む白人のアメリカ人との違いから、食事と高血圧に関する興味ある事実が示されている。
かつて、ハワイ大学のヒルカー教授がハワイ在住の日系アメリカ人の高血圧に目をつけ、典型的な和食とアメリカ食による血圧に及ぼす影響の差を調べるため動物実験を行なった。すでに当時日本における食事では食塩の多いことが明白であったからだ。

はじめの実験結果は、ヒルカーの予想していたとおりだった。和食組のラットの平均血圧は188、アメリカ食組では124とでた。もしもヒルカーの実験がここまでで終わっていれば、単に「高血圧症は食塩の摂取過多による」という結果におちついたことだろう。
しかしヒルカーは「果して食塩だけの問題なのだろうか?」と考えたのだろう。次のような実験も行なった。すなわち和食のエサの塩分を減じ、アメリカ食に食塩を増量したのである。

すると、確かに和食組のラットの血圧は下った。134である。ところがどうだろう。食塩を増量したアメリカ食組のラットの血圧には変化がみられなかったのである。もちろん、ヒルカーが実験に用いた和食は、近代化された和食ではなく、昔ながらのもの、つまり低タンパク食といってよいものであった。
低タンパク食を続けた場合、ナトリウムの排泄がスムーズにいかなくなるばかりでなく、腎障害を強く引き起こすことにもなる。元東北大学教授の小柳達男氏らの研究によれば、タンパク質のほか、ビタミンB₂、パントテン酸、コリンなど、ビタミンB群が不足しても、ナトリウムの排泄がスムーズにいかなくなるという。

――日本人と高血圧――

日本人は食塩を多量に摂取し、しかも脳卒中の発生率が高いことでも世界的に有名である。それが注目されるようになったそもそものきっかけは、戦後まもなく行われた東北大学の近藤正二教授らの調査結果である。日本人の脳卒中と食塩の多量摂取の関係が示されたのだ。
そのすぐ後、アメリカのメネリーによる動物実験が行われた。10匹のラットに通常の20倍も食塩を含んだエサを与え、さらに1%食塩水(みそ汁くらいの食塩濃度)を与え続け、6ヵ月後に10匹中4匹が高血圧となったのである。

この実験により、食塩と高血圧の関係はさらに多くの学者の注目を集めたのだという。同様の実験は、他の学者によっても行われている。ところで、これとほとんど時期を同じくして世界のいくつかの地域における食塩摂取量と高血圧症の発症率を調査したのは、アメリカの有名な高血圧学者ダールである。
特に、前に述べた日本における食塩の摂取過多に注目した調査であった図にみられるとおり、食塩の摂取量が多い地域ほど高血圧の発症率も高くなる。ダールは調査結果をさらに確認するために、動物実験を行っている。メネリーと同様、長期間食塩を多量摂取させるというものである。
すると予想どおり、人間の高血圧症と同じような症状を起こすものがでてきた。ところが、高血圧を起こしたあとで食塩量を正常にもどしても高血圧は維持されたままであった。そこで、カリウムを多く含むエサを与えてみた。そうすると、低カリウム食にくらべて高血圧は改善された。

メネリーの実験でもそうだったが、ダールのこの実験でも、実際には高食塩食ですべてのラットが高血圧の症状を示したのではない。先に行なったダールの疫学的調査にしたところで、食塩を多く摂る地域の者すべてが高血圧症となった訳ではなかった。つまり、このことから体質を無視することはできないことがわかる。
ダールは、高食塩食で高血圧症になりやすいラットと、そうでないものを、各々何代にもわたって交配させ、遺伝的に高食塩食で高血圧になりやすい家系とそうでない家系をつくり出すことに成功した。

この両者は体のどの部分がどんなふうに違うのであろうか?高血圧家系のラット(S型という)に、高血圧になりにくい家系のラット(R型)の腎臓を移殖すると血圧は下がった。
逆にR型にS型の腎臓を移殖した場合には、食塩で高血圧になることがわかったのである。S型、R型の体質の差は腎臓にあったのだ。
さらに、その後の研究で、腎臓でのナトリウム排泄に差のみられることが判明した。S型は、R型の約半分しかナトリウム排泄ができないのである。しかし、S型に食塩を与えても、同時に利尿剤を投与すれば高血圧は予防できる。

――食塩を好む高血圧体質――

もしも、これまでのことで高血圧になりやすい体質を理解するとしたら、単に「食塩を減らせばよい」ということになる。ところがそうかんたんにはゆかない。昭和38年になって、また別の高血圧体質が発見されたからである。
京都大学の岡本耕造教授と、その教室で研究していた青木久三氏(現在名古屋市立大学助教授)によってつくられた高血圧自然発症ラット(SHR)である。SHRは、特に食塩を多く与えなくとも高血圧になってゆく。そしてさらに食塩を多く与えたならば、よりいっそう早く高血圧になるというものである。

現在ではこれが人間の本態性高血圧にとてもよく似ていることから、高血圧の研究には欠かせないものとなっている。興味あることにSHRは食塩を好む。たたでさえ高血圧になりやすいのに、高血圧発症を促進する食塩を好むというのである。そしてもうひとつ、もしもエサの食塩量を極端に減じた場合には、生育阻害があるというのだ。
ということは、SHRは生きてゆく条件として、高血圧を抱き合わせにしなければならない――ということになってくる。さらに、SHRは塩化カリウムを入れたエサを嫌う。そればかりか、授乳中のSHRに塩化カリウムのエサを与えると、その子どもに生育の阻害がみられるのである。母乳中に現れるカリウムによるものか、又はその他にも何かあるのだろうか?
SHRとまったく同じ体質が人間にあるかどうかは、未だよくわかっていない。しかし、そのような体質の人がいる可能性もあるのだ。
[食塩摂取量と高血圧発症頻度]

[食塩摂取量と高血圧発症頻度]

――血圧を下げるアミノ酸――

すでに述べたとおり、タンパク質の摂取と血圧は大いに関係がある。すなわち高血圧予防の意味からは、十分にタンパク質を摂るべきだということである。しかし、今日のこのような考えとはまったく逆の考えが過去にはあった。
アメリカのデューク大学のケンプナーは、高血圧症の患者に、米と果実の食事療法を行い、血圧を下げることに成功した。何やらどこかのダイエットに似ているようでもある。ケンプナーは当初その効果を低タンパクによるものと考えた。1944年のはなしである。

タネを明かせば1日わずか0.5gほどという超減塩食であったことによる。おどろいたことに今日でも、血圧を下げるためにはタンパク質を制限したほうがよいと説える人がいる。その実績もある、というのだが……。何のことはない。肉などのタンパク食品を減らせば、タンパクばかりか脂肪も減る。
つまり摂取エネルギーを少なくして減量した結果、肥満に伴う高血圧症の改善がみられたというただそれだけのことである。決してタンパク制限による効果ではない。

ところで、前項にあげたSHRから、さらにSHR-SPという脳卒中になりやすいラットがつくられている。既刊でもすこし触れたが、これは島根医科大学の家森幸男教授によってつくられたものである。
SHRは高血圧自然発症ラットであった。SHR-SPは、さらに脳卒中になりやすい――100%近い確率で脳卒中になるという宿命を担っている。SHR-SPに、低タンパクで食塩を加えたエサを与えると百発百中脳卒中。仮に、食塩を少なくしたところで、低タンパク食を続けると80%脳卒中となる。

しかし、魚肉タンパクを十分に与えれば、1%の食塩水(みそ汁くらいの濃度)を摂らせていても脳卒中の発症は10%ほどにおさえられる(血圧の上昇もおさえられている)。ノドがかわいたときには1%食塩水しか飲めないというのは、非現実的ではある。しかしそれでもなお高血圧、脳卒中が防げるのである。
魚肉タンパクを十分に与え、しかも食塩を制限すると、まったく脳卒中を起こさなくなるという結果にはおどろかされるばかりである。このことから、タンパク質の摂取、とくに魚肉タンパクは血圧を下げるはたらきがあることがわかった。
家森教授によれば、その理由のひとつにはタンパク質の代謝産物・尿素の効果があげられるという。タンパク質の代わりに尿素を与えても血圧は下がる。尿量が増えて、ナトリウムの排泄も多くなるというのだ。

第2の理由は、魚肉に多い含硫アミノ酸・タウリンやメチオニンなどの効果である(コラム参照)。大豆には、含硫アミノ酸は少ないがリジンを多く含む。SHR-SPにリジンを長期間与えた結果、血圧は下がりぎみになり脳卒中も減少する。リジンも血圧降下作用のあることがわかっている。
大豆タンパクをSHR-SPに十分与えた場合、1%食塩水を与えて血圧が上昇しても脳卒中は起きない。血管がしなやかに保たれるという。タンパク質は、平滑筋の栄養にはとてもよいのである。以上のことは、動物実験だけではなく、疫学的な調査との一致により人間にもあてはまることがわかってきた。

――カリウムの効果――

前に述べたSHRのカリウムに関する新しい知見(生育阻害など)は、これからもっと追究されるべきものであり、また一般の食事によって摂られるカリウムとでは量的に差のあることも考えに入れなければならないだろう。
よくナトリウムとカリウムのバランスが重要だと言われるが、その比が高いほどつまりナトリウムが多く、カリウムが少ないほど収縮期の血圧が高くなることが知られている。日本の現状をみると、食塩の過多に加えて野菜や果実のとり方が少ないため、ナトリウム/カリウム比は高く、4以上である。

かつて弘前大学唯々木直亮教授は、秋田と青森を比較し、青森では毎日りんごを食べるためにカリウムが多く血圧が低いと考えた。そこで、秋田にりんごを運んで食べてもらったところ血圧が下がったという結果を得た。
ナトリウム/カリウム比が高いのは何も日本だけでなくアジア全体の傾向で、中国は日本の倍以上で10~11。30年前の日本と同様、40歳代で脳卒中になる人が中国では多いという。

日本の現状を考えれば、もっと野菜や果実を摂るべきであるといえる。ひとこと加えるならば、減塩のために売られている塩化カリウム製品には注意してもらいたい。
一般には塩化カリウム60%などのものが市販されているが、100%塩化カリウムも入手できないことはない。きびしい減塩に加えて、塩化カリウムを多く摂ることは危険である。

――食塩の過多は血栓を招く――

前出の家森幸男教授の報告によれば、食塩の過多が血栓をも招くという。この報告は世界中の注目を集めている。
食塩の過多によって起こる脳卒中は血圧の上昇がつきものとされていた。しかし、血栓をも招くとなるとまた別の種類の脳卒中を導くことになる。すなわち、血圧上昇を伴わず、血管がつまった結果の脳の障害である。
食塩を多くして、ADP(アデノシン2リン酸)で血小板を刺激すると、高血圧の遺伝的な素因のある人では、血小板の凝集能力が素因のない人に比べて高いことがわかった。つまり、高血圧体質の人は食塩によって血液が固まりやすいということである。
しかも高血圧の素因のない人でも食塩を多く摂り続けると、やはり血小板が凝集しやすくなるという。素因のない人でも、血圧が上がらないといってむやみに食塩を摂ると、とんだことになってしまう。

今回のまとめ

減塩も大切だが、タンパク質をしっかり摂ることを忘れてはならない。野菜や果実はビタミンだけでなく、カリウムの供給源となり、食塩による高血圧などの害を防いでくれる。次回は食塩のはたらきなどについて述べる予定である。
月刊ボディビルディング1986年10月号

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