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食事と栄養の最新トピックス 63

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月刊ボディビルディング1986年6月号
掲載日:2021.12.13

中・上級者のための食事法<9>
たんぱく質生合成

ヘルスインストラクター 野沢 秀雄

1.同化作用とは?

 筋肉増強ホルモン剤を外国ではアナボリックステロイドと呼ぶが、アナボリックとは「同化作用をする」という意味である。ステロイドとは以前に説明したことがあるが、化学構造式の中にステロイド核を有する物質の総称である。

 同化作用とはアミノ酸から筋肉たんぱくが作られる例のように、体内で簡単な物質から複雑な、高度な物質に組みかえる作用をいう。低分子の物質から高分子の物質が生合成されることを指している。

 同化作用の反対語は「異化作用」でカタボリックと英語でいう。すなわち体成分として組みたてられた物質が、必要に応じて分解され、運動や熱のエネルギーとして使われる。この分解作用を異化作用と呼ぶ。

 われわれの身体は常に同化作用と異化作用を同時におこなっている。つまり「新陳代謝」とイコールである。

 ウェイトトレーニングを実行すると筋肉の収縮性たんぱく質(ミオシン、アクチン)の同化作用と異化作用の比率が変化し、適切な栄養補給とあいまって、筋肥大がおこる。手首を始めとする関節の腱も肥大してくる。

 筆者の専門は栄養学のうちでも生化学の合成であり、いわゆるバイオテクノロジーの分野である。生体内でおこる反応(同化作用や異化作用)を人工的に試験管の中で起こそうとすると、膨大な高温・高圧などが必要になる。(もちろん、いまだに人工でなし得ない反応のほうが大部分であるが・・・)神のなせる不思議というか、自然の仕組みの偉大さというか、36~37度という体温のもとで、ひとりでに作られる酵素(触媒)のお陰で、何十万種類という化学反応がきわめてスムーズに進行している。

 いよいよ今月は最大のハイライトである筋肉の生合成について検討してみよう。

2.遺伝子が関係する

 ホクロが体にある人の場合、ホクロ自身、アミノ酸が数百個連結したたんぱく質である。内部の構造は常に同化作用と異化作用がおこなわれて、ホク口を維持している。爪には爪のたんぱく質、毛髪には毛髪の、筋肉には筋肉に特有なアミノ酸が特殊に配列して、特有のたんぱく質をつくっている。
 原料は同じような20種類あまりのアミノ酸でありながら、組織に応じて必要なアミノ酸の種類と量がピックアップされ、特有な配列をほどこし、同化作用がおこなわれる。
 この特有な配列順序を決めるのが、細胞の核にあるDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)である。RNAは細胞質にも存在する。以下順を追いながら説明する。
①DNAは組織分裂にさいし、染色体を形成し、遺伝形質を伝える。

②たんぱく質合成の際のアミノ酸配列順序の指令をmーRNA(メッセンジャーRNA)に与える。

③tーRNA(トランスファーRNA、転位RNA、SーRNAとも呼ばれる)は細胞質の液体部分に存在し、活性アミノ酸(結合する体制をととのえているアミノ酸)をリボゾーム(細胞質に存在するたんぱく合成エ場)へ運搬する。

④rーRNA(リボゾームにあるRNA)はmーRNAによって伝えられた情報にしたがって、tーRNAで運ばれたアミノ酸を結合させ、たんぱく質を合成する場を形成している。

⑤mーRNAは核にもリボゾームにも含まれ、DNAから鋳型(テンプレート)を写しとり、たんぱくのアミノ酸配列順序を伝達、規定する。
ーーこのように複雑なプロセスを経て(核酸という遺伝子情報が関与して)はじめて食べたアミノ酸が、体内で必要とするたんぱく質に合成されるわけである。
 余談になるが、バイオテクノロジーの進歩により「3倍体の生物」が作りだされている。細胞分裂のときに生ずる染色体はオスとメス1組で2倍体だが、特殊な条件で交尾させると3倍体という染色体ができる。宮崎県の水産試験所で養殖アユに応用したところ、アユでありながらアジやサバのような大型アユになり、味も良いそうだ。
 このほか、キャベツの甘さと小松菜の強さを掛け合わせた新品種がつくられたり、豚でありながら牛のような筋肉を持つ品種をつくったり、と大きな話題になっている。ネズミでありながら体が3倍も大きな品種がつくられるニュースを聞くと「バイオもゆきすぎると大変なことになるぞ」と背すじが寒くなるのは私だけであろうか。

3.同化作用を促進する3条件

 ボディビルで筋肉を発達させる場合も上記のDNAやRNAのメカニズムが働く。DNAはヒストンと呼ばれる物質(塩基性アミノ酸を多く含む短鎖たんぱく質)や非ヒストン物質によって取り囲まれている。(ガードされている)
 このヒストンは適当な刺激が与えられるとガードマンの役割をやめて、DNAの遺伝子情報の読みとり作用を開始させる。トレーニングによる筋肉への刺激はいくつかのプロセスを経てヒストンを分解する。すなわち同化作用を促進する第一の条件は筋肉トレーニングそのものである。
 先日の関東地区ボディビル連盟の指導者講習会で、石井直方さんより「筋肉発達のメカニズムを起こす最初の刺激は、強度のトレーニングによる筋原せんいのフィラメントの機械的な破壊による」と説明されたが、このようなトレーニングによる刺激がヒストンを抑制し、DNAによる一連のアナボリック作業を開始させる。
 第二の条件は男性ホルモン、成長ホルモン、インシュリン等のホルモンの作用である。これらのホルモンが活発であればあるほど、一連のアミノ酸からたんぱく質合成までの化学反応が、すみやかに、大量におこる。
 これらホルモンは性・年齢・環境などにより、分泌量が変化する。新陳代謝のスピードは男性の方が女性より速く、年齢が若い人ほど速い。また、一般の人より運動する人のほうが速い。「成長ホルモン」は睡眠中に多く分泌することが報告されている。性ホルモンも一般的に休養中に多く分泌される。
 第三の条件は栄養である。アミノ酸からたんぱく質に合成されるときに、必要充分量の栄養素が血液中に運ばれないと、せっかくDNAやRNAが発動しても無駄になる。必須アミノ酸がそろっていること、また非必須アミノ酸やぶどう糖、ビタミンB6、B2、またミネラル類も大切な役割を果す。

4.道をあやまらないために

 第一のトレーニングに関しては、反復回数が数回~10回までのウェイトトレーニングが筋肉合成に適している。一流選手たちが採用しているように、セット数は大きな筋肉部位(胸・脚・背)では5セット程度、小さな筋肉部位(肩・腕)では3セット程度がふつうである。同じ部分に3~4種目を充当し、ちがった角度からの刺激が与えられるようにする。
 最近の研究では「筋肉線維は引き伸ばされながら刺激を与えると生合成の効果が大きい」といわれている。(岩波新書「筋肉のなぞ」丸山工作著など)
 一般にネガティブワーク(おろすときにゆっくり筋肉に刺激を与える)を強調するビルダーがふえているが、このように筋肉が伸展する時にフィラメントが破壊されやすい。また、修復のために、DNAーーRNA系が働いてフィラメントが分裂増加をおこし、元の筋肉以上に太い、じょうぶな状態になる。いわゆる「超回復」である。〔図1参照〕
[図1]筋力トレーニングによる筋線維肥大まず、ある筋原線維が大きくなり、次に分割し、筋原線維数が増える。(ベースボールマガジン社「運動生理学の基礎」)

[図1]筋力トレーニングによる筋線維肥大まず、ある筋原線維が大きくなり、次に分割し、筋原線維数が増える。(ベースボールマガジン社「運動生理学の基礎」)

 反復回数が10回以上のウェイトトレーニングでは、筋線維の破壊が少なく、超回復現象はおこりにくい。一般のスポーツやランニング、水泳などはいくらおこなってもある一定の大きさ以上には筋肉は発達しない。器具を使わない練習に限界があるのはこのためである。バーベルやダンベルの重さを漸増して常に筋肉線維に刺激を与え、破壊させることが大切になる。

 反復回数が1~5回と少なく、セット間の休憩時間が少ないトレーニングは、パワーリフティングのように「筋肉内の脂肪をとることを考えず、ひたすらパワーをつける」という場合に適している。ボディビルダーを目指す場合は、1セットの中で5回以上、少なくとも3~4回は反復したい。もちろん、時としてパワーリフターのように最大挙上重量にチャレンジする機会を持つこと自体は悪くないが・・・・・・。

 第二のホルモンについては誤解したり、短絡することが多い。原理がわかったからといえ、単純にホルモン剤に手を出すことは身の危険だけでなく、スポーツマンシップの精神に反する。

 一般スポーツ界にも薬物使用が広まっているが、チェック体制もきびしくシビアになりつつある。

 現実にホルモン剤を使用した例を何人か知っているが、今では後悔している人が大部分である。死亡例が外国雑誌にものっているが、甘い言葉に乗らないように注意したい。

 第三の栄養素についても常識を通りこし、薬剤の分類に入るような物質を採用する例がふえている。前回に述べたアミノ酸を単独にとるケース等が代表的である。

「ある種のアミノ酸(アルギニンやリジン)をとるとインシュリンがシャープに上昇する」と発表されているが、インシュリンは本来、食べたブドウ糖をグリコーゲンに合成するときに分泌するホルモンだ。つまり血液中に多く存在しても無用なのでグリコーゲンにして血糖値を正常に保つように働く役割をする。

 特定のアミノ酸を単独に高濃度で与えると、これを処分するためにインシユリンが出動する。何のことはない現象である。実はアミノ酸→ぶどう糖→グリコーゲンというルートになっているとも考えられるのだ。

 前号で「アルギニンとオルニチンが成長ホルモン分泌促進作用する」とアメリカで販売されていることを述べたが、この実験が正しいとしても、事実の解釈は別と考えられる。つまり原因と結果が逆だと筆者には思われる。

 本来、ウェイトトレーニングを実行したあと、筋肉フィラメントを構成しているアミノ酸が分解して血中に出てくる。その成分のうちアルギニンやアミノ酸の中途分解物オルニチンが成長ホルモンの分泌を促しているわけである。あくまでもトレーニングすることが先決である。フィラメントが破壊されていないのに(トレーニングを充分しないのに)いくらアミノ酸剤を与えても意味がない。つまり、ムダということになる。

 それではウェイトトレーニングをしっかり実行して同時にアミノ酸を多くとったり、また高たんぱくすぎる食事法をすれば、予期したようにどんどん筋肉は大きくなるのだろうか?ポパイのホーレン草は本当にあるのだろうか?

 一定のたんぱく質は当然必要であるが、そうかといって多ければ多いほど筋肉の生合成によいということには決してならない。むしろ否定的である。

 すなわち、必要以上にたんぱく質をとることが、同化作用を促進する要素にはまったくならない。このことを認識したほうがよい。その理由は、
①新陳代謝のスピードには限界がありいくらハードトレーニングで筋肉を痛めつけてフィラメントを破壊するにせよ、再合成には一定の時間がかかる。
 超回復の原理とはいえ、細胞分裂しながら新しいフィラメントに作りかえられるわけであり、それにはある程度の時間が必要である。(時間の要素)
 必要としないアミノ酸がいくら存在してもムダになる。

②本当に必要とされるアミノ酸は、毛細血管中から、前述のRNAにピックアップされて、必要なものが揃い次第、順に連結してゆき、たんぱく質へと合成される。呼び出しがあっても存在しない場合、必須アミノ酸以外は応急的にその場で必要なアミノ酸につくりかえられる。他のアミノ酸からも作られるし、ぶどう糖などから作られることもある。むしろ必要に応じて組織内で作りあげられるケースの方が多いと考えられる。
 呼び出しがないのに多量に毛細血管にアミノ酸が存在した場合、肝臓に送り返されて、脂肪が糖質になる。これはムダだけでなく、害になる。(量の要素)


 一流ビルダーにもまだまだ多いが、単純に「たんぱく質はとればとるほど筋肉が発達する」と思い込んでいるなら、ぜひ誤解をといておこう。たんぱく質は筋肉の材料として必要であるが体重1kg当り2 g (体重70kgなら140g、 80kgなら160g) とっていれば充分に必要量が満たされる。この量はすでに一般人の2倍以上なのである。

5.今回のまとめ

〔図1〕はベースボールマガジン社発行「運動生理学の基礎」(DWエディントン/VRエジャートン著・大平充宣訳)に載っている図である。
 この説明にあるように、まず筋原線維のフィラメントがふえ、ついで分割して筋原線維数がふえてゆくが、 この際にDNAーーRNAの遺伝子系が関与する。
 いくつかの筋肉が大きくなるのに必要な条件を述べたが、実は単独に作用するのではなく、 〔図2〕のように条件が全部そろったときにはじめて、一定の時間の要素と量の要素を満たした上で、筋肉内でたんぱく質の生合成がおこる。
[図2]筋肉発達の条件

[図2]筋肉発達の条件

 したがって単にホルモン剤を使ったり、特定のアミノ酸をとったり、高たんぱく食にしすぎるだけでは期待する筋肉の発達は得られない。
〔図2〕中でも適切なウェイトトレーニングこそ、スタート(基礎)である。数回~10回反復できる重さで、週に2~3回の刺激を与えることが第一に必要な条件である。
 なお、上記条件のほかに、神経による生合成支配が関与するといわれているが、解明はまだ先のようである。
 いずれにしろ、安易にホルモン剤のような薬剤を使用したり、特定のアミノ酸のような薬剤的なものを採用したり、高たんぱく・高ビタミンすぎる栄養のとり方は、経済的にムダで損しているだけでなく、体に負担をかけて有害となる。栄養のとり方は大切であるが、適切量をきちんと頭に入れて、正しい食事法をしていただきたい。健康な身体をつくる目的が、かえって健康を害してしまっては何にもならない。
月刊ボディビルディング1986年6月号

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