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やさしい科学百科 33  "酒飲みの健康学"<その3>

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月刊ボディビルディング1986年7月号
掲載日:2021.12.24
畠山 晴行

<8>宿酔いに柿

 はじめはよい気分で飲んでいても、そのうちへべれけになり、自分が自分でなくなってしまう。まったく手がつけられない泥酔状態となり、朝、気付いてみると知らないところで寝ていたという話はよく聞く。

「こともあろうにオリの中(トラ箱というらしい)。ガンガン痛む頭に警官の訓告」昨夜の大トラが借りてきたネコのようになって、自責の念にかられながら、やっと無罪放免・・・・・・。』

「何も特別に悪いことをしたのではないのに」と、 A氏はこぼしていたが、『異常な挙動、その他、周囲の事情から合理的に判断して、自己または他人の生命・身体、または財産に危害を及ぼすおそれがあり、応急の救護を要する者』ということで、警察官職務執行法により保護されてしまったのである。また、酩酊者規制法というのもある。明らかに他人に迷惑をおよぼした場合には、拘留・科料の高いツケがまわってくる。

 ここまでゆかなくとも、ヘべれけの翌日に"苦しいツケ"を払わされた経験を持つ人は少なくない。つまり、二日酔いである。「酔いが宿る」という意味から"宿酔い"とも書く。

「二日酔い読本(デービッド・アウータブリッジ著、 TBSブリタニカ)」には「治療法百選」という項があって世界各地に伝わる宿酔い治療法が載せられているが、 これ!といった決め手はない。

 デービッドはアメリカ人であるため日本における宿酔い対策にはふれていないが、 日本では古くから「悪酔い、宿酔いには柿がいい」と伝承されてきた。果してどうなのだろうか。

 柿に含まれる栄養素で注目に値するのは、たとえばビタミンCである。甘柿1個には、およそレモン4個分のビタミンCが含まれている。柿やレモンに限らず(ビタミン剤などによって)ビタミンCを大量に摂ると悪酔いしない、 ということを筆者が経験的に知ったのは8年ほど前である。今ではよく知られていることではあるが。

 柿に含まれるタンニンも、悪酔い、宿酔いの予防に大いに関係がある。タンニンはアルコール吸収を抑制するからである。

 それに果糖。悪酔い、宿酔いの代表的な犯人であるアセトアルデヒドを分解する酵素は、果糖の存在で活発になる。だから、高級クラブなどで出されるフルーツ盛り合せは宿酔いの対策になる(と言っても、応々にして目の玉が飛び出るほど高価なことが多いが)。

 もうひとつ柿に含まれるアミノ酸ーシステインも見落せない。システインはアセトアルデヒドと結合して、アルコールを無害な物質とする。

 柿に含まれるほどのわずかなシステインで、どれほど効果があるかはわからないが、ハイチオールC(Lーシステイン製剤)が悪酔い、宿酔いによい効果をもたらすということを知る人は多い。それも、酒を飲んだ後より、飲む前に服用したほうがよく効く(もちろん、薬に頼るのは感心できるものではないが)。

 過日、お世話になったA新聞社のIさんに焼酎の"お茶割り"というのを教えてもらった。銀座のその店を出たのは午前2時をまわっていたが、翌朝の目覚めはさわやか。おそらく、お茶に含まれるタンニンの効果であろう。そういえば最近、 ウーロン茶割りなどというのが巷で流行しており、「悪酔いしないから」と言う人が多い。「ボクはねえ、家で酒を飲むときは、お茶を飲みながらやるんです。そうすると不思議に悪酔いしないんです。でも外ではそんなことはできない。で、外で飲むと、 どうしても悪酔いしちゃうんです」

 こう話してくれた人もいた。
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<9>アルコールで脱水

『よく、ビールやジュースをたくさん飲んで、 トイレに行く回数が増えたと喜んでいる人がいますが、 これは逆に要注意です。体内に多量の水分を入れて、それで排泄が盛んになったと思いちがいをしているのではないでしょうか・・・・・・ 』

 新しく発行された鈴木その子さんの著書「食因病に克つ(小学館・50ページより引用)」にこう記されている。

 排泄の重要性を説くなかに、水分をたくさん摂り入れるーーだからその分だけ尿が増えるーーという論理がみえる。しかし、 ビールに限らずアルコール飲料すべてにみられる利尿効果は、トコロテン式ではない。つまり、アルコール飲料中の水分が、入った分だけ出ていくという単純なものではないのである。

『酔い覚めの、水のうまさを下戸知らず』という川柳にもあるように、誰しも、酒を飲んだ後にノドがかわく、そんな経験はあるだろう。もしもトコロテン式に、多量の水分を入れるーーだから、その分、尿量が増える、ということであれば、酒を飲んだ後のノドのかわきはどうにも説明がつかない。

 理由はこうである。

 アルコールは脳下垂体から分泌される抗利尿ホルモンを抑制する。

 尿は、腎臓で血液を漉してつくられるものだが、その過程で水分を血液中に逆もどりさせる仕組みがある。抗利尿ホルモンはその働きを促す。だからアルコールによってその働きが抑制されれば、尿量も増えるのだ。

 このように、多量の飲酒によって、必要以上の水分を失うことになると同時に、ビタミンB群やCなどの水溶性ビタミンやミネラルの損失も招くことになる。

 もうひとつ忘れてならないのは"熱"の損失である。必要以上に水分を体外に捨てるということは、水分のもつ熱をも捨てることになる。また、体表面の血管が拡張して血液が多く流れることから、血液のもつ熱も外にむかう。結果、本人は体温が上昇していると思っても、体の中のほうの温度(本当の意味での体温)は下降してくるのである。

"適量"の飲酒による体温上昇作用は体によい結果をもたらすだろうが、酒量が多くなれば熱の損失が逆効果をもたらすであろう。

 ハシゴ酒の後、駅のベンチで急に寒気をおぼえたという経験をもつ人も多いにちがいない。こうなっては、百薬の長どころか、キチガイ水である。

 前項に、宿酔い対策のヒントを書いたが、深酒の後にポカリスエットを飲む人も多い。アセトアルデヒドが宿酔いの代表的な犯人であることはよく知られているが、それだけではなく "脱水状態"も重要な犯人である。だから酔いざめの水はうまいのである。

 しかし更に言えば、単なる水ではなくて、体液に近いミネラル・バランスを持つもののほうが「体に優しい」となる。

 ここでポカリスエットをあげたのは商品をかつぐためでは、決してない。同種の他の飲料、たとえばアクエリアスなどでも同じであろう。ただ、近ごろポカリスエットを宿酔い対策として飲む人が増えており、多くの経験談、資料も入手できたということにほかならない。

 そもそもポカリスエットは点滴に用いる淋巴液を、手術によるノドのかわきをいやすために外科医たちが飲んでいたことにヒントを得て開発されたものである。体液に含まれる種々のミネラルに加えてビタミン類も添加している。またそこに含まれる糖も宿酔い対策に役立っていることが考えられる。

 ちなみに「ウイスキーをポカリスエットで割って飲むと酔いが早くなる」という情報がフリーライターの永田ひかるさんから届いた。

 メーカーの大塚製薬から送られてきた資料からもそれが確認された。つまり、体液に近いため、体内への水分吸収が速やかであるためーーということらしい。

 ポカリスエットも酔いざめの水としてはよいが、酒類といっしょでは逆効黒。ウーロン茶割りがよいのなら、ポカリスエット割りも・・・・・・ 、そうは問屋がおろさない。女性を早く酔わそうとしてポカリスエット割りをすすめるワルも出現しているというから、ご用心、 ご用心。

<10>愛飲家の脚気

「飯を食って酒? 何をぬかす。酒の味ってのは空腹で楽しむものだ。五臓六腑にしみわたるーーそれもわからないで酒を飲むなんて、 ドブに捨てるようなものだ」

 これは、私の友人で、 自他ともに認める呑んべえ氏の口グセである。

 食べるものも食べず、 もっぱら酒。そんなムチャクチャをやる人は、本誌読者にはいないと思うが、生来の酒好きはとかく食事を軽視しがちである。

 私のもう1人の知人で、飲むとそれは楽しくなる芸術家のS教授が入院したと聞かされてびっくりしたことがあるが、「なんでやと思う。Sさんは美術館やのうて、博物館に行かなあかんな。今どきめずらしい栄養失調やて」

 行きつけの小料理屋の女将にこうまで言われては、S先生も立つ瀬はなかったろう。

 とにもかくにも、いくらカロリーの帳尻を合わせたところで、食事を、酒とほんの少しの肴に置きかえることなどムチャな話である。

 S先生は脚気であった。ビタミンB1不足で生ずる神経障害であるが、 これは、文学の世界では谷崎潤一郎の「細雪」以後登場しない、栄養不良による障害である。

 もう10年以上も前だが、西日本、九州地区の若者に脚気が多発したことがある。調査の結果、 コーラなど清涼飲料水の多飲、インスタントラーメンの毎日といった食生活が原因であった。

 ろくすっぽ食事らしいものを摂らずに酒に溺れる人には、今日でも脚気はしばしばみられるという。

 好きなビールはやめられず、食事代をきりつめるためにカップラーメン。そんな人を今まで何人かみてきた。こんな生活を続けていては、遅かれ早かれ何らかの変調が体に生ずる。寿命を縮める、と言っても過言ではない。

"酔っぱらい御用心”

 飲酒運転は、法律できびしく罰せられます。いくらお酒に強いといっても、アルコールによって正常な運転がおぼつかなくなることはいうまでもないことですが、具体的にどの程度なのかご存知ですか。
 日本酒2合を飲ませて、ホロ酔いになった状態で、テストコースを1周させた実験があります。その結果脱輪、ふらつき、速度オーバー、エンジンブレーキミス、空ふかしなど酒を飲まないときに比べて2~3倍起きたといいます。
 外国の統計では、血中コレステロール濃度が100mg/dlを越すと、交通事故は6~7倍発生する、という結果がでています。日本酒なら2合ほど、ビールだったら2本ほどで、 これと同程度のアルコール濃度になります。実際の路上ではテストコースでは考えられないことがしばしばありますから、 6~7倍という事故発生率は決してオーバーなものではありません。
 アルコールによって小脳の働きがにぶくなり、平衡感覚や骨格筋の運動のコントロールがうまくゆかなくなるし、視力も低下させます。トンネル視といって、視界がせばまる状態も生じます。トンネルの中で物を見るのと同じで、脇から人が飛び出したり、車がきても気付かない、ということになるのです。
 アルコールによる交通事故は、酔っぱらい運転だけではありません。千鳥足でフラフラ歩いていて車にはねられるということもあります。電柱に頭をぶつけるほど、足もとがふらっくようでは、コブをつくったぐらいで済めば命びろいというものです。
ーー美霜ーー
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月刊ボディビルディング1986年7月号

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