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やさしい科学百科37 ″生命の条件と食塩″

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月刊ボディビルディング
掲載日:2022.03.13
畠山 晴行

〈3〉生命と食塩の関係

地球上の生命はどのようにして生まれたのだろうか。
科学的な学説、宗教での教えはいろいろある。たとえば宇宙の他の星からやってきた、という学説もある。
「まるでおとぎ話ではないか。スーパーマンではあるまいし」と、簡単に否定することはできない。可能性はなくもないのである。

ところで今日、広く信じられているソ連の生化学者オパーリンの説によれば、地球上の最初の生命は原始の海水のなかに生まれた。そして単細胞から多細胞へと進化して、今からおよそ数億年前に海から陸上に上った生物があった。今日に至るまで、気の遠くなるような長い長い進化の道程を経てきたのである。

今日、その進化の過程をはっきり証明することはできない。あくまでも推定でしかないのだが、オパーリン説が発表されてまもなく、アメリカのニューリーとミラーの実験によって生命誕生の基となる有機物が、原始地球の環境下につくられることが証明されたのである。
それまでは生物だけが有機物をつくると考えられていたため、生命の力を借りずに有機物がつくられたということは大きな発見であった。

さて、原始の海にはいろいろな有機物が溶けて、スープのようになっていたと説明されている。その有機物がいくつか集まり、また分裂し、他のものをとり込んだり、はきだしたりとくりかえるうちに生命に必要な条件が満たされてきたという。
もっとも、有機物から生命体がつくられてゆくという過程がいちばんややこしい。最新の科学の知見でなんとか説明できるかどうか、といったぐらいである。

 それはともかく、オパーリン説に従ってみるとしよう。
「原子の海に生まれた生物は、今日もなお同じ環境に生きている」というとおどろかれるかも知れない。が、人間の血液成分のミネラル類の種類やそれらの濃度は、推定される原始の海水にとてもよく似ているのである。

 成人では、体重の約60%が水分で、それのおよそ75%は細胞内にある。そしてその残りは細胞外液である。血管を流れる血液と細胞間液(血液の一部―血中タンパク成分を除いたものが組織のなかへ出ていったもの)、それに細胞間液が細胞の間を流れてリンパ管に入ったもの(リンパ液)が細胞外液である。
 すなわち、血液は血管を流れるだけでなく“原始の海水”を組織に送り込み、細胞はそのなかにひたって生きているのである。
 原始の海は生命維持に都合がよい。それで生物が陸に上って以来、今日まで“原始の海”を守り続けてきたのであろう。
 実験医学の祖といわれるクロード・ベルナールは、このようなことから、体の外側の環境に対して、皮膚で仕切られた内側を内部環境と呼んだのである。安定した内部環境のなかで、それぞれ特別の働きをもった細胞が集まって組織・器管をつくり、それがいくつか組合さって互いにうまく助け合い、連絡し合ってひとりの人間の生命の炎をもやし続けているのである。ひとつひとつの細胞を個人にみたて、組織、体全体を社会集団とみたてた細胞社会学という学問分野がある。

 体に流れる血を血潮という。海水と同じく塩辛いものであることからきた言葉かも知れないが、血と海水は生命の起源にまで遡ると、大きなつながりをもってきそうである。

ナトリウム出納

 細胞外液におけるナトリウム、塩素の濃度は摂取する食塩の多少にかかわらず、ほとんど一定の値にコントロールされている。個人差がほとんどないのである。
 図1は、1日15gの食塩を摂った場合(体重70kgの正常人)のナトリウム出納である。体内には約85gのナトリウムがあるが、その大部分は細胞外液と骨格に存在する。骨格にある半分のナトリウムは骨格構造に結合しているが、残り半分は遊離型で、細胞外液のナトリウム濃度の調節に使われる。必要に応じて細胞外液に出たり、また骨格にとり込まれたりするのである。
 図にみるとおり、体内に入ったナトリウムはほとんどが尿として排泄される。
 世界中にはヤノマモ・インディアンのように、食物中に自然に含まれている以外、食塩を摂らない民族がいる。また、人間以外の動物では食塩を加えない自然食しか食べていない。だから本来、食塩の添加は必要ではないという極論も聞いたことがある。
 しかし、海に遠いところに住む動物は塩分の多い土地を求めて移動することが知られている。草食動物は、エサにカリウムが多く、ナトリウムを含む食塩を欲しがることは古くから知られている。
 たとえば、飲食店の店先などにおかれる「盛り塩」は、その昔、男が牛車で女の家をおとずれるという上流階級の人の習慣に由来しているという。他の女のところには行ってもらいたくない、自分のところに来て欲しい、ということで牛の好む食塩を家の前に盛ったのだという。
 それはともかくとして、人間の場合摂取する食塩の量によって、排泄される量(汗などに含まれる塩分も)が変化することが知られている。
 かつてアメリカで示された3gという食塩の摂取基準はそうしたことから決定されたのであろう。
 が、果して高食塩食地域にみられる「食塩好み」は生理的な欲求ではないと結論づけられるだろうか。
 ほどんど食塩を摂らずに生活している民族は、彼らの長い歴史のなかで食塩要求量の多いものが、若くして命を落とす(元気がなく生存競争に勝てないなど)とかして、除かれてきたという見方もできる。
 代々食塩を多く摂ってきた日本人などを、単に高食塩食の集団のなかにおかれたための“慣れ”と断定してしまうのは早計かも知れない。環境、食材の入手、食事の構成・・・食文化は長い歴史の道程で築かれてきた。それとともに「食塩好み」が体質的なものを含めて生理的な要求としてできあがったのかも知れない。日本食は理想に近いなどと言われるが、1日に3gとか5gとかで日本食の献立は成立しない。
 そんなところから、日本では食塩摂取量の目安を1日10g以下としたのであろう。
 食塩の生理的要求量については、現在まだ十分に解明されているとはいえない。
[図1]体内のナトリウム分布(京都府立医大・森本武利、1976年による)

[図1]体内のナトリウム分布(京都府立医大・森本武利、1976年による)

食塩不足でどうなるか

 生命にとって食塩は重要である、とはよく言われる。しかし、具体的に食塩が不足した場合どのようになるのだろうか。
 炎天下で運動をするなどで、多いときには1時間に1リットル以上も汗をかく。汗は水分ばかりでなく、食塩、カルシウム、水溶性ビタミンなどの損失を導く。
 俗にいう「夏バテ」は、食塩を失うことによっておこるともいわれる。夏の消化不良や食欲不振などは食塩の不足による胃液の減少、pHの上昇に関係しているというのである。食塩(NaCl)の塩素(Cl)は胃酸の主成分である。胃の中は胃酸によってpHが低く(酸性に)なるが、胃内での消化酵素はpHの低い状態でよく働くのである。
 胃の壁細胞では、血液中の塩素、炭酸、それに水から胃酸(塩酸・HCl)をつくる。
 夏バテのすべてを胃酸の減少に結びつけて考えるのはすこし強引かも知れない。たとえばビタミンの損失や、体温維持に関するエネルギー代謝の変化など諸条件を考慮しなければならない。しかし、上記は十分参考になる。

 はなしの道はそれるが、胃の調子がおかしいといっては薬局で買いもとめた胃薬を飲んでいる人は多い。その薬が、もしも胃酸が多すぎる場合の中和剤(重曹など)だとしたら、胃内のpHが高いときには逆効果となる。
 食塩不足では、その他、倦怠感、皮膚の弾力低下、筋のけいれんなどを生ずることがある。また、動物実験では血液中のグロブリン(免疫反応―自己以外のものを排除するメカニズムに関係するタンパク)が低下して、細菌によって化膿しやすくなることが知られている。
「まちがい栄養学(川島四郎著・毎日新聞社)」には、著者の友人の大戦中の経験談が載せられている。
 比島でいよいよ山へ逃げ込むとき、軍の携帯食塩をもらって、少しずつなめていたおかげで命をつなげた、というはなしである。食べものはなんとかなっていたが、食塩を持たない多くの戦友は日々に体力が弱って、目方の重いものは惜しげもなく捨てて歩きまわる状態であった。中には、食塩を求めて海岸に出る者も。米軍はそれを知っていて待ち伏せ、日本兵を射殺したのだという。
 大戦中、米軍は熱地作戦として兵に食塩を持たせていたといわれる。
 戦後何十年ものあいだジャングルでくらしていた元日本兵が発見されたとき、食塩はほとんど摂らないでいた、と発表されたが、食塩をきらしても耐えられる人であったからこそ生きのびられたのであろう。

食塩で暖をとる

 熱地での発汗による食塩不足を補うのとは逆に、寒冷下では食塩を多く摂ることで熱の産生を促すことができるという報告もある。
 かつて、北満州在住の日本人を調査したところ、夏は1日に20~30gの食塩を摂っていたが、冬には37~44gに増えることから、食塩摂取が基礎代謝を高めるのではないかと考えられた。実際、基礎代謝が亢進し、温暖感が得られたことが確認されたという。
 しかし、前号のグラフで示したとおり、アラスカのエスキモーの食塩摂取量は、きわめて少量であった。他の寒冷地に住む民族でも、必ずしも食塩を多く摂るとはかぎらない。
 寒冷適応のメカニズムについては別の機会にふれるとして、高タンパクの食事における特異動的作用は、多くのビルダーの知るところである。すなわち、摂取したタンパクのエネルギーの約10~30%が熱となって体をあたためてくれる(糖質では5~7%、脂質では2.5~4%)。
 どのような理由かはわからないが、高糖質(飯を多く摂るような)の食事の場合、食塩で基礎代謝が亢進するという。食塩を多く含む少量の副食で勢いをつけて大飯を食らえば、その量に比例して特異動的作用による熱産生も増すだろう。

浸透圧を一定に保つ

 ナメクジに食塩をかけると、みるみるしぼんでゆく。また、「青菜に塩」でもわかるとおり、食塩には脱水作用がある。この脱水は、いかに述べる浸透圧による。
 細胞膜は水はよく通すが、水に溶けている食塩はあまり通さない。そこで細胞膜を境にして一方に濃い食塩水を、他方にはうすい食塩水をおくと、うすい方から濃い方へ水が移動して濃い食塩水をうすめようとする。これによって生ずる圧力を浸透圧という。
 実際、細胞外液で浸透圧を生ずる主役はナトリウムであり、ブドウ糖アミノ酸なども関係する。
 もしも、細胞内がただの水であれば浸透圧で細胞はペシャンコに潰れてしまうだろう。細胞内では、カリウムやマグネシウム、タンパク質などによって浸透圧が保持されていて、細胞の外と内での浸透圧バランスで細胞の形を保っているのである。
 この浸透圧によって水は細胞内を出入りし、細胞膜を通過することのできる栄養素は細胞内に水とともにとり込まれる。そして、あるものは細胞内でつくられたタンパク質と結合するなどして細胞内に保持される。
 実際には、ナトリウムもわずかに細胞膜を通過することができるのだが、細胞膜にはナトリウムを外に送り出すカラクリがある。それによって細胞外には高ナトリウム、低カリウムに、細胞内は低ナトリウム、高カリウムの状態に保たれている。詳細は次号に述べるが、これは生命の維持に重要である。

酸・アルカリのバランス

 食塩は体液のpH維持にも役立っている。食塩水は果たして酸性か、またはアルカリ性か。答は中性である。ナトリウムは強いアルカリ性で塩素は強い酸性。しかし食塩水では相殺して中性である。
 ただし、血液中においては、ナトリウムは大部分が重曹(NaHCO₃)または第2リン酸塩(Na₂HPO₄)として存在している。これらは弱アルカリ性であり、代謝産物の酸(乳酸、脂肪酸、硫酸など)や食品添加物としてよく使われる重合リン酸、またふつうの食物に含まれる天然の酸などを中和し、体液のpHを調節していつ(ナトリウム以外ではpH調節にカルシウムが重要)。

栄養素の吸収作用

 ブドウ糖、アミノ酸は腸粘膜にて吸収されるが、この過程にナトリウムが絶対に必要なのである。膜に特殊な輸送タンパクがあり、ナトリウムとともにブドウ糖やアミノ酸を細胞内に送り込む。ナトリウムがないと、これは行われない(これを共輸送という)。この輸送に必要なナトリウムの大部分は、ブドウ糖などとともに共輸送でとり込まれたものが、ある種の酵素で腸内へ逆もどりし、再利用される。その他、食物中に含まれるナトリウム、また消化液などに由来するナトリウムも使われる。
月刊ボディビルディング1986年11月号

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