フィジーク・オンライン
Weekly Monthly Shopping

ニュース 1983年5月号

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1983年5月号
掲載日:2020.10.19

■JPA緊急提言(役員・選手に望む)

 新春を迎え、全国各地でパワーリフティング競技大会が盛会のうちに開催されております。

 日本におけるパワーリフティング競技は、1972年、日本パワーリフティング協会(以下JPAと略す)発足により、全国組織として第一歩を踏み出しました。以来10余年を経て、今日、全国41都道府県の加盟支部協会を擁するとともに、全日本学生パワーリフティング連盟(全国6ブロック連盟)、全日本実業団パワーリフティング連盟(以下実業団連盟と略す)の加盟、また本年3月には、全国高等学校パワーリフティング連盟の設立加盟により、全国統轄組織としてその体制を確立するに至っております。

 とりわけ、全国41都道府県協会はJPAの基幹をなすもので、残る6県(岩手・長野・和歌山・滋賀・島根・鹿児島)についても、本年度中に全ての加盟を達成すべく、組織の編成に努力しております。

 現在、JPA主催大会については、文部省、並びに(社)日本ウェイトリフティング協会の後援を得るとともに、競技の普及・奨励のため、文部大臣賞の交付を認められるなど、公的に認知されたパワーリフティング競技に関し、日本における唯一の統轄団体であります。

 また、JPAは、日本ボディビル協会(JBBA)、並びにIFBB・JAPANとの三者において、JPAはパワーリフティング競技に関する日本における唯一の統轄組織である旨の共同声明を発表し、相互共存、相互不可侵を誓言しております。こうした精神は、日本ボディビル連盟(JFBB)においても受け継がれているものです。

 JPAは、こうした経過を踏まえ、JPA公認競技会以外の競技会にJPA登録選手・役員が参加することを厳に禁止しております。まして、日本体育協会(以下日体協と略す)加盟、国体参入を目標とする、日本パワーリフティング界の流れに逆行し、日体協のアマチュア規定に反する大会及び団体を容認することは、到底不可能です。

 それにもかかわらず、来る5月8日、JPA加盟の実業団連盟が第2回全日本実業団パワーリフティング選手権大会を開催するのと前後し、5月15日には、日本ボディビル実業団により類似した大会が予定されております。

 JPAは、再三にわたるトップ交渉によりJPAへの編入と、大会の一本化を働きかけておりましたが、合意点を見い出すには至らず、パワーリフティング競技愛好者には不可解な事態となっております。

 JPAに登録し、また登録しようとする選手・役員については、アマチュア・スポーツの本質を見きわめ、体協加盟・国体参入を目前としたJPAの現状(昭和62年度沖縄国体において、パワーリフティング競技の公開競技参入が有望視されるとともに、全国各地で体協加盟申請がなされている現状)を見誤ることなく、JPA加盟の唯一の実業団組織である実業団連盟主催による第2回全日本実業団パワーリフティング選手権大会(5月8日)への参加を切に望むものです。

 また万一、5月15日の日本ボディビル実業団主催による大会にJPA登録選手・役員が参加した場合には、選手・役員・審判員等、全ての登録及び公認記録の抹消を含め厳正な対処がなされることを念頭に置き、パワーリフティング競技が正しい方向に普及・発展するよう、各位の慎重な行動を願うものです。

   (日本パワーリフティング協会事務局長・藤谷良弘)

■岡山市にトレーニングルーム「オリンピア」オープン!!

 1976年度ミスター岡山の新木鐘義氏が、去る1月4日、岡山市岩田町に新しくトレーニングルーム「オリンピア」をオープンした。ジムの概要は下記のとおり。

名 称 トレーニングルーム「オリンピア」
所在地 岡山市岩田町
代表者 新木鐘義(インストラクター)
設 備 スペース約50坪、男女別シャワー及びロッカー完備、各種最新式器具完備

■昭和57年度全日本学生パワーリフティング五傑ならびに日本学生記録

 これは学連主催の大会の記録のみを対象した。なお、学連が3種目制の採用にふみきったのが昭和57年であるため、日本学生記録は主としてこの五傑の各最高記録であるが、スクワットとベンチ・プレスについては、従前の2種目制時代の最高記録も参考として記した(*印)。
記事画像1

■第22回1983年度香川県春季パワーリフティング選手権大会 3月20日、高松トレーニングクラブ

記事画像2

■JPA国際ニュース……国際部長・吉田 進

[1]ディラード48kg級3位、トッド67.5kg級4位
1983年度全米女子パワーリフティング選手権大会

 現在、パワーリフティング王国といえばアメリカ。男子も強いが女子も強い。そのアメリカで1983年の幕を切って落としたのが、まだ雪の残る1月下旬、シカゴで行なわれた全米女子選手権大会である。その強さは、じっくり記録を見てもらいたいが、日本の男子もうかうかできない様な記録も生まれている。ただし、この大会でドラック・テストが行なわれたのかどうか、だれの記録が世界記録として公認されるのかは、今後の報告を待たねばならない。次のIPF公認世界記録表が発表されたら、また誌上に発表する予定である。

 この大会の記録をながめてまず気がつくのは、アメリカの、いや世界の女子パワーリフティング界の草分けのテリー・ディラードとジャン・トッドの2人。

 まず、テリー・ディラードは、アメリカでも日本でも女子の公式の試合のないころ「バーベルを挙げる女子大生」として、写真入りで日本に紹介されたのが6年前。当時、50kgの体重で110kgのスクワットをしていた。以来、第1回の全米女子選手権から昨年まで、全く敵なしの無敗を誇っていたのだが、今年はついに3位となってしまった。決して記録は悪くない1位、2位のローエルとジョーンズが強すぎるのである。男子で体重48kgの人が、はたして何人175kgのデッドリフトが引けるであろう。この事からも、その強さがうかがい知れようというものだ。

 そしてジャン・トッド。彼女は2年前までは104kgの体重で、90kg以上級でスクワット247.5kgと、現在でも破られていない世界記録保持者であるが「太っているのは疲れるし、美容にも良くない」と言って減量を始め、現在では5クラスも下の67.5kg級の選手になっている。彼女はこの大会で215kgというすばらしいデッドリフトを成功させたのであるが、トータルでは4位に終ってしまった。

 この2人の例を見るまでもなく、パワーリフティング界には新しい波が押しよせ、次から次へと若くて素晴らしい素質を持った選手が台頭してきているのである。その中で一番光っているのは60kg級のシェーファーである。彼女は昨年の世界選手権に初出場で優勝をさらって話題になった選手であるが、今年出したトータル520kgは、昨年の男子世界選手権でも同クラス17人中、10位に匹敵しているのである我々も負けないようにがんばろう。

◎1983年度全米女子パワーリフティング選手権大会成績)

記事画像3
月刊ボディビルディング1983年5月号

Recommend