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やさしい科学百科<20> 脂肪の秘密 <その3>

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月刊ボディビルディング1985年5月号
掲載日:2021.06.01
畠 山 晴 行

<6>月見草種子油の効用

<2>項①②③④⑪⑫関連

 前号では、月見草種子油の効用のうち、世間でさわがれている“やせる”ということがどんなものであるかをさぐってみました。

「リノール酸はしっかり摂っているのに、体のなかでうまく代謝してくれない」、そんな場合に、γ-リノレン酸を月見草種子油などから、直接摂る意味がありました。

 肥満で体調もすぐれない、というような場合は、γ-リノレン酸が効果があるでしょうが「あと2kg」とか「ここのところの皮下脂肪をもう少しだけ……」というような人にとっては、効果は期待できないし、月見草種子油は高い買物になるかも知れません。

 体内で、うまくγ-リノレン酸をつくるにこしたことはないのです。

①γ-リノレン酸づくりに必要な栄養素、微量栄養素

 γ-リノレン酸づくりにはビタミンB6、亜鉛、マグネシウムなどが必要です。では、これらを含む食品をいくつかあげてみましょう。

 ビタミンB6:牛乳、卵、牛肉、レバー、ビール酵母など

 亜鉛:肉類、卵、貝類、そば、緑黄色野菜、ビール酵母など

 マグネシウム:緑黄色野菜、グレープフルーツ、ナッツ、リンゴなど

 もちろん、上記のほか、リノール酸(1日7g~10g)、タンパク質、そして適量の糖質なども必要です。γ-リノレン酸以後の代謝には、このほかビタミンC、ナイアシン(ニコチン酸)が必要です。

②アルコールはいけない

 肥満とアルコールで脂肪肝になるということは誰でも知っています。「アルコールは代謝がよくなるから、やせる効果もある」などの説はまったくデタラメです。

 肝臟が弱っていては、γ-リノレン酸をうまくつくることはできません。アメリカでは、アルコールの多飲でγ-リノレン酸づくりのにぶくなっている人が20%もいるといいます。

 これを裏がえして考えると、肝機能が低下して、体調がすぐれないというときにも、月見草種子油が効果を示すことがわかります。

 昔から、脂肪肝にはレシチンがよいといわれていますが、これはコリン、そしてイノシトールを給供します。これらはいずれも向脂肪ビタミンとされています。脂肪肝に対する高価なサプリメントが出まわっていますが、薬剤扱いのソーヤレシチンではそれほど高くはありません。

③利尿剤の害

 肥満の対症療法として、水分排泄のために利尿剤が使われることがありますが、利尿剤を使うと、尿と一緒に前記の微量栄養素が逃げてゆきます。アルコールの多飲も尿量を増やすことになります。前述とあわせて考え、飲酒もほどほどに。

 なお、前号に述べたとおり、低タンパクの食事を続けて浮腫(むくみ)を生じている人を最近よく見ます。

 ボディビルのコーチで有名なOさんからも「おかしなダイエットで、タンパク不足の浮腫になっている人が来たので、食事指導をしたらすぐ治りました」と、つい最近聞きました。

 タンパクばかりでなく、鉄やビタミンCなどの不足でも浮腫を生ずることがあります。むやみに「体内から水分を出せばよい」などと考えることは危険です。

④トランス型脂肪酸の害

 食用油脂に含まれる脂肪酸は、天然の場合、シス型と呼ばれる構造です。ところが、加工油脂にはトランス型と呼ばれる構造をもつものがあります。(このへんは分子レベルの話で説明しなければなりませんが、ややこしいので省略します)

 例えば、植物油や魚油は不飽和脂肪酸が多いので流動的ですが、これに、ニッケルや白金などを触媒にして水素を吹きつけると固くなります。専門的には硬化油と呼びますが、このような加工過程でトランス型脂肪酸ができてきます。

「リノール酸は体によい」ということで、リノール酸を多く含んだマーガリンがもてはやされておりましたが、リノール酸はリノール酸でも、自然界にあるのはシス型。そして加工過程ではトランス型も生まれます。トランス型のリノール酸はシス型よりも固く、マーガリンの形状を保つのには好都合です。加えて、リノール酸総量が多いので「リノール酸のたっぷり入ったマーガリン」ができたのです。

 ところが、トランス型の脂肪酸(リノール酸以外でも)は必須脂肪酸の代謝にブレーキをかけることがわかり、アメリカでは大あわて。

 必須脂肪酸はPG(プロスタグランジン)の原料になるばかりでなく、リン脂質などとなって、細胞膜や細胞内の器管をつくる膜構造にも使われますが、実は、PGの原料の脂肪酸は、この生体膜から供給されます。だから、トランス型脂肪酸は生体膜もおかしくしてしまうのです。

 油脂会社などに問い合わせてみましたが、日本の製品にどのくらいトランス型が含まれているかというデータは入手できていません。しかし「トランス型脂肪酸が含まれている」という返事だけはいただいております。

 参考までにアメリカのデータでは、容器に入ったソフトタイプのマーガリンで15~25%、業務用などに使われる銀紙に包んだ棒状のマーガリンで25%~35%ものトランス型脂肪酸が含まれているといいます。

 マーガリン以外では、そもそも豚脂(ラード)の代用品として開発されたショートニングオイルにトランス型脂肪酸が多く20~30%といわれています。

〔注〕ショートネスというのは、サクサクしたという物性を示す。菓子をつくるときにショートニングオイルを加えるとサクサクする。製菓の他、製パンなどに広く用いられている。こう見てくると「毎朝マーガリンをたっぷり」などというのも考えものだし、パン菓子を食べ続けることにも注意が心要。よいものをじっくり選びたいものです。マーガリンたっぷりより、バターをちょっと、とか。

⑤飽和脂肪酸もいけない

 豚脂(ラード)には飽和脂肪酸が44%(リノール酸9%、γ-リノレン酸2%)牛脂(ヘッド)には同じく59%(リノール酸1%、γ-リノレン酸はほとんどない)、そして植物油でも例外的に飽和脂肪酸が多いヤシ油では93%(リノレン酸2%、γ-リノレン酸はほとん0)です。

 その他、バターで60%程度、牛乳に含まれる脂肪では7%近くが飽和脂肪酸です。

 従来、飽和脂肪酸の摂り過ぎによる血中コレステロール増加と、摂取エネルギー(カロリー)増大のみがいわれてきましたが、必須脂肪酸利用のさまたげにもなるのです。

 豚脂、牛脂はさけるにしても、バターもダメ、牛乳もダメ、そして前記のようにマーガリンもダメというのでは日常、何も口にすることができなくなってしまいます。

 深刻に考えずとも、摂り過ぎなければよいだけの話ですから、脂ののった肉をしょっちゅう食べないとか、豚脂を使った料理(トンカツ、チャーハン)などをひかえめにするぐらいでよいでしょう。

 バターだって適度に摂っていれば問題はないし、牛乳は、他の栄養素のことも考えれば(γ-リノレン酸は人乳に多いが、牛乳でもその4分の1ぐらいは含まれている)まったく排除する必要はありません。

 それでも気になるのでしたら、ローファットミルクという脂肪分の少ない加工乳も市販されています。プロテインも水で溶くよりも、やはり牛乳で溶いたほうがよいでしょう。

 世の中にはおかしな人がいて、牛乳の脂肪ばかりか、タンパクにまでケチをつけ、牛乳は人乳よりも高タンパクだから肥満児が増えているなどという。だったら、母乳の代用として昔はよく用いられていた山羊乳などは、もっと高タンパク。大人もよく飲んでいましたが「山羊乳で育ったから肥満児になった」など聞いたことがありません。ちなみに、山羊乳にγ-リノレン酸が多いだろう、という私の考えは、多くの専門家の興味をひいているようです。

⑥月見草種子油のやせる以外の効用

 日本でもっとも早くから月見草種子油を販売している製薬会社「エーザイ」の医学情報部、中保課長さんの話では「ともかく“やせる”という言葉ばかりが広まって、そのおかげで売り上げは増えているでしょうが、最近の情報はとにかくひどいと思います。5日で何kgやせるとか言われれば、それをうのみにして信じる人もいますから……γ-リノレン酸を上手に使ってもらうよう売る人も考えなければ」ということでした。

 すこし前のことですが、週刊ポストのウンチクまんが「減点パパ(古谷三敏ファミリー企画)」に、月見草種子油がとりあげられていました。まんがですから詳しいことは登場しませんでしたが、それでもこのまんがを見て、「月見草種子油に対する考えが変わった」という人が何人もおります。実際にこれを販売している人にもそのような方がいます。

 月見草種子油が症状の改善を含めて効果の期待できそうな病気としては、アレルギー、湿疹、喘息、関節炎、痛風、高血圧、血栓、月経痛、etc、などがあげられますが、体内の脂肪酸バランスには多少時間のかかることもありますので、少なくとも1カ月程度の期間はみたほうがよいでしょう。月見草種子油だけで5日で何kgやせた、などというのは商売上のハッタリ以外の何ものでもありません。

 また、最近よく聞くアトピー性の疾患(湿疹など)に著効を示したという臨床例は多く、先日も、アメリカで月見草種子油で治療していたという医師の話を聞きました。

 ついでながら、授乳とアトピー性湿疹との関係についてふれておきましょう。

 昔から人工乳で育てられた子供にはアトピー性の湿疹が多く見られます。これが最近、γ-リノレン酸の不足によるものではないかとみられているのです。先に、人乳にはγ-リノレン酸が多く、牛乳ではその約4分の1だと記しましたが、母乳から牛乳に切りかえるとまもなく湿疹が生ずることがあります。つまり、γ-リノレン酸の差が、この場合は関係しているとも考えられるのです。

 次号では魚油、菜種油などの問題点について記す予定です。

 前号、リノール酸の代謝の図で、プロスタグランジン1型と2型が逆になっていました。おわびして訂正いたします。
月刊ボディビルディング1985年5月号

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