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パワーリフティングへの道<その7> 第三章 パワーリフティング競技の3種目

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月刊ボディビルディング1985年5月号
掲載日:2021.05.28
著 者=フレッド・C・ハットフィールド  翻 訳=吉田 進  翻訳協力=吉田寿子
 “体”は人によって違います。生まれつきの骨格・筋力・柔軟性・持久力など様々な要因を考慮して、自分にあったパワーリフティング3種目のテクニックを身につけてください。

 この章では、写真を使って各種目共に様々なテクニックがあることを紹介します。10人のチャンピオンがいれば10通りのテクニックがあります。初心者のパワーリフターは、とかく他のパワーリフターのテクニックをまねしようとします。

 確かに、自分なりのテクニックを築き上げるには、チャンピオンのテクニックをよく見てまねたり、同じクラブ仲間のアドバイスを受けたりすることが大切です。

 しかし、テクニックというものは、決して固定的なものではなく、筋力の向上や関節の柔軟性の変化によって変わるものであり、常に改良を心がけていくことが重要なのです。

 テクニックの改良には、自分なりの工夫と共に“確かな目”を持ったコーチを選ぶこともまた大切です。幅広い知識と経験を持ったコーチにつくことは、チャンピオンになる最短の道だと言っても過言ではありません。

<1>自分に最も合ったテクニックを身につけましょう

 アメリカのオリンピック重量挙げチームの公式トレーナー、カール・フィース氏が、競技として重量挙げを始めるにあたって、その最適年齢についての研究を発表しています。フィース氏の調査はそのままパワーリフティングに当てはまるでしょう。それによると思春期前に競技として重量挙げを行なった場合、子供達には次のような弊害が発生する可能性があるとフィース氏は発表しています。すなわち、

①脊髄損傷の可能性
②関節損傷の可能性
③未発達な骨の成長を阻止する可能性
④心理的に負担がかかりすぎる可能性
⑤心臓に負担がかかりすぎる可能性

 以上のような弊害の可能性を無視して、思春期前の子供達に競技として重量挙げを行わせて事故を引き起こした場合、それは、ウェイトリフティング(パワーリフティング)というスポーツのイメージを汚すものであり、時には訴訟にまで持ち込まれかねないものです。

 思春期前の13歳以下の若い選手に一番大切なことは、まずしっかりとした体の土台を築くことです。この体の土台作りについては、前号までに述べた第二章の「パワーリフティング競技のための体の基礎作り」を参考にしてください。

 つまり、思春期前の若い年齢では、まだ競技としてのパワーリフティングの大きな負荷には、精神的にも肉体的にも耐えることができないのです。あわてることはありません。体の土台さえ出来上がっていれば、体の成長を待って、怪我をすることなく安全にパワーリフティング競技を楽しむ時間はあり余るほどあるのです。

 大人であれ、若年者であれ、何度も繰り返しますように、まずはしっかりとした基礎体力の養成に努めてください。若年者のウェイト・トレーニングは、トレーニング内容さえ適切であれば、弊害がないというより、むしろ奨励したいのです。

 それでは、以上に述べてきたことを心にとめて、これからお話します3種目のテクニックを自分の年齢、体力、健康状態、骨格といったことをよく考えて、選んでください。
<表-1>スクワット・テクニックと骨格・体力の関係

<表-1>スクワット・テクニックと骨格・体力の関係

<A>スクワット

 競技用スクワットは、バーベルを肩にかつぎ(ただし三角筋上面より3cm以上さげてかついではならない)、膝を曲げてしゃがみます。この時、ヒップ・ジョイント(股関節の屈曲点)の上面が、膝の上端面以下にさがるまでしゃがみます。そして、立ち上がりますが、この時、途中で止まってはいけません。

〔訳者注:詳しくは、日本パワーリフティング協会技術委員会発行のルールブックを参照してください〕

 この動作で問題の出てくるパワーリフターがいます。たとえば、足首や股関節の柔軟性に欠けるパワーリフターにとっては、体のどこかに無理がかかります。前ページの<表-1>は、それらの問題をかかえるパワーリフターは、どういうフォームを採ればよいかを示した指針です。

 基礎体力養成中の初心者のパワーリフターは、体の弱い部分をそれほど重要視する必要はありません。問題になるのは、解剖学的にみた体の構造の問題です。弱い部分の筋肉は鍛えることで強くなり、そのテクニックも改良できるのです。

 それでは次に、どんなテクニックを選ぶにしても、競技用スクワットの基本となる事柄をお話しましょう。

 まず、しゃがむ時は、重量を上体で支え、足の裏の中心に重心がくるようにコントロールできる速度で、ゆっくりしゃがみます。この時、バーの軌跡は、垂直を描くようにします。重心が足の親指の方にあると背中が丸くなる原因となり、背中に大きな負担がかかります。また、重心がかかとにある時は、足に過度の負荷がかかることになります。

 足裏の中心に重心がくるようにするためには、背中をそらせ、ヒップがバーより後ろにつき出るようにします。そして上体はできるだけまっすぐに保ち、背中をまるめないようにします。背をまるめて動作をすると怪我をすることがあります。大抵のベテランのパワーリフターは、10cm幅の(ルールで決っている最大限の幅)パワーリフティング・ベルトを着用しています。このベルトは固くて幅が広いため、背中が曲がりすぎるのを防いでくれます。

 足首や股関節の固い人に、ぜひとも勧めるという訳ではありませんが、かかとが2~3cmの厚みのある靴を選ぶことで、しゃがむ動作が楽になることもあります。しかし、足首や関節が固いという問題は、前号の第二章で説明した“PNFストレッチ”で解決されるはずです。

 もう1つ、スクワットのテクニックで考慮すべき点は、スティッキング・ポイント(スクワットで立ち上がる際に、止まりそうになる所)です。初心者でも上級者でも、このスティッキング・ポイントは必ずあります。一般には、スクワットで3分の1ほど立ち上がった所に多く見られます。

 深いしゃがみから立ち上がる時は、最初は主に大殿筋が働き、そしてこのスティッキング・ポイントから先は大腿四頭筋が主に関与します。つまり、立ち上がるときに使う筋肉の変り目がこのスティッキング・ポイントだと言う訳です。

 スティッキング・ポイントをスムーズに通過するには、素早く脚の筋肉が作用する態勢になれば良い訳ですが、それには、できるだけ胴体を垂直に保ち、ヒップを少し前方に突き出す感じで立ち上がるとよいでしょう。ヒップだけを先に上げようとすると、背中に過度の負担がかかってしまいます。

◇スクワットの競技規則抜萃◇

①リフターはスクワット・スタンド(ラック)上におかれたバーベルのシャフトを必ず両手で握り、両肩でバーベルをかついでスタンドからはずしたのち、水平に保持する。このときバーベル・シャフトを三角筋上面より3cm以上、下げてかついではならない。

 次に適当な位置までバックし、足の位置を決める。足幅は自由であるが、足底は床面に平らにつける。膝を完全に伸ばし、胸をはった直立姿勢でチーフ・レフリーの合図をまつ。バーベルが正しく保持され、リフターが静止した時に「スクワット」とスタートの合図が与えられる。

〔注〕前記リフターがスタートの合図をまつまでの動作においては、補助員の協力を得ることはできない。

②「スクワット」の合図のあと、しゃがみ、ヒップジョイント部の大腿部上面が、膝の上端面よりも低くなるまで下げてから、立ち上がる。この動作はリフターの意志で行い、立ち上がったら、膝を完全に伸ばし、直立姿勢でレフリーの合図を待つ。

 リフターが静止した時「ラック」の合図が与えられる。リフターは静かにバーベルをスタンドにもどす。レフリーによって試技の判定が与えられる。

③ここでいうヒップジョイント部上面とは、しゃがんだ時に生ずる股関節の屈曲点(ヒップジョイント)部分の大腿部上面(折り曲がりの生ずる部分)をいう。

④リフターは試技中、止金(カラー)やプレート等を押えたり握ったりしてはならない。ただし、シャフトを握った手が内側のカラーに触れることは許される。

〔注〕スクワットのしゃがみの深さにおける判定指針

 レフリーは、前記基準により適確にしゃがみの深さを見極めて判定を下す訳であるが、時には深さの可・否について述いを生ずることがないとは言えない。この様な場合、レフリーはためらうことなく「不成功」とすべきである。床面に対して平行までしか下がらないスクワットは、すべて失敗とすべきである。

⑤スクワットにおける「コールされて1分以内に試技を開始する」とは、競技補助員の準備完了の合図を受けて、放送係が試技する選手の名前をコールした時に初めてタイムが開始され、試技する選手はバーをかつぎ、自力でラックよりはずして後退し、セット・ポジションをとり、直立姿勢をとって、チーフレフリーからの「スクワット」の合図を受ける。これまでの動作を1分以内に行うこと。

◆スクワットにおける反則動作

①レフリーの合図前に試技を蔗始したり、バーベルをスタンドに戻すこと。

②シャフトを握った手をずらすこと。

③立ち上がる動作をくり返すこと。

④足の位置をずらすこと。かかとやつま先があがること。

⑤かついだバーベルをずらすこと。

⑥肘や腕が脚に触れること。

⑦試技完了時の不完全な最終姿勢。

⑧立ち上がる動作中、バーベルが停止すること。

⑨試技中、床面に対するバーベルの水平がたもてないこと。

◆スクワットにおけるしゃがみの深さの参考図
記事画像2

<写真a-1>

<写真a-1>

<写真a-1>

 この写真は、ジムで最大重量を持たない方がよいという1つの理由を端的に示しています。56kg級世界チャンピオン、ラマー・ガントは、自分の実力よりも少し上の重量に挑戦したのですが失敗しました。補助者がいたおかげでガントは怪我をせずにすみました。

<写真a-2>

<写真a-2>

<写真a-2>

 日本の因幡英昭選手のすばらしいワイド・スタンス・スクワットです。胴体が直立し、バーは肩の高い位置にのっているため、重量の負荷の大部分は足にかかっています。股関節によほどの柔軟性がない限り、このフォームはまねできないでしょう。

<写真a-3>

<写真a-3>

<写真a-3>

 写真のリフターは、立ち上がる時、膝を内側にしぼっています。これは、大腿四頭筋が弱いためです。また、背筋下部に大きな負担がかかるこのフォームは、ときには危険な場合さえあります。このリフター、ジェリー・ジョーンズは、この写真を撮ったあとテクニックの改良に努め、スクワットで世界記録を作りました。他人のテクニックを研究することは、自分のテクニックの改善にもつながるのです。

<写真a-4>

<写真a-4>

<写真a-4>

 トレーニング用スクワットを競技にも用いているリフターがいます。写真は110kg級世界チャンピオン、ジョン・クックです。彼のフォームは、足幅が狭く、バーを高い位置にかつぎ、胴体はまっすぐに立っています。そのため、負荷の大部分が脚にかかっています。一般的には、トレーニング用スクワット(オリンピック・スクワット)は、脚を鍛えるアイソレーションとして用いますが、上体を少し前傾し、バーを少し低くかつぐことで、競技用テクニックになり得ます。

<写真a-5>

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<写真a-5>

 写真のリフター、ジム・ローズは、ヒップを早くあげすぎています。そのため、背筋下部に大きな負荷がかかっています。パワーリフターの背中の怪我は、このようなフォームからくることが多いのです。

<写真a-6>

<写真a-6>

<写真a-6>

 フィンランドのアイモは、模範的なナロー・スタンス・スクワットを見せています。足幅が狭いにもかかわらずアイモの背中はまっすぐに保たれ、ヒップの位置もバーの後ろにあり、大変効率のよいスクワットです。このテクニックを利用するためには、柔軟な足首と強い固有背筋とが要求されます。

<写真a-7>

<写真a-7>

<写真a-7>

 アメリカの誇る偉大なパワーリフター、マイク・ブリッジスのスクワットは、背中も脚も効率よく使われており、パワーリフターのお手本となるテクニックです。

 バーを肩の低い位置にかつぎ、背中はまっすぐに伸びています。頭を上げていることは、ヒップが素早くバーの下に戻る助けとなっています。スタンスは広くも狭くもなく、中位というところです。おそらく全パワーリフターの75%の人に合うフォームでしょう。

 ちなみに、このマイク・ブリッジスは、1987年の世界選手権に67.5kg級で優勝して以来、記録を伸ばし続け、現在82.5kg級でトータル952.5kgの世界記録保持者。

<写真a-8>

<写真a-8>

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 写真のアラン・ロードのテクニックは、背筋下部の強さが要求されます。このフォームは改良した方が良いでしょう。なぜなら、背中より脚の方がより重い重量を上げることができるからです。また、このテクニックは背中を痛める可能性があります。
著者:フレッド・C・ハットフィールドのプロフィール

 運動生理学をアメリカは南コネチカット州立大学で学び、博士号をテンプル大学にて取得。在学中は体操選手として活躍。その後、重量挙げに転向し、つねにアメリカのトップ10に入る選手であった。30歳を過ぎてからパワーリフティングにとりつかれ、それまでウィスコンシン大学で教壇に立っていたが、これをやめてフィットネス社を設立し、ジムの経営とパワーリフティング選手の育成に打ち込む。

 世界チャンピオン、ジョー・ブラッドレーは彼の育てた選手である。また、彼自身も1983年の世界選手権では100kg級でついに世界チャンピオンになる。この時、ハットフィールドは40歳。現在はジョー・ウイダーのマッスル・フィットネス誌に寄稿し、自らもスポーツ・フィットネス誌を発行・編集している。
月刊ボディビルディング1985年5月号

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