パワーリフティングへの道<その8> 第三章 パワーリフティング競技の3種目
<B>ベンチプレス
一方、競技用ベンチプレスは、この胸筋・上腕三頭筋・三角筋前面の3つの筋肉を動員することにより、より重い重量が上げられるのです。そこで、胸筋が比較的弱いと思う人は、主に腕と肩を使ったベンチプレスのテクニックを身につけます。反対に、腕と肩が比較的弱いと思う人は、主に胸筋を使ったテクニックを用います。前項のスクワットと同様に様々な要因が自分に合ったテクニックを決定します。<表-2>は、どういうベンチプレスのテクニックを用いればよいのかを示した1つの指針です。
<表-2>ベンチプレス・テクニックと骨格・体力の関係
バーを合理的に押し上げるためには自分の体格の特徴、各筋肉の力などを考えて、自分に適したテクニックを捜します。トレーニングを積むと、当然の事ながら筋力が向上します。その時にはまた、それに合ったテクニックに変えるのです。永遠に変化のないテクニックなどあり得ません。体の仕上り具合が変われば、それにつれてテクニックも変わるものなのです。
スクワットと同じく、ベンチプレスにも一般的な原則があります。スティッキング・ポイントについて言えば、ベンチプレスには共通するスティッキング・ポイントはありませんが、一般的には胸から10cmほどバーが上がった所でしょう。
ここは、胸からバーを離す時に使われる三角筋前面の筋肉の働きが弱まり次の胸筋と上腕三頭筋とが動員される変わり目の部分です。このように一般には、最初に三角筋前面の筋肉が働いて、しだいに胸筋へと移行するのですが、胴体に対して肘を直角に開いたベンチプレスでは、最初から胸筋が働いて、三角筋前面の筋肉は、ほんの少ししか関与しません。したがって、この場合のスティッキング・ポイントは前記の場所ではありません。
このスティッキング・ポイントを克服するには、胸筋・上腕三頭筋・三角筋の各筋力を強化することです。スティッキング・ポイントがなくなることは決してありませんが、各筋力を向上させることで、今まで上げられなかった重量が挙上できるようになります。時にはトレーニングに違ったテクニックを用いることで、スティッキング・ポイントを克服できることもあります。
ルールでは、殿部がベンチ台に触れている限り、背中を反らすことが許されています。もし、背中に柔軟性があるなら、背中を反らして動作をすればたいへん有利です。
つまり、背中を反らすことで強い広背筋がバーを胸から押し上げる時に動員され、それだけ三角筋や胸筋の負担が減少し、従って、もっと重い重量が上がるということです。
ベンチプレスで忘れてはならないのは、肩の強化です。肩は非常に複雑な関節であるため、怪我をする確率も高いのです。実際、強いベンチ・プレッサーの中には肩の故障に苦しんでいる人が少なくありません。肩を囲む筋肉を充分鍛えて強い肩を作ることが、ベンチプレスの強化につながるのです。
<写真b-1> 世界的なベンチプレッサー、ダグ・ヤングのベンチプレスは、肘を胴体に対してほぼ90度に開き、主に胸筋を使ってバーを押し上げています。背中を反らせているので、広背筋もバーを押し上げる時に動員されています。また足は床の上にしっかりと固定されています。
<写真b-2> ビル・セノーのベンチプレスはナローグリップです。彼の肩と腕の強さを充分に生かしたテクニックです。バーを胸におろした時、肘は胴体に対して45度の角度にあります。これは、胸からバーを離す時、肩の筋力を有効に使うためです。
バーが傾いていることは危険ではありますが、パシフィコの場合のように、怪我のためにはかえって傾くことが有利な場合もあります。
競技規則--ベンチプレス
②リフターは任意にシャフトを握りベンチ・スタンドよりバーベルをはずし、シャフトを胸につける。シャフトの握り幅は、左右の人さし指の間で計測し、81cm以内でなければならない。
シャフトが胸上に完全に静止したとき、チーフ・レフリーからスタートの合図(両手を打つ)が与えられる。このあとリフターはバーベルを垂直に、腕の長さいっぱいに左右の水平を保ちながら押し上げる。
肘がよく伸ばされ、バーベルが静止したとき、チーフレフリーから「ラック」の合図が与えられる。リフターは静かにバーベルをスタンドに戻す。レフリーによって試技の判定が与えられる。
③身長、体型などの関係で、足底が床面にとどかないリフターのために、堅固な足場を用意しなければならない。
④リフターがベンチスタンドからバーベルをはずす際、リフターの要請があれば、補助員が協力してもよい。
〔注1〕この場合の協力とは、補助員にバーベルを取ってもらうことではなく、リフター自身もバーベルをはずすことに十分努力しなければならない。補助員が協力するときのシャフトを持つ位置は、リフターの左右の手の間でなければならない。
〔注2〕ベンチプレスにおけるコールされてから1分以内に試技を開始するとは、競技補助員の準備完了の合図を受けて、放送係が選手の名前をコールした時にタイムが開始され、選手はバーをラックよりはずし、自力で(または補助員の協力を得て)バーを胸上まで下ろして静止させた時、チーフレフリーより両手で拍手するスタートの合図が与えられるまでをいう。
◆ベンチプレスにおける反則動作
①頭、肩、臀部、大腿部を台上からはなしたり、位置をずらすこと。また、床についた足をずらしたり、かかとやつま先が上がること。
②バーベルを胸上ではずませること(レフリーの手拍子の合図後、押し挙げに先だって、リフターが自分の胸にバーを沈ませるこは許される)。
③押し拳げ中のバーベルが停止すること。
④レフリーの合図の前に試技を開始したり、バーベルをスタンドにもどすこと。
⑤腕が完全に伸びきらないこと。
⑥下肢をベンチの脚によりかけたり触れること。
⑦肩をスタンドによりかけたり、触れること。(ただし、押し挙げ中にシャフトがスタンドに触れることは許される)
<C>デッドリフト
ルールでは、バーを床から直立姿勢になるまで引き上げますが、この時バーが一瞬でも止まってはいけません。(詳しくはルールブック参照)この直立姿勢とは、肩の前面が胸部より後ろにきた姿勢を言い、初心者のパワーリフターによく見られるように、ことさら上体を後ろにそらし過ぎる必要はありません。
スクワットとデッドリフトはほぼ同じ筋肉を動員すると言いましたが、バーの位置の違いは一目瞭然として、これらの最も大きな違いは、スクワットでは、バーを肩にかついで、重量をコントロールしながらしゃがむのに対して、デッドリフトでは、この動作がないという点にあります。しばしばデッドリフト以上に重いスクワットのできるパワーリフターがいますが、それはスクワットのしゃがみが、次に立ち上がるための“良い態勢”を作るためだと言われています。
デッドリフトでは、始めから床にバーが置いてあるため、この良い姿勢が作られないのです。スクワットのしゃがみが、強い緊張を伴った筋肉のストレッチを生み、その反動で次の筋収縮が非常に強くなり、より重い重量が上がると言う訳です。
<表-3>に自分の骨格・体力を考え合わせ、どういうテクニックを用いれば良いかを示しました。
<表-3>デッドリフト・テクニックと骨格・体力の関係
デッドリフトのスティッキング・ポイントは一般に3つあります。
1つは、バーを床から浮かす所で、これは脚・ヒップ・背中の筋力が弱いため、床からバーを離すことができないのです。つまり、重量が筋力に対して重すぎるということです。
2つ目のスティッキング・ポイントは膝の位置です。これは、バーを引く時の重心がつま先にあるため、脚の筋力が有効に使われず、ヒップと背中に大きな負荷がかかり、それに耐え得る背中の筋力がないためです。ここをうまく通過するためには強い背筋を作り上げなければなりません。
3つ目のポイントは、最後に引ききる所です。ほとんど引いているのに最後が引ききれないのは、自分では充分に引いたと思い込んで、それ以上引こうとする努力をやめてしまう場合と、肩甲骨を背中の方へ引っぱる菱形筋が弱いからです。これを克服するためには、重い重量でのシュラッグとベント・オーバー・ローイングで僧帽筋、広背筋・菱形筋などの背中の上部を強化することです。
もう1つ大切なのは、グリップの力(握力)です。これが弱い人は、リストカールでグリップを強化する必要があります。
この第三章を終えるにあたってやあなたは、ただ1人しかいないのだということを忘れないで欲しい。つまりあなたに合うテクニックは、あなただけのものなのです。あせって重い重量に挑戦することは怪我のもとです。何カ月もかけて、じっくりテクニックを研究し、改良して、しっかりした体の土台を作り、その上で重い重量に挑戦してください。それが地道に強くなり、長年パワーリフティングを楽しむコツなのです。
競技規則--デッドリフト
リフターがこのような最終姿勢をとり、バーベル及び身体が静止したとき、チーフレフリーの「ダウン」の合図が与えられる。リフターは静かにバーベルをプラットホームにもどす。レフリーによる試技の判定が与えられる。
②デッドリフトにおける、コールされてから1分以内に試技を開始するとは、競技補助員の準備完了の合図を受けて、放送係が試技する選手の名前をコールした時にタイムが開始され、選手がファーストプルの動作に入るまでである。
◆デッドリフトにおける反則動作
①レフリーの「ダウン」の合図の前にバーベルをプラットホームにもどすこと。(ダウンの合図後、バーベルをもどす際、両手のコントロールが乱れることは許される)
②引き上げ中のバーベルが停止すること。
③大腿部でバーベルを支えたり、上体のあおりを使ってせり上げること。
④試技中、足の位置をずらしたり、かかとやつま先が上がること。
⑤試技完了時の不完全な最終姿勢。
⑥バーベルが離床してから試技を中止した場合、または、明らかにリフターが引き上げ動作をおこしてから中止したとき。
<写真C-1> 観客の拍手に答える表彰台--すべてのリフターが夢見る光景ではないでしょうか。
<写真C-2.C-3> フック・グリップ……手がすべって重いデッドリフトが引けないというリフターがいると思います。これは、手が小さいか、グリップが非常に弱いためです。グリップの弱さは適切なトレーニングで改善できますが、手の小さいのはどうしようもありません。そんなリフターはフック・グリップを試してみてください。 写真のように、親指を他の指で握ってしまうのです。慣れるまでは親指が痛いですが、これをマスターすることで、手の小さいというハンディーは克服できます。
<写真C-4> 写真のリフターはデッドリフトを完了しました。しかし、結果は赤ランプがついて不成功に終りました。膝が曲っているのです。最後に上体を後ろに引きすぎたために、膝が曲がり、背筋下部にも余計な負担がかかっています。本文でも述べましたが、直立姿勢になれば良いのです。
<写真C-5> ラマー・ガントの信じがたいほど強いデッドリフトです。彼の手の長さに注目してください。手が長いため、床からバーを浮かす時のヒップの位置が高くてすみ、また、引く距離も短いのです。ガントはわずか56kgの体重で280kgものデッドリフトを引いています。
<写真C-6> 写真のリフターは、ほとんど引いているのに、最後が引ききれません。これは肩の上部の僧帽筋、もしくは左右の肩甲骨の間にある菱形筋が弱いためです。あるいは、単に疲労のためにここまでで、力を出しきってしまったのかもしれません。ベントロイングとシュラッグをもっとするべきです。
<写真C-7> 写真のトニー・フラッドと<C-5>のガントのバーを引く距離を比べてみてください。手の長い事がいかに有利かおわかりいただけるでしょう。しかし、このフラッドも世界で通用するリフターです。彼は自分の骨格上のハンディーを克服するために非常に努力し筋力そのものの向上に努めたのです。
<写真C-8> ビンス・アネロは、おそらく世界で最も偉大なデッドリフターだと言ってよいでしょう。彼のテクニックは彼独特のものです。 アネロはバーを床から浮かす時には脚を使っていますが、いったん浮くと彼の脚はほとんど伸びきり、背筋だけの力で最後までバーを引いてしまいます。この時、バーは脚の近くを通ります。このテクニックを利用しようとするリフターのほとんどは、バーを体から離すため、バーが非常に重くなってしまうのです。
<写真C-9> ジョン・クックは、110kg級で400kg近くのデッドリフトを引くリフターで、そのテクニックはアネロに似ています。彼も脚でバーを床から浮かしますが、その後は、ほとんど背筋で最後まで引ききってしまいます。 よほど強い背筋を持ったリフターは別として、このテクニックをまねることはお勧めできません。なぜなら、脚の筋肉の方が背筋より強いからです。まず、一番強い筋力を持った筋肉を有効に動員することを考え、それから後に自分の体力・骨格に合わせてテクニックを決めるべきです。
<写真C-10> 写真のリフターは、スモウ・スタイルのテクニックを用いています。足のスタンスは広く、手は足の内側でバーを握ります。バーを引き始める時、胴体はまっすぐ立っています。このテクニックは、ヒップと脚の強い人に合います。背中がまっすぐ立っているために、背筋の強さはそれほど要求されません。
<写真C-11> 写真のリフターのテクニックが最もポピュラーでしょう。背すじがまっすぐに伸び、足を少し開き、頭を上げています。バーは体のすぐそばを通り、最初は脚の力を使ってバーを浮かせ、膝近くになると、今度は背中の力を使ってバーを引きます。おそらく75%のリフターに合うテクニックでしょう。
<写真C-12> 若い有望なリフター、ダグ・ヒースは、バーを引く時に背中が丸まっています。そのため、バーを引ききることが困難なのです。これは、大腿二頭筋(大腿の後ろ側の筋肉)が柔軟性に欠けることと、背筋上部の筋力が弱いためです。共に適切なトレーニングで解決することが出来ます。
<写真C-13> スーパーヘビー級の偉大なパワーリフター、ドン・ラインホルトが、二人の仲間にかかえられています。どんなスポーツでも同じですが、パワーリフティング競技会でも、時には不運にみまわれることもあります。
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