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やさしい科学百科 21 脂肪の秘密 <その4>

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月刊ボディビルディング1985年6月号
掲載日:2021.06.11
畠 山 晴 行

<7>ゴマだけで大丈夫か!!

「ゴマさえ食べていれば、脂肪に関しては問題なし」という意見が聞かれます。それなら「何でもかんでも調理段階で脂肪を抜いてしまおう」という人がでます。ゴマの食べ方は「洗いゴマを、摺(す)らずに原形のものを用いるか、半分くらい摺って用いるのがよい、のだそうですが……?

“脂肪の秘密”を連載し始めてから、「ゴマだけ食べていれば脂肪については問題ない、というのは本当でしょうか?本にそう書かれています」というお手紙を埼玉県のKさんという主婦の方からいただきました。同じようなお手紙がほかにも何通か私のもとに届いております。

「ゴマだけで大丈夫」という説は、最近、女性週刊誌などをにぎわしている鈴木その子さんという料理研究家によるもので、Kさんのお手紙にも鈴木その子さんの名前が登場しています。

 これまで、ゴマに関する以外にも、鈴木その子さんの説についての問い合せが多く、無視できない状態となっており、いずれ機会をみてそれらの問題点を洗ってみたいと思いますが、とりあえずここでは「ゴマだけで大丈夫か?」ということを、ゴマの調理法とともに考えてみたいと思います。

①ゴマを使った料理

「ごまかす」という言葉は、あえ物などにゴマを使えば、どんなに料理下手が作っても下手くそとは思われない」というところからきたのだそうです。

 ゴマあえのゴマは、ふつう煎りゴマを使いますが、煎り方が少なくては香りがよくならないし、逆に煎り過ぎても香りが消えて苦味が出てきてしまいます。

 私は学生時代にアルバイトで毎日のように東京・築地の魚河岸へ行き、材料を仕入れては料理の仕込みをしたものですが、ゴマを煎るという簡単なことでさえ、何回か失敗したものです。家庭で煎る場合には「フライパンにひと並べにして、パチッ、パチッと4~5粒はねたぐらいがちょうどよい」とおぼえておいてください。

 ゴマは煎ってから何日も保存すると湿気を吸って香りがなくなってしまいます。それでなくとも台所は湿度が高くなるし、梅雨の季節などは特に気をつけたいものです。もし、煎ったゴマが余った場合は、密閉容器に入れておくか、ゴマスリ器などに入れておく場合は、食品用の防湿剤の小袋を入れておきましょう。

 ゴマは煎ってから、さらに摺りつぶすと香りが高くなり、にじみ出た油で口あたりがまろやかになります。ただし、摺りつぶさない原形のままのほうが見た目に美しいとか、あるいは、香りだけにしてサラッとした口あたりにできます。

 そんなときは、煎りゴマをそのまま使いますが、原形のまま用いた場合は、よくかまないと殻が消化されずに排泄されるので「栄養を摂ったつもりが直行便」となります。煎りゴマを切って用いる“切りゴマ”もあります。

②摺ったゴマを保存すると……

 鈴木その子さんは、ゴマを半摺りにして何日分も作っておけば、料理を作る度にゴマをするという手間がはぶけるといいます。これは調理の常識から逸脱しており、料理研究家の発言としては首をかしげざるを得ません。

 以前「減量のタネアカシ」で、摺りゴマを加えたドレッシングは、食べる直前に作り、保存してはいけない、と私は記しました。

 ゴマには酸化を抑える物質があって比較的、保存性はありますが、煎りゴマは長く保存できません。しかも、煎らない場合は、よく摺れない(半摺りになってしまう)ばかりでなく、それを保存したのでは、煎った摺りゴマよりも早く酸化して異臭を生じてくることがあります。

 酸化がひどい場合には、もちろん食ぺる前に気付きますが、気付かずに食ぺると中毒になるとか、長期にわたって食べつづけるとさらに悪い影響を及ぼします。(過酸化脂質の害--命を縮めることにもつながります)

 なぜ、ゴマは煎って摺るのか--料理に手間ひまかけるという昔の人の知恵には感心させられますが、香りをよけるというだけでなく“煎る”ということで、ゴマに含まれているリパーゼ(脂肪分解酵素)を変性させて、働かなくさせることができます。

 ゆで卵でも判るとおり、熱を加えればタンパク質変性がおこります。酵素はタンパク質でできておりますから、それが目に見えないほど小さくとも、熟で形が変ってしまいます。刃の曲った鋏と同じで、酵素もこうなっては役立たずです。
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③ゴマのリノール酸

 ゴマ油では、約41パーセントがリノール酸です。煎りゴマでは、ゴマの重さの約54%が脂質ですから、大さじ1杯の煎りゴマ(10g)では約2.2gのリノール酸が含まれていることになります。しかし、原形のゴマの場合は、ゴマの殻はほとんど消化されませんから、歯に目玉をくっつけてゴマ粒のねらい射ちでもしないかぎり、2.2gのリノール酸を本当に栄養にすることはできないでしょう。

 摺りゴマにして、仮に全部が吸収されたとしても(人によって脂質吸収にも差があるが)1日に2gほどのリノール酸では頼りない、ということになります。

 FAO(国連食物農業機関)の1977年勧告では「必須脂肪酸の摂取量を1日の総摂取エネルギーの3%以上(1日に2,000kcalでは、およそ7g以上)」としています。FAOの示す値は、必須脂肪酸の量についてだけで、その内訳までは示されていません。また「FAOの示す値より少なくてもよいのではないか」という意見もあります。

 いずれにしても、1日にリノール酸2gでは、決して余裕のある数字ではありません。

 鈴木その子さんの計算によれば『ごはん1日6杯に3.6g、豆腐半丁に7~8g、ゴマ大さじ1杯に7~8gの植物脂肪が含まれているし、ホウレン草やジャガイモ、味噌にも少量含まれているから1日に12~13gは摂れる。だから、どんなに脂肪を抜いたところで充分足りている」ということです。

 鈴木式の計算では、たんに植物脂肪(正確には脂肪以外の脂質も含めて)の量を加算したに過ぎません。また、調理方法による吸収の差も見落としています。

 さらに問題となるのは、別の本では「豆腐はタンパク質ばかりの欠陥食品です」と決めつけておきながら、植物脂肪の助人として登場させていることです。これでは読者はたまったものではありません。

 大ざっぱな計算ですが、豆腐半丁からはリノール酸が3~4g、6杯のごはん(鈴木式の1杯は小さめの茶碗に1杯で、約120g)からは1g前後、そしてゴマでは約2gでしたから、計6~7gのリノール酸摂取量となります。ただし、これから豆腐がなくなるとリノール酸は半減してしまいますし「短期間でやせるためには、ごはんは1~1杯半」などと指導しておりますから、鈴木式食事法の計算を手直しすると、場合によっては2~3gのリノール酸摂取量となります。
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 鈴木さんの本には書かれていませんが、肉や魚にだってリノール酸は含まれているし、どんなに脂肪抜きでがんばったところで、これらの食品から完全に脂質を抜くことは現実的には不可能です。たとえイワシを6時間煮たとしても……。

「ゴマだけで大丈夫」という鈴木式ダイエットのリノール酸摂取量は、多いときには1日当り10gほどにはなるでしょう。しかし、上記の計算には、原形のまま未消化で排泄されるゴマの分についても入っています。吸収率を考えに入れると、脂質摂取量の少ない場合、人によっては体内で利用されるリノール酸は1g以下になってしまうこともあります。原形ゴマに頼り過ぎるのは考えものです。

④ゴマにはないω(オメガ)-3

 前項③ではリノール酸の値を計算しましたが、必須脂肪酸はリノール酸だけではありません。

 リノール酸、アラキドン酸、α(アルファ)-リノレン酸(ふつうリノレン酸といわれる)の三者を栄養学では必須脂肪酸と呼んできましたが、すでにみなさんはリノール酸を原料に、体内でアラキドン酸が作られることを知りました。リノール酸からγ(ガンマ)-リノレン酸(月見草種子油や乳脂にも含まれる)が体内で作られること、そして何らかの原因でその代謝にブレーキがかかっているときにγ-リノレン酸の直接摂取が効果を示すことも、すでに述べたとおりです。

 リノレン酸はリノレン酸でも、必須とされているのはαで、月見草種子油などにあるのはγ。この2つは別のものです。表にみるとおりαはω-3系で、γはω-6系です。ω-6系はリノール酸からつくられますが、ω-3系はつくれません。だから、直接摂らなければならないのです。

 ω-3系には「イワシに含まれていて血栓の防止になる」と言われるエイコサ・ペンタエン酸もあります。このエイコサ・ペンタエン酸も実は体内でつくられることがわかります。

 これまで「リノーレ酸(ω-6系)をたくさん摂ったほうがよい」という考えが度々雑誌などに紹介されてきましたが、最近の論文をみると、ω-3とω-6のバランスが重要で、ω-3が極端に低いと心・血管病変にかかりやすいと書かれています。これは疫学的研究の結果ですが、生化学ではω-3とω-6相方とも必要であることは以前より知られていたことです。ちなみに、ゴマにはω-3系の脂肪酸はありません。

 リノール酸をたっぷり与えて、α-リノレンを与えないでおくと「学習能力が低下した」という動物実験の結果も報告されています。なにはともあれ、やたらに「脂肪は悪玉」と決め込んでしまうのは考えものです。

 ビルダーがよく用いるジャームオイルのなかには、メーカーにもよりますが大豆油を混合し、α-リノレン酸を適量加えているものがあります。ビタミンEの給給だけでなく、このような製品ならば、減量時の必須脂肪酸源にもなります。最近では、月見草種子油や大豆油を混合したビタミンEサプリメントもでてきました。

 極端に脂肪を抜くようなことをしなければ、日本人の平均的食生活では、まず必須脂肪酸不足にはならないでしょうが、減量する場合には「賢い脂肪抜き」が重要になります。

 煎りゴマを摺ってドレッシングをつくるとか(この場合はω-3系は摂れないが)ゴマ油と大豆油を適量混合して多くの材料をサッと炒め、身だくさんのミソ汁を作るなど、料理の工夫も楽しいものです。ゴマ特有の風味は料理をいっそう引き立ててくれます。
ゴマに関するひと口メモ

「開けゴマ」はアラビアンナイト。クレイジーキャッツの植木等さんが歌った。

 ♪ゴマをすりましょ……♪という歌が昔はやりました。仕事は明後日にして「ゴマすり」につとめるサラリーマンの姿は悲しいものですが、「する」という言葉は「お茶をひく」の「ひく」と同様、窮(きわ)み言葉で商売人は嫌います。だから「すりゴマ」は「当りゴマ」といいます。スナックなどで「ネエ、おつまみには当りめなんかどう」と、女の子。「するめ」といわずに「当りめ」というのも同じ理由です。そうそう、減量時に空腹をまぎらわすのに「当りめ」をしゃぶるのもよい方法だと思います。なんとなく空腹感をまぎらわすことができるし、タンパク質も意外に多く摂れます。ただし、しょう油やマヨネーズなどはつけないほうがよいでしょう。
月刊ボディビルディング1985年6月号

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