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ボディビルダーの幸福と健康をまもるために、ボディビルダー向けの薬品その他の真実を探究するシリーズその(11)
ステロイドの誘惑はいたるところで狙っている

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月刊ボディビルディング1981年2月号
掲載日:2020.04.08
執筆者=マイケル・ワルツァック
(ウインダー医療研究所メンバー・医学博士)
訳=松山 令子
(IFBB・JAPAN国際総局 IFBB・JAPAN副会長)
監修と解説=後藤 紀久
(医学博士・国立予防衛生研究所主任研究官 IFBB・JAPAN医学委員長)
 栄養学の泰斗であり、永年にわたるその研究の中で、ボディビルダーのダイエットについて広範なデータを集めてきたワルツァク医学博士が、最近のボディビルダーのステロイド汚染を深く憂い、真剣にボディビルダーの自覚をもとめ、ステロイドについての啓蒙運動を行なっている。

 アメリカのスポーツ選手たち――とくにわがボディビルダー諸君の上に、いま起きつつあることで、私はぞっとするような驚きと、おそれを感じている。その、ぞっとするような驚きと、おそれとは何か。それは、ボディビルダーたちが、まるで子供がキャンデーを与えられるのと同じように、恐ろしい薬を無雑作に飲まされていることである。
 そして、そのうち間もなく、何人かのボディビルダーがこの薬のために死ぬだろう、ということである。こんなことをやめさせるために、すぐ何らかの手を打たねばならない。
 ここ数年間に、ボディビルダーは、これまでの暗黒時代(社会がボディビルディングをスポーツと認めなかった時代)から抜け出して成長し、社会からの関心を得るルネッサンスを迎えつつある。
 コンテストへの参加選手の数は著しく増し、コンテストの観衆はいままでにかつてなかったほど多く集まるようになった。しかし、ここ2、3年の間に、われわれの進路はどうも横道へそれかかっているように思われる。
 未来を嘱望されている新進のボディビルダーたちは、すでに大をなして、社会から認められているチャンピオンたちの後につづこうとしてトレーニングにはげんでいるが、そういうチャンピオンたちの中に、たまたまステロイドに侵蝕されている人があるのを見て彼らの心は大きく動揺している。ステロイドを使わなければ、あの域まで体を発達させることが出来ないのではないのだろうか、という根拠のない不安が大きく重く彼らの心にのしかかる。

 もし、このボディビルディングというスポーツが、これからも存続していくためには、それは徹頭徹尾、われわれの健康増進の目的のためのものでなくてはならない。しかし、われわれはあまりにも多くの流れ星のようにはかないスターを見てきた。
 彼らは、ロケットのように上昇して数ヵ月のうちにトップの座に上る。しかし、1年もたつと、彼らは燃えつきて見えなくなってしまう。不幸なことに、ジャッジたちは、普通の人の成し得ないことを成し遂げる選手を求めている。このような趣旨で彼らが選び出すところのスターは、ほんとうの意味では最も不健康な選手であるかも知れない。
 何人かのナショナル・チャンピオンや、インターナショナル・チャンピオンたちが、ジムや雑誌をとおして若いボディビルダーたちにステロイドを売りつけようとしはじめたことはまことに寒心のいたりである。
“ぼくをきみの友人にしてくれたまえ。そうすれば、いいことを知らせてあげるよ”と、彼らはゼミナールで集めた新人たちにいう。そういう若く無知でだまされやすいティンエイジャーたちに、闇市場で仕入れてきたステロイドを数百ドルもの法外な値段で売りつけるのである。
 私はこの週末をある海岸地方で過ごした。そのとき私は、国際的にも有名なあるボディビルダーとそのパトロンが、ヨーロッパから買込んできた薬をまるでキャンディーか何かのように気軽に人に売りつけるのを見た。
 それは文字どおり、大人が子供にキャンディーを与えるのと全く同じ態度であった。その翌日、私の患者のひとりが、これらの薬を全部そろえてもってきていた。その中には、体内のコレステロールを医学的に減らすといわれる薬もあった。その人は、それを飲むとカットが出るといったので買ったのだといった。そのようなことは全く疑わしいことであるのに。
 私は、このような医学的には納得のいかない、まぎらわしい説明を真剣に疑わしく思っている。ジムへ来て、何かをボディビルダーに売りつなる人は自分の売る物を買ったボディビルダーに、それによってどんなことが起こることも平気である。そのボディビルダーの安全や幸福については全く法的な責任を持っていない。
 ほとんどの場合、彼らは自分が売った薬品によって犠牲者が出ても、何のおもいやりもしないし、良心の痛みも感じない。彼らが望むのは、若くて何もわからないボディビルダーに、途方もない高い値段で手品のようなあやしげな薬を売りつけ、しかも、彼らから“あの人はいい人だ”といわれたいだけである。
 こんなおそろしいことがここ数年つづいている。ほとんど毎週、誰かがジムに現われて何かしら新しい薬――たとえばチオムカーゼとかトロフォボリンなどを売り付けていく。最近、マッスル・ビルダー誌に、これについての原稿がのったということで、ウイダーゼをよく売りにくる。
 ウイダーゼは、チオムカーゼとは同じではない。ウイダーゼはハリウロニダーゼという1種の酵素である。一方チオムカーゼは、睾丸から抽出した薬である。チオムカーゼは肥満を解消するのによいといわれている。低カロリー・ダイエットを実行している人の体内の肪肪を流動性にして体外へ出す。
 他方、ウイダーゼは、これ以外の薬品を体内で拡散させる働きがある。ウイダーゼの唯一の機能は、体内の他の楽を素速く、かつ、均等に体中に拡散する働きがある。
 ジムで会員に物を売りつける人がとなえる理論は、いつも結構なものである。しかし、それは売る人の売りたさの一念によって美しく彩色されているだけである。実際、売るときに述べられた前宣伝のとおりの効果があったためしは少ない。こんなことが、これまでにも、ジムで売られる薬について起こったのを、私はいまでも何回も見ている。

 ボディビルダーは、他のスポーツ選手と同じように、つねに新しい薬をもとめている。何かをするのにいつも、最も近道で楽な方法がないかと探しているから、彼らは新しいものにとびつく。いまの社会では、新しいものといえば、すなわち以前よりも進んだ良いものと自動的に考えられ勝ちである。
 けれども世の中には、そんなに前よりも良いものが、そうざらにあるわけはない。ボディビルダーは新しいものは良いものだという考えから、新しい薬を使うようにさそわれると、すぐその気になってしまう。
 医療薬品は、役に立つと同時に、非常に危険でもある。だからこそ政府がこれを管理するのである。薬品には、厳密にいえば、必ず副作用がある。医者であるということは、薬を知り、どのようにして副作用を起こさせないで効果をあげさせるかを知っているということを意味する。自己治療やインチキな医学専門家による処置は、必ず好ましくない反応(副作用)を起こすことを覚悟しなければならない。

 人間は、自己流療法で死ぬことがあり得る。彼らは薬品――たとえばステロイドを大量に用いることから、重い病気になる。こんなとき、人は普通なら薬をやめる。ちょうどスイカを食べ過ぎて腹痛を起こした時、食物を食べるのをやめるように。
 しかし、ステロイドを用い過ぎて体が悪くなっても、ステロイドをやめて筋肉がちぢみ小さくなってくると、彼らはすぐまたステロイドに戻る。そこが最も危険な点である。

 ひとりの新しい患者が私に語った。彼は、あるステロイド製品の注射を週3回打ち、毎日10錠の経口ステロイドを飲み、週1回テストステロン(男性ホルモンの一種)を注射した。私は、どのようにして、こういう処方をとることになったのか、と尋ねた。
 彼は、答えた。“ぼくのジムの仲間たちは、もっともっと大量に使っていますよ”と。彼は、いったいどれほどの結果をこのことから得たか? 彼はあるローカル・コンテストで3位を得たにすぎない。しかし、彼はステロイドを全然用いなくても3位は取れたのではないかと私は思っている。
 さらに、この種の薬物の販売人として最も悪質なのは、この種の薬物を無反省に売りつける悪徳医師である。このような危険な薬をキャンディーのように無知な患者に与える悪徳医師に比たら、ジムへ売り込みにくる人間などは、小さなじゃがいものようなものである。
 このような販売人たちは、たくさんのボディビルダーを自分のまわりに集めること――つまり、自分から薬を買うボディビルダーを収集することに大きい満足感を味っているようである。彼らには処方箋を書くことも、調剤するともできない。
 私は、ドラグ・ドクター(薬品を処方してくれる医者)から、ステロイド類やテストステロンを毎週投与されていた17才の若者を知っている。この年令の時に、このような薬を用いることは、骨端にある骨の成長核(骨端核)を害し、骨の成長をとめる。
 普通なら20才の終り頃までは、絶対に止まらない骨の成長が、薬の使用により早くにとまり、一生、小男とならねばならない。この他にも、ステロイドによって、いろいろのタイプのフィード・バック・システム(正常な状態に戻す装置、機能)が侵されて、思わぬ障害が起こる。
(つづく)
月刊ボディビルディング1981年2月号

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