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★ボディビルダーの道しるべシリーズ★
疲労回復の科学的研究<3>

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月刊ボディビルディング1981年9月号
掲載日:2020.06.29
筆者=ジョー・ウイダー(マッスル・フィットネス発行者)
訳者=松山令子
監修=後藤紀久(医学博士・国立予防衛生研究所主任研究官)

第一章 睡 眠(つづき)

 睡眠は、ヘビー・トレーニングによる筋肉の疲労をいやし、トレーニングによって使い果たされたエネルギーの貯蔵量を回復するために、必要欠くからざるものである。
 睡眠は、人間のある1つの機能が、規則正しくくり返えされるように、精密につくられている生理的なシステムである。だから、この睡眠の定まったシステムを一定に働かせ、変動させてはならない。また睡眠は、規則正しく一定の時間、継続させねばならない。
 人が、1日に6時間眠ろうが、10時間眠ろうが、それは問題ではない。ただ、自分にとってきまっている就寝時刻と睡眠時間を、規則正しく守ればよい。もし、毎日、10時に眠くなり、10時に就寝できたら、その翌日の活動は素晴らしい。人はみな経験によってそれを知っている。
 睡眠の方式は、消化の方式と同じように、その日その日の日常生活の変化にはあまり影響されない。しかし、精神状態が非常に変るときは、それに大いに影響される。
 たとえば、いつものきまっているとおりのトレーニングをした日は、いつものように眠ることができる。しかしオーバー・トレーニングをした日は、それが気分に影響して、眠りの形を変える。オーバー・トレーニングのあとは不眠にあったり、あるいは、眠っても眠りが浅く、しばしば目が覚める。
 また、気分の高まりが熟睡を妨げることもしばしばある。誰でも大きいコンテストの前夜は、ほとんど熟睡できないのが普通である。何かを大いに期待するとか、または、恐れるとか、激しい怒りや悲しみ、あるいは恋に心をうばわれているときは、感情の強い動揺によって、睡眠の型が乱れる。

 では、眠れないときはどうすればよいか? ギャラップ世論調査によればアメリカの半数の男女が睡眠について何らかの悩みを持っているという。
 気分がいら立って眠れないときでも次のような状態のときは眠ることができる。すなわち、睡眠不足が、肉体的に堪えられないほどにたまったとき、または、面白いテレビや、退屈なスピーチや、音楽その他で、いままでの気分のいらだちが他へ転換されたときなどである。いたずらに眠ろうと努力して、ベッドで転々反側するよりは、このように、自分で別のことに心を向けて、無理に眠ろうとすることをやめると、かえって眠れるものである。
 ベッドに入ってから、すぐ眠りこめるかどうかは、その日の行動、その日の気分次第である。もし、あなたの行動や気分が、毎日あなたを眠りにくくするなら、その最も安全な解決方法はそのような生活のあり方を変えることである。
 第一章 睡 眠(つづき)
睡眠薬は、不眠の原因を取り除いて不眠を治すことにはならない。不眠で困ることがつづくときは、あなたは少し長い休暇をとり、仕事のことを頭から離すとカ、庭つくりに熱中して木を植えるとか、クラシック音楽に凝るとか、恋人と大いにデートを楽しむとかまだ経験のない人なら一度ボディビルのトレーニングをはじめるとか、とにかくいろいろ工夫して、生活のムードを変えることが必要である。
 また、いやおうなく眠りにおちることができるための別の方法としては次の方法がある。深夜まで起きていて何かをつづけるか、または、極めて早朝に起きて働くか、あるいは、その両方を行なうかである。この方法で、不眠は一時的にはうまく解消できる。人間は、20時間以上、引きつづき眠らずにいたときは、それ以上、目を覚ましていることがいかにむつかしいかがわかる。

 われわれは、自分の就寝時刻を自分で調節することができる。いい映画、興味を惹く読書、花火あそび、その他いろいろの興味と関心を惹くもの、あるいは興奮させられるもので、眠りに落ちる時刻を遅らせることができる。
 また反対に、いやなことを忘れるために、普通より早い時刻に就寝することもある。眠る時刻が、いつもの型から1時間か2時間、早くなったり遅くなったりしても、睡眠の状態にはほとんど変化がない。睡眠の状態が変化するのは、その日の昼間の行動が影響するからだとされている。
 JET.LAG(ジェット・ラッグ――ジェット機で遠距離を極めて短時間で飛んだとき、新しい土地での昼夜のリズムに体が適応し得ない状態)はその好適例である。
 かりに、あなたが、ジェット機で地球の向う側の、昼夜がさかさまの土地へ飛んだとき、あなたの睡眠の型は、新しい土地での昼夜のリズムに支配されることになる。しかしその適応は、新しい土地に着いてからすぐには行なわれない。何日かのズレがある。それをジェット・ラッグと呼ぶ。
 新しい土地で、昼間のあなたの仕事にはエラーと不完全さが目立つ。あなたの昼夜のリズムは、昼夜の反対の新しい土地へ来てからも、まだもとの土地での昼夜のリズムに適応しているのである。
 睡眠について、研究者たちはいう。
 あまりにも時差の大きい土地へ移ったときは、精密度の高い仕事は、精神的なものであれ、肉体的なものであれ新しい土地で数日を過ごし、体がその土地にあった睡眠状態になるまで、手をつけない方が賢明である。コンテストに参加するために、遠く離れた土地へ飛ぶボディビルダーは、この生理現象を経験してよく知っている。

 睡眠の型についていえば、男性の方が女性よりもはるかに型の種類が多いことが以前からわかっている。また、人間は年をとるにつれて、睡眠の時間が長くなる。老人の睡眠の型は、赤ん坊や幼児の型に逆戻りしていく。
 もし、人間が連続して2日間眠らなかった場合、その直後に16時間(1日8時間として2日間)ぶっ通して眠って、それまでの睡眠不足を取戻したと考えるのは間違っている。不足した睡眠は、このような方法で取戻されるのではない。自然は、人間に、睡眠不足を取戻す別の方法を与えている。研究の結果わかったことは、数日間、眠りをうばわれた人間は、そのあと2日か3日ぐらいは、毎日12~14時間眠るだろう、ということである。

 ハード・トレーニングをしているボディビルダーの寝つきが悪くなったときは、就寝前の時間の過ごし方を工夫して変えるのが効果がある。
 その方法としては、先ず、就寝時刻を設定する。それから順々に逆算して就寝に至るまでの準備行動のルティンを決める。ルティンはその人その人により異なる。そして、この就寝前のルティンが終る時刻には、体が眠れる状態にはいっているようにする。
 このルティンは、ごく普通の日常生活の中のひとこまひとこまをつないでいき、習慣的な動作の連続したものとする。
 たとえば、車をガレージへ入れる。それから犬を散歩につれていく。鏡の前で手足や体を屈伸する。気に入りの機械のカタログを読む(ただしボディビルダーには、この時、マッスル・マガジンを読むのは厳禁。それは眠りを誘うどころではなく、彼の心を燃えあがらせるから)、そして、やがてベッドに横たわり、電燈を消す。このような就寝へ向って進む一連の動作の連続するルティンである。
 このようなルティンを実行することで、体を低速ギヤに切り換えるのである。何の刺激もない動作を次々と機械的につづけることによって、人は容易に眠りやすくなる。
 睡眠の開始は徐々ではない。睡眠は一瞬に始まる。ある瞬間あなたは意識があり、その次の一瞬、あなたの意識は去り、眠りに入る。
 順を追った行動のルティンを用いて体を低速ギヤに切り換えることが、うまく眠るためには必要だ。ちょうど、自動車が時と状況によって、高速ギヤから低速ギヤに切り換えるのと同じように、睡眠もまた、時と状況に順応する。たとえば、午後10時に凄い集中力でセールス活動をしていた人が、10時15分にベッドでぐっすり眠りこむなんていうことはあり得ない。

 一般的な睡眠障害には、次の2つの種類がある。ひとつはインソムニイヤ(不眠症)で、もうひとつはナルコレプシイ(睡眠発作)と呼ばれるもので、これは昼間、目を覚まして働いている時に起こる。これはアメリカでは、500人に1人の割合であり、不眠症は、アメリカ全国で何百万人もの人がこれにかかっている。そして、これにも数種の型がある。
 一般的には、人間はベッドに入ってから30分以内に眠りに落ちる。これ以外の容易に寝つけない人の不眠は、一時的な心配事や罪の自責、挫折感、自己批判や自己嫌悪などが原因で起こる環境性不眠症である。このような不眠症は、その原因が除去されると治る。

 ではいったい眠りは何のために必要か? 睡眠の調査研究者たちの意見では、睡眠の主目的は、疲労の回復ではないという。
 ある種の動物は長時間眠る。また別の種類の動物は短時間しか眠らない。このような動物たちの眠りの相異を調査した研究者の意見では、異なる種類の動物の眠りの型は、それぞれの種類の動物を長生きさせるために、それぞれちがう形で進歩したのだという。
 たとえば、砂漠に住む動物たちは、夜は眠らずはっきり目を覚まして活動している。何故ならば、彼らは昼間の灼けつくような熱砂の中では活動することが出来ないから。
 研究者たちは、理論づけて次のように語る。動物たちが昼間眠るのは、夜の恐怖を取り去り、夜間の充分な活動に備えるためである。
 原始時代、人間は夜歩くことの危険を知っていた。人間が夜歩けば野獣の餌食になったかも知れない。崖から転落したかも知れない。折れて落ちてくる大樹の大枝の下敷きになったかも知れない。洞穴で夜眠ることは、恐怖を少なくし、生きながらえるチャンスを大きくし、また、エネルギーを貯えるのにも役立つ。

 最近では、睡眠は休息のために必要というよりは、睡眠は人間を健康に若く保ち、生命を伸ばす働きの方に重きを置いている。休息のために眠ると考えた時代は昔のことで、今では、疲労した体の機能を回復するために眠るのだと、睡眠の価値を解している。
 最少限度に考えても、睡眠は甘美なアクテイヴィティである。われわれの生命は、好むと好まざるとにかかわらず、睡眠に強くつながっている。眠ることが出来ないとき、われわれは必死に眠りをもとめる。ボディビルダーにとって、チャンピオンたる体をつくりあげるために、なくてはならぬ要素、それは睡眠である。
≪解説≫…………医博・後藤紀久
 我々は概日(約24時間の周期)リズムをもって生活を送っている。人間とサルは、睡眠と覚醒のリズムが概日性である。ネコなどでは、1日に何回も睡眠と覚醒の繰り返しがある数時間周期で、概日性ではない。人間でもこの概日リズムが確立するのは2歳を過ぎてからである。利口な動物か強い動物だけが、夜ゆうゆうと眠れるわけだ。
 昔は、眠らないと死ぬといわれていた。しかし、最近の研究では、そのようなことはないようである。断眠の世界記録は114時間とされている。現代人は不眠症の人が増えている。睡眠不足は、いろいろなストレスに対する適応能力を低下させ、高血圧、心臓病、胃潰瘍などのストレス病の原因ともなる。

インソムニイヤ(不眠症)――眠れない慢性の状態をいう。これは、大脳興奮性が異常に高まり、僅かな刺激でも障害を起こすもの(神経衰弱、脳炎、脳充血など)と、大脳興奮性は亢進していないが、刺激が強くて眠れないもの(精神変動、かゆみ、痛み、熱帯夜など)に分かれる。
ナルコレプシイ(睡眠発作)――突然強い眠気をもよおして眠りこんでしまう発作であり、発作は数分から数十分間つづく。目ざめた時は日常の睡眠後のように爽快である。
月刊ボディビルディング1981年9月号

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