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ボディビルダーのバイブル(聖書) BIG SHOULDERS 大きい肩こそはボディビルダーの最強の武器

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月刊ボディビルディング1981年11月号
掲載日:2020.08.07
★マイク・メンツァー(ミスター・ユニバース)★訳・松山令子

すべてのボディビルダーにとって、絶対に必要なあの大きい肩、――それをつくるのに、あなたは鎖骨を横に伸ばすことは出来ない。しかし、三角筋を大きく発達させることによって、立派にその目的を達することが出来る。

a・スタート

a・スタート

ノーチラス・サイド・ラタラルズb・フィニッシュ

ノーチラス・サイド・ラタラルズb・フィニッシュ

 〝オイ、お前――そうだ、そこの肩の大きいお前だ。銃を置いて駆け足で前へ出てこい!!〟空軍の基礎訓練のベース・キャンプで、わたしのトレーニング教官が大声で命令した。わたしは、彼が呼んだのがわたしかどうかを確かめるために、まわりを見まわした。

 〝そうだ、そのすごい筋肉のお前だよ〟と彼は再びどなった。

 〝イエス、サー〟わたしはそう答えると、駆け足で列の前に出た。

 〝これから6週間、お前をこの班の班長にする。お前は班をとりしまって、オレの命令が皆に徹底するようにする。いいな、わかったか?〟

 そのベース・キャンプで基礎訓練の第1日に、われわれが教官に向かって言うのを許されている言葉は、〝イエス、サー〟と〝ノー、サー〟だけである。それで、わたしは〝イエス、サー〟と答えた。基礎訓練の数週間が過ぎた。そしてトレーニング教官は、班の規律がよくなり、命令は確実に守られるようになり、訓練は容易になり、個人差が目立たなくなりつつあるのを知ることができた。

 そういうように班を型にはめていくことは、わたしにとってそれほど骨は折れなかった。むしろその6週間は、わたしにとって楽しいものであった。そのとき、わたしは18才だった。そして、それまでの数年間ウェイト・トレーニングを続けており、すでにわたしの筋肉はある程度人目につくぐらいに発達していた。基礎トレーニングは1つの特殊な経験となった。というのは、わたしが自分の体の発達によって抜擢され、それによって報酬を得たのは、わたしにとってこれが最初の経験であったから。

 わたしが数百人のわたしと同じ髪の刈り型、同じ色の緑色の制服を着た新兵たちの中にまじって立っていたとき、トレーニング教官の眼をわたしに惹きつけたのは、わたしの肩だった。その経験からわたしは、男の広い肩幅というものがいかに他人の眼に強い印象を与えるかということを学んだ。

 わたしが、空軍での1年間の基礎訓練の後に、1971ミスター・アメリカ・コンテストに参加したとき、この教訓ははっきり裏付けされた。

 わたしは、バックステージにいてわたしの競争相手達の体のサイズを目測していた。彼らは、わたしの眼には全く大きく侮りがたく見えた。向こうの一隅で、数人の選手達と話をしているのはケイシー・ヴィエタだった。ケイシーはこのとき19才だったが、すでにひとかどのボディビルダーであった。ネクタイをしめ、上衣を着ていたが、一見して非常にガッシリした体つきだった。ケイシーからそう遠くないところにエド・コーニーがいて、まわりの者と愛想よく話をしながら歩きまわっているのが見えた。コーニーのウォーム・アップ・スーツの下の体は、脂肪がなく筋肉が隆々としているように見えた。しかし、彼の外観には、人の注意を惹くようなものは何もなかった。

 そのとき突然、ロッカールームから赤いナイロンのスウェターを着た巨大なボディビルダーが現われた。この人の体のサイズと存在感は、全くまわりの人々を圧倒せんばかりであった。みんなはあっけにとられてこの人をじっと見ていた。この若者は背が高く、すごく筋肉が発達していただけでなく、彼の肩幅はまさに1ヤード(約90cm)はあったにちがいない。わたしは、この巨人を見て息がとまりそうだった。まわりを見まわすと、みんながわたしと同じ反応を示していた。そして、みんなの注目を最も強く集めたのは、あの大人国(ガリバー旅行記に出てくる大人国のこと)の住民の持っている信じがたいほどに幅の広い肩だった。

 彼はこのコンテストでは優勝しなかった(優勝はケイシー・ヴィエタで、このわたしは10位だった)。けれども、彼はこのコンテストで話題をさらった。ステージでは、まわりから抜きん出た存在で、最も多くジャッジの眼を惹きつけた。10年前に初めてミスター・アメリカ・コンテストに参加して、そこで発揮した実力を今日でも保有し、当時の体のほんとうのサイズと広い肩幅を今でも持ちつづけている現代のヘラクレス、それは誰あろう、ピート・グリムコウスキー、その人である。

 広い肩といいバランスをつくって下へいくほど次第に細くしまっているトルソー(胴体)は、人間の体の中でも誰もが美しいと讃える部分である。そして、もちろんコンテストでは、最も広い肩幅を持つボディビルダーが、真先にすべての人々――観衆からも、ジャッジ達からも熱心な注目を受ける。

 人間の肩幅の実際的な寸法は、生まれながらの鎖骨の長さによって決まっている。そして、骨の長さというものは後天的に変えることはできないから、鎖骨の長さを伸ばすことはできない。したがって、鎖骨を伸ばすことによって肩幅を広げることは不可能である。しかし、絶望することはいらない。われわれは、三角筋を大きく発達させることによって肩幅を広げることが立派にできる。

 コンテストの戦いで、大きく発達している三角筋のつとめる役割の大きさは、どれほど強調しても強調しすぎではない。三角筋はどの角度からもはっきりと見える筋肉であるから、どんなポーズを取っているときでも、体を大きく力強く見せるのに役立つ。あなたが正面からジャッジに見られる時は、三角筋のラタラル・ヘッド(真中の頭)があなたの肩幅を広く見せる働きをし、ジャッジに横を見せる時には、よく発達して筋肉隆々たる三角筋があなたの体を部厚くて充実したものに見せる。背面から見られる時には再び肩幅の広さがジャッジに強い印象を与える。以上の利点にもまして、特に発達した後部の頭(リヤ・ヘッド)が、あなたの体に、完全に発達したボディビルダーであるという折り紙をつけるその効果は、はかり知れぬ位大きい。

 あなたの三角筋が、胴体にある他の大きい筋肉よりも発達が遅れて小さい場合は、三角筋の力もまた、他の大きい筋肉よりも弱いので、実際にある種の胸や背中のエクササイズが十分にできない。例えば、あなたが三角筋の前のヘッドを烈しく働かせた後に、大胸筋のトレーニングとしてインクライン・プレスを続けて行なおうとする時は、インクライン・プレスをしている最中に三角筋が疲れて動けなくなる。何故なら、あなたの三角筋の前のヘッドがすでに疲れてしまっているので、大胸筋よりも先にバテてしまうからである。かくて、あなたの大胸筋は十分な刺激を受けられないという結果になる。

 わたしは、1980ミスター・オリンピア・コンテストのための準備トレーニング中、上記の理由によって、三角筋そのもののトレーニングは必ず大胸筋のトレーニングのあとで行なった。
ワン・アーム・サイド・ラタラルズa.スタートb.ミッド・ポイント(途中)c.フィニッシュ近くd.フィニッシュ

ワン・アーム・サイド・ラタラルズa.スタートb.ミッド・ポイント(途中)c.フィニッシュ近くd.フィニッシュ

 わたしが用いたルーティンは、本質的にはわたしが1976年以来ずっと用いているものと同じだった。しかし近頃は、時としてレスト・ポーズ法(後で詳しい説明が出てくるが、短い休息を挿入してエネルギーの枯渇を防ぐ方法)を用い、またしばしば変化を求めてエクササイズの種目を変更した。エクササイズの種目は変更しても、わたしはヘビー・デューティ・トレーニングの根底にある基本的な原則に厳しく密着して、どのエクササイズのどのセットも必ず全力を出し切って、筋肉が完全に疲労するようにした。そして、まれには三角筋のそれぞれの3つのヘッドを2セット以上のトレーニングで鍛えた。

 何故、まれにこうしたかというと三角筋の前のヘッドは大胸筋のトレーニングに際して最大の刺激を受けるので、三角筋のトレーニングの際には、しばしば前のヘッドのトレーニングを抜くことが多かったからである。それで、わたしの三角筋トレーニングのトータルセット数は、前のヘッドをするかどうかによって、4セットであったり6セットであったりする。

 わたしは知っている。十分に知っている――4セットというのは極めて少ないように見えるということを。しかし、ああ、その4セットたるや、どれほど力をふりしぼらねばならないことか!! そして、わたしはトレーニングの1回交替で、ウイダーの原則であるフォースト・レップスとネガティヴ・レップスを用いたからその苦しさはこの上もない。
ノーチラス・ロウイング・ムーヴメントa.スタート b.フィニッシュ

ノーチラス・ロウイング・ムーヴメントa.スタート b.フィニッシュ

ベント・ラタラルズa.スタート b.フィニッシュ

ベント・ラタラルズa.スタート b.フィニッシュ

 あなたは、わたしのこのハード・トレーニングをはっきりと想像するのが難しいかも知れない。あなたは各筋肉につき4セットから6セットのトレーニングをすることはできる。もしあなたがそうしたとしても、あなたには、まだ真のハード・トレーニングとはどんなものかということがわかっていないのだ。

 わたしがこれまでに度々話したように、あなたは烈しくトレーニングするか、または長時間のトレーニングをすることはできる。しかし、烈しく、かつ長時間トレーニングすることはできない。そして、もしあなたの目的ができるだけ短期間に筋肉を発達させることであるなら、あなたはいうまでもなく、できるだけ烈しくトレーニングせねばならない。このことは、あなたのトレーニング時間が短いことを意味する。(セット数の少ないことを意味する)

 わたしの弟レイとわたしとが三角筋を鍛えたとき、ぼくらは週4日のスプリット・ルーティンというスケジュールを立てたものの、そのスケジュールに強く固執しなかった。もしそのスケジュールが過重であるとわかり、かつそのスケジュールではあまり筋肉が思うほどに発達しないとわかったとき、何故固執せねばならないか。そんな理由はない。レイとわたしは、われわれの次のトレーニング日にエネルギーのレベルと気力が十分であって、よいトレーニングができるようにするためには、その日のトレーニングの前もって決めてあったスケジュールをいさぎよく変更する。(次のトレーニング日までに完全に疲労が回復しないようなトレーニングはしない)もしも火曜日に月曜日にしたトレーニングの疲労が多少でも残っているようなら、エネルギーの不足によって、筋肉の発達を促すに足る強さのトレーニングを今日することが難しいと知りながら、何故ジムへ出かけるのか。
ユニバーサル・オーバーヘッド・プレスa・スタートb・ミッド・ポイントc・フィニッシュ

ユニバーサル・オーバーヘッド・プレスa・スタートb・ミッド・ポイントc・フィニッシュ

 われわれは普通、トレーニングとトレーニングの間に48時間の間隔を置くことにしている。時にはもっと長く、それが必要だと思えば72時間の間隔をおくこともある。どうか覚えていてほしい。トレーニングの効果をあげようと思うなら、体が先ず前のトレーニングの疲労から完全に回復していなければならない、ということを。

 疲労から完全に回復したときにのみ、われわれの望んでいる筋肉の発達という現象が起こるのである。たいていのとき、レイとわたしは、8日間または9日間を1つの周期として4日のスプリット・ルーティンを行なった。

 ここに、われわれが行なったルーティンの種目とその実行方法を記す。

<1>ノーチラス・ラタラル

 ラタラル・レイズは三角筋の真中のヘッド(ラタラル・ヘッド)を発達させるには最上のものである。ラタラル・ヘッドを発達させることは成人男子が肩幅を広くする唯一の方法であることを記憶してほしい。あらゆるエクササイズについて、レイとわたしは、全力をあげてのストリクト・スタイルで最大限6レップスと、2レップスのフォースト・レップスだけしかできないというウェイトを選定した。ぼくたちは、これをごくまれに2セットすることもあった。

 三角筋トレーニングは、1回おきにノーチラス・ラタラルをレスト・ポーズ・スタイル(1セットのそれぞれのレップを全力を尽くしてあげ、そのあと10秒間休止するやり方)で行なった。ぼくたちは、このレスト・ポーズ・スタイルでの5レップスをするのがやっとだった。このレスト・ポーズの1セットのあとで、普通のヘビー・デューティ1セット6レップスをポジティヴ(ウェイトを挙げる方の抵抗に重点をおく)で行なうのが常だった。第6番目のレップは全力を出し切って行ない、そのあとフォースト・レップスを2レップス行なった。このフォースト・レップスの2レップスの次に、ネガティヴの2~3レップスを行なった。(ウェイトを下げるときの抵抗を重点とする)このレスト・ポーズの1セットと、フォースト・レップスとネガティヴを含む1セットとで、ぼくたちのラタラル・ヘッドは完全に疲労した。

<2>ワン・アーム・ダンベル・ラタラル

 時によってわれわれは、ノーチラス・ラタラル1セットの代わりとして、ワン・アーム・ダンベル・ラタラルを用いることがあった。あるいは、ノーチラス・ラタラル2セットの後で変化を求めて、このワン・アーム・ダンベル・ラタラルを1セット追加することもあった。このダンベル・ラタラルを行なう最上の方法は、空いている方の片手で体を支える支柱を握り体を傾けて支柱から体を遠くする。ある角度で体を傾けると、ダンベルを一番高い位置(筋肉の収縮が最大に求められる位置)へあげたときのダンベルの抵抗が著しく増す。このピーク・コントラクテッド・ポジション(筋肉が最高収縮をする位置)でのウェイトの十分な抵抗は非常に重要である。何故なら、どんなエクササイズをしても、鍛えようとする筋肉の全体を働かせることができるのは、動作の全域の中でこの位置だけだから。

 また、ウェイトを挙げるとき掌(手のひら)は下へ向いていなければならない。こうすることによって、より大きい抵抗を三角筋の真中のヘッドへかけることになる。ダンベルの前部を高くしてこの運動を行なうときは、前のヘッドにより多くの抵抗がかかる。6レップスほどこれをして完全に筋肉が疲労した後で、膝の反動を少し利用するかパートナーの助けを借りて、フォースト・レップスとネガティヴ・レップスを続ける。必要なのはただ1セットである。

<3>プレス・ビハインド・ネック

 三角筋を鍛えるためにプレ・イグゾーション・トレーニング(あるエクササイズをする前に、前もってその筋肉を疲れさせておき、ハンディキャップをつけておくこと)を用いる場合は、ノーチラス・ラタラルをした直後にノーチラス・プレスをするのが常である。

 この2つのエクササイズは1つの器具で行なう。それでラタラルとプレスとの間の休息はゼロである。このことはプレ・イグゾーション・トレーニングには非常に肝要である。この方法でノーチラス・プレスを用いる場合は、フォースト・レップスとネガティヴ・レップスを含むノーチラス・ラタラルの2セットのうちの1セットの後でだけ、これを行なう。レスト・ポーズ・ラタラルの1セットに対応するものとして。

 これ以外のときには、このプレス・ビハインド・ネックをプレ・イグゾーション・トレーニングの一環としてよりは、むしろラタラル・エクササイズの後で独立したエクササイズとして行なう。このような場合、われわれはユニバーサル・マシンでヘビー・ハイ・インテンティ・トレーニング(重いウェイトを用いた強度のトレーニング)の1セットとして行なう。このエクササイズでわれわれができるのは、ポジティヴの4レップスから6レップスである。この後いつものフォースト2レップスとネガティヴ2レップスがつづく。

<4>ノーチラス・リヤ・デルト

 わたしは、リヤ・デルト(三角筋の後ろのヘッド)を鍛えるためには、ノーチラス・リヤ・デルト・マシンが最高だと思う。何故かというと、このマシンでのエクササイズでは、運動の全域に平等に抵抗が行きわたるからである。(すなわち、運動の全域の中で抵抗が他より強く感じられる位置とか他より弱く感じられる位置がない)

 ダンベルでベント・オーバー・ラタラル・レイズをするときは、この器具によるエクササイズほどに効果があがらない。何故なら、ダンベルによる場合は、運動の全域の75%でしか抵抗がかからないが、ノーチラス・マシンでは、運動の全域にわたって抵抗を感じることができるからである。そして非常に軽いウェイトで十分抵抗が感じられるので、これで効果があるのかと疑うくらいである。

 わたしは、何もノーチラス・マシンを売り込もうとしているのではない。しかし、これは十分試してみる価値はあると思う。もし、あなたの手近にノーチラス・リヤ・デルト・マシンがない場合、あなたはもちろんダンベルを用いなければならないだろう。ノーチラス・マシンを用いるにしても、ダンベルを用いるにしても、あなたのリヤ・デルトイド・トレーニングは、6レップスしたら完全に筋肉が疲労するだけのウェイトを用いての2セットに限定しなさい。トレーニングの1回おきに、あなたはフォースト・レップスとネガティヴ・レップスをすることができる。

 もちろん、わたしは、すべての人がノーチラス・マシンを利用できるとは限らないし、すべての人がノーチラス・マシンを使いたがっているとも限らないことを、よくわかっている。わたしがこれまでにも言ったように、どんな特殊なエクササイズをするとか、どれだけ度々エクササイズを変更するかなどは、全く重要なことではない。あるトレーニングでは、フリー・ウェイトだけで、それ以外は何も用いない。また別のトレーニングでは、ノーチラス・マシンだけを用いる。時によって、弟のレイとわたしがするように、2つの異なるものを組み合わせる。


 トレーニングの最大の眼目は、あなたの努力が最大限度であることである。あなたが十分にハード・トレーニングをする限りは、コンクリート・ブロックを持ちあげてでも、鉄道の枕木をあげてでも、立派に筋肉を発達させることができる。もし、あなたが巨大な三角筋をつくろうとほんとうに決心した時は、あなたは熱意をもって、必要な強烈さでトレーニングをすることだろう。そしてあなたがそのことを考える時、あなたの筋肉を発達させたいという望みを達成させるのは、熱意であるよりはトレーニングの強烈さであることがわかるだろう。深く深く堀り下げるのだ。そうすれば、あなたは究極的には金を堀り当てるだろう。(了)
[註]私はこの訳文で、マイク・メンツァーが用いているトレーニングの用語を意識的に英語のまま書き表わして、それに註釈をつけた。これは、日本のボディビルダーが英語の雑誌を読むときや、英語を使う外国のチャンピオン達のゼミナールを受けるときに絶えず出てくるそのような専門用語を、今から徐々に覚えていくことが大きく役立つと、私は信じるからである。
カイロで会ったマイク・メンツァー 松山令子

 1972年の秋、私は、その年バクダッド(イラク)で開かれたIFBBの世界とアジアの両選手権に日本チームとして参加し、その帰途パリへ立寄るべく飛行機の乗継ぎのためカイロ空港に立寄った。一行は、末光健一、川上光正の両選手と、役員として遠藤光男氏と私という4人であった。

 1972年、それは、IFBB・JAPANにとっても、また私個人にとっても忘れがたい衝撃の年であった。前年から計画を立て、シュワルツェネガーとコロンブを日本へ招いて、第1回IFBBオールジャパン・コンテストを開く準備中であった初代会長・松山巌は、この年の4月のコンテストの40日前に急逝した。

 会長を継ぐ人のないままに、私は松山巌の遺志を実現すべく捨身でこの計画を引継ぎ、涙をこぼしている暇もなく働きに働いて、4月、予定どおり、シュワルツェネガーとコロンブを招いて、第1回オールジャパン・コンテストを開いた。

 大会は未曾有の成功であった(経費以外の点では)。これは、私の努力と、故松山巌を愛し、理解してくださった多くの方々の支持の賜であった。私はいまでも、当時の支持を賜った人々への感謝を忘れない。

 そしてこの年の秋、私たちは日本チームを編成して、バクダッドでのIFBBの世界およびアジア両選手権に参加した。末光健一選手は思いがけず、世界およびアジア両コンテストで輝かしいショートマン・クラス優勝を果たし、私たちにとっては、凱旋にもひとしい楽しい帰路であった。

 カイロ空港の2階にある広いレストランは、1人もウエイトレスがいなかった。黒い皮膚の頭も腕も足も、みな白い木綿の布でかくした服装のウエイターが、ゆっくりゆっくり食物を運んでくるのが、私達には物珍らしかった。カイロのパンは、重くて固くてザラザラで、石のようにおいしくなかった。コーヒーは黒くてドロッとしていた。空港からは何ひとつ美しい景色は見えない。

 こんなカイロだけれど、私は生きているうちに、ぜひもう一度カイロへ来たいと思った。それはピラミッドを近くで見たいという思いからだった。何の器具らしいものもない大昔に、よくあのような大きなものがつくれたと、かねてから人間の能力に限りない興味を抱いていた私には、ピラミッドは何としても近くで見たいものだった。

 そういう私の念願は、あれから10年目に果された。今年、エジプト連盟が、カイロでIFBBの世界選手権を開催せられたからである。

 エジプト連盟が、参加54ヵ国からの百何十名かの選手と役員のために用意してくださったのは、カイロのギザのピラミッドのふもとに建っている極めて近代的なホリディ・イン・ホテルであった。

 ホテルの中は、まさに20世紀の文明があふれ、一歩ホテルを出ると、数千年前と同じピラミッドがある。ホテルの部屋々々の窓からは、眼の先にピラミッドが見えた。

 私たちは1週間ピラミッドを眺めてくらした。ホテルの広い庭は緑の木々と芝生で覆われ、その中に青いプールがあり、プール・サイドにはいちめんにデッキ・チェアがならび、色とりどりのタオルで、まるで花園のようだった。

 各国の選手たちは、オイルを塗り根気よく日焼けをした。プールのまわりは、一種のプレ・ジャッジング場でもあった。

 私は、プールサイドのレストランの軒下の日影の椅子に坐って、何時間も各国選手達の体の品定めをして倦きなかった。凄い腹筋があるかと思うと凄い背中がある。ピラミッドとボディビルダー、それは奇妙なとりあわせのようでいて、決してそうではなかった。どちらも人間の夢の実現であった。

 前置きが長くなったが、こんな晴々しいホリディ・イン・ホテルのロビーに、マイク・メンツァーが現われた。彼は、この選手権取材に来たCBSTVのスタッフの一員としてきたのだった。

 マイクが現われると、忽ち人々が寄ってきて記念の写真を次々ととる。彼は温厚で明るくて感じのいい紳士である。すでに彼と私の間で、今度のオールジャパン(10月17日)に彼を招く話が決っていたので、その打合せをした。2人きりになるチャンスはないから、もちろん、大勢の人々のいるところでである。

 特に好きな食物、きらいな食物は、と聞くと、特別な好みは何もないという。日本について特別な趣味や、特に欲しいものは、と聞くと、これにも特別なものはないという。日本で特に訪れたい場所は、と聞くと、観光は好きだが、特にいきたいと思う場所はない、という。

 そして、彼の方から、日本へ招かれた友人が、みな松山夫人が世話してくれるから心配はいらない、というので、自分も安心している、といった。

 10月10日のオリンピア・コンテストの帰途、一緒に日本へ来ようという話で、私が彼を日本へ連れてくるか、それとも、彼が私を日本へ連れてくるか、と冗談で尋ねると、彼は、自分があなたを日本へ連れていく。大きなバスケットを買って、そこへあなたを入れてさげていく、といい、まわりの人々も大笑いだった。

 ともかく、彼の来日がいい結果を生むように祈っている。(1981.10.2.)
月刊ボディビルディング1981年11月号

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