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★ボディビルダーの道しるべシリーズ★
疲労回復の科学的研究〈6〉

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月刊ボディビルディング1982年1月号
掲載日:2020.08.25
筆者=ジョー・ウイダー(マッスル・フィットネス発行者)
訳者=松山令子
監修=後藤紀久(医学博士、国立予防衛生研究所主任研究官)

第三章ムード(気分)

 このシリーズのこれまでの何回かでわれわれは、疲労回復のためには適当な睡眠が必要であることと、また、疲労回復のさまたげとなるストレスの解消方法などについて語ったが、今回はボディビルダーがトレーニングに励むことが出来るためには、ぜひ考慮せねばならないムード(気分)について語ることにする。
 先ず、問題提起は“人間は機械ではない”という事実から始まる。人間は感情と知性を持つ生きものである。あなたは、自分は何々をなし遂げたいと明確に考えているかも知れない。そして、それを実現するにはどうすればよいかという、そのプランを持っているであろう。しかし、そのプランを実行するのは、思ったより容易ではないことも知っているかも知れない。
 どんなボディビルダーでも、次のようなことを経験したことがあるはずである。すなわち、ジムへ出かける前には、今日はあれとこれをしようとプランを立て、はり切った気分でジムへはいっていったにもかかわらず、いざ、トレーニングを始める段になると、さっぱり気が入らず、ただ形だけのおざなりのトレーニングをして、その日が終ったというような経験である。
 筋肉を驚くほど発達させるには、自分のすべてを投入して、気の入った正しい、そして烈しいトレーニングをする以外にない。もしあなたが、気が進まず、充分に自己のありったけの力を使うことが出来るトレーニングが出来ない場合は、コンテストで優勝するだけのねうちのある発達はとても期待できない。だから、あなたが、コンテストで優勝するためには、
先ず、トレーニングの際に、心の中にいいトレーングをしたいという充分な意欲と意志を湧きおこさせることが絶対に必要である。
 疲労と過剰トレーニングは、好結果を生むための強化トレーニングを阻む障壁である。しかし、トレーニングを阻むものとしては、この疲労と過剰トレーニングの外に、人それぞれの個性にもとづく感情的要素がある。それがあなたのトレーニング意欲を低下させて、いいトレーニングをさせなかったり、また反対に、ジムで一番素晴らしいトレーニングをするようにあなたを鼓舞する。
 感情的エネルギーは、肉体的エネルギーと同様に、ボディビルダーには重要な要素である。あなたがボディビルダーとしての大成を望むなら、この感情的エネルギーをいつも気をつけて保全し、つまらないことでそれが傷つかぬように守らねばならない。
 この感情的要素の中のひとつの面は“ムード(気分)”である。ムードは、そのときそのときのあなたの精神状態とか、体が元気であるかどうかによって左右される。
 われわれは、よく“いいムード”とか“わるいムード”とかいう言葉を使う。そしてわれわれは、気分が高揚しているときは、エネルギーと希望に満ちていることを知っている。また、気分が沈んでいるときは、だらけて悲観的になることも知っている。このようなムードの高低のゆれ動きがあるのは人間にとってきわめて正常なことである。
 人間は、その環境に順応することを生まれつき知っている。ネプラスカの初期の頃の開拓者たちは、嵐が戸外で吹き荒れている間は、否応なく何週間でも、何カ月間でも、小さな丸木小屋の中で、何もせずにじっと座って嵐の過ぎるのを待った。すっかり意気消沈して、何ひとつしようと思わない。したがって少しもエネルギーを消費しようとしないそういうあり方は、その時の現状に順応するという意味では実によい。
 しかし、ミスター・アメリカ・コンテストを目前にして、戦う準備に没入しているボディビルダーに状態が起こるのは決してよいことだとは云えない。
 意気消沈は、ボディビルダーにとって2通りの意味でマイナス―彼自身の敵である。すなわち、そのような状態のときは決していいトレーニングが出来ず、したがってトレーニングから最大の効果をあげることが出来ない。また、意気消沈のムードはその度合がひどくなると、肉体に影響を及ぼし、ストレスが大きくなり、疲労回復のプロセスをさまたげるようになる。
 全く、深刻な意気消沈(うつ状態)は、すでにひとつの病気である。医師の適切な治療が必要である。現在では抗うつ薬が一般的に用いられている。例えば、躁うつ病患者の気分の烈しい高揚と、意気消沈の波をなだめる薬として非常に効果があるとされているリチウムと同じようなエラヴィルとか、トフラニールが用いられる。
 しかし、そういう医師の治療を必要とする、ほんとうの病気としてのうつ状態ではなく、もっと一般的で、症択の軽いうつ状態の型がある。これは、誰にでも時と場合によって起こり得る種類のものである。
 こういううつ状態が、普通の人―来る日も来る日もジムへ通い、苦しいトレーニングをつづけ、一方では厳重なダイエットを実行するなどという難行苦行を必要としない人々にあってはこの種の普通のうつ状態は、さして体を衰弱させるという心配は少ない。
 しかし、ボディビルダーにあってはほんの軽徴なうつ状態であっても、これを軽々に見過ごしてはならない。本気でこれに対処すべきである。
 これを解決するために最初になすべきこと、それは、何故自分の気分が沈むのか、その理論的な原因をさぐり出すことである。もしあなたが、疲れやすいとか、頭がぼんやりするとか、また、ある期間食欲が進みすぎるとか、あるいは食欲がなくなるとか、長期間の胃の不調、消化不良、頭痛などの症状があるなら、それはその時の直接な理由があるはずである。
 ボディビルダーであるあなたにのような徴候が現われたときは、これは過剰トレーニングが原因である単なる疲労からなのかどうかを考えてみなければならない。あるいは、前号までに述べた睡眠とストレスという2つの観点から調べてみる必要がある。
 先ず、あなたはよく眠れるか?あなたは大きいストレスを持っており、それをうまく処理していないのではないだろうか。あなたは、もっと自分の気分を引き立て、感情のバランスを取り戻すために、もっと多くの休暇をとり、もっとリラックスするための方法を工夫しなければならないのではないだろうか。  (以下次号へ)

≪解説≫…医博・後藤紀久
躁うつ病―この病気は、認めうる原因、動機なくして自然に起こる内因性精神病の1つといわれていたが、現在では原因も生化学的にかなりわかってきている。
 この病気は、躁状態(躁病)と、うつ状態(うつ病)の2つの相にわかれ「躁」は気分の高揚、ならびに多動、多弁を示す相で「うつ」は気分の沈下と寡黙を示す相で、両相は山と谷の関係に当る。
 しかし、これは必ず躁とうつを繰り返すとは限らず、両相性といって、躁だけを繰り返すものと、うつだけを繰り返すものとがある。
 この他に、初老期に起こるうつ病で初老期うつ病というものがある。これは、躁うつ病の晩発型と考えられている。
 一般的に、うつ病は、まじめで、きちょうめんで、仕事熱心な人がかかりやすい。うつ状態は、躁状態の数倍から10倍以上の頻度で認められる。
 躁うつ病の症状は、気分の異常(病的爽快、病的憂うつ)を主徴として、行動や思考の変化(行動の活発化と不活発化、考えの楽観と悲観など)、そして不眠などの生理的変化も伴なう。
 これらは一定期間をへると自然に治り、また反復しやすい特徴をもつ。うつ状態では自殺の危険性が高く、躁うつ病が原因での自殺は、しばしば新聞などで周知の事実であろう。治療としては、抗躁薬、抗うつ薬の投与による薬物療法が用いられる。
 次回には、うつ病の薬、うつ病と自殺の関係についての最近の知見にふれたい。
月刊ボディビルディング1982年1月号

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