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☆ボディビルダーの道しるべシリーズ☆ 疲労回復の科学的研究<9>

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月刊ボディビルディング1982年5月号
掲載日:2020.09.03
筆者=ジョー・ウイダー (1936年以来の偉大なトレーナー) 訳者=松山令子(JFBB副会長) 監修と解説=後藤紀久(医学博士、国立予防衛生研究所主任研究官)

第五章 栄養状態によって左右される疲労回復のプロセス

効率よく疲労回復をはかるには、蛋白質と同時に、炭水化物がバランスよく含まれている食事をつづけることが必須条件である。

 われわれはこのシリーズで、すでに何回かにわたって、疲労回復に影響するいろいろの因子について論じ語ってきた。そして、それらの因子としての睡眠、ストレス、精神状態、オーバートレーニングについてはもう述べたがここにまだ語られていない重要な問題がある。それは、栄養状態が疲労回復のプロセスにどんな影響を与えるかについての考察である。

 ボディビルダーというものは、コンテストで戦うことを目的とする限り、否応なしに1つの難問題に直面する。つまり栄養摂取についてである。それはひと口にいえば、ボディビルダーの体全体の筋肉を発達させ、かつ疲労回復を増す目的での栄養摂取の内容が彼がコンテストのために必要なカットとディフィニッションをつくる目的での体脂肪除去のプロセスとうまく嚙み合わない、ということである。つまりビルディングを目的とするダイエットとシェイプ・アップを目的とするダイエットが必ずしも同じではないということである。

 いうまでもなく、あらゆる点においてボディビルダーはひとりひとり条件が異なる。したがって、この栄養摂取の内容について、各人が各様に研究して自分にふさわしいものを見つけ出さねばならないことは言うまでもない。

 同じエクササイズをしても、ひとりひとりその結果が違うように、同じダイエットでもそれが各人に同じ結果をもたらさない。ボディビルダーはいろいろの試行錯誤を経て、自分の目的達成のために最善のダイエットを見出さねばならない。その目的がビルディング(筋肉の)であってもシェイプ・アップ(脂肪落とし)であっても、何れの場合も疲労回復のプロセスが完全に遂行され得るダイエットでなくてはならない。これが最も重要な点である。

 何故ならば、疲労の回復が充分に果たされない場合は、体力は消耗し、意気は消沈し、トレーニングを続けることができないから、ボディビルの目的から脱落するほかないからである。

 問題の焦点は、“最大限に疲労回復の実をあげながら、なおかつ脂肪を落としてディフィニッションをつくるためにはどのような食事をすればよいか”である。ディフィニッションをつくるのを目的とする時の食事は、疲労回復を目的とする食事としては不充分であるだろう。しかし、とにかく自分がその日のトレーニングで使ってなくしたエネルギーを取り戻し得るだけの食物をとることは、ボディビルダーには絶対に必要な条件である。

 体を維持するために必要なカロリーの基準数字は簡単にわかる。(どの栄養学の本にも出ている。)しかし、それぞれに異なる環境に生きている個々の人々の必要カロリー数はどこにも表わされていない。それは各人が自分で見つけ出し、それに基づいて自分特有のダイエット・プランを創造する以外にない。

 栄養摂取という観点から、われわれの食事の内容は、質と量の2つの面から規定される。質的には蛋白質、炭水化物、脂肪、ビタミン、ミネラルを組み合わせたものである。量的な面は、各人が生活している環境によって決まる。

 もし、あなたが、ボディビルダーがしているような普通でない体の働きをあなた自身の体に命じて行なわせる場合は、それにふさわしい食事をとり、それにふさわしい栄養状態を維持していない限り、あなたの生理的機能は疲労回復の課業を果たすことは出来ないのである。

 ある1つの定義によれば、すべての自然の食物は、人間の体の中に入って体を成長させ、体の機能を維持させ、筋肉組織を再生、成長させ、エネルギーを補給する、そういう何れかの働きをする物質を含んでいる、とされている。

 自然の食物の中に含まれているこれらの諸物質は、普通の人にとっても、とりわけボディビルダーにとっては、生きていく上に欠くべからざる必要なものである。ビタミンは他の食物を人間が消化するのを助け、かつ体を健康に保つ上にまことに有効な複合的物質である。

 ミネラルは無機物の栄養素であり、たとえば銅、カルシウム、燐などである。これらはわれわれが生命を維持する上に非常に重要なものである。これらは自然の食物の中に含まれてわれわれの体内に入るが、これを摂取するための栄養補給品として出来上がったものから摂取することもある。

 蛋白質の働きは、失ったり減少したりした筋肉組織を元通りに回復し、あるいは元以上に大きく発達させることである。

 枯渇したエネルギーは炭水化物と脂肪を補給することによって補充される。失ったエネルギーを補充する分量以上に炭水化物と脂肪を摂取すると、体重が増加する。もちろん、この増加した体重は脂肪である(ボディビルダーがふやしたい体重は、脂肪ではなくハード・トレーニングにより発達した筋肉の重さであることはいうまでもない)。

 ほとんどのボディビルダーの主たる関心事は、如何にして充分な蛋白質を摂取するかにかかっている。それは、それほど難しい問題ではない。卵と魚肉、鳥肉を多く含む食事は、たとえどれほど最大の力を要するトレーニングをしているボディビルダーに対しても必要な蛋白質を充分に供給することが出来るし、かつそれは極めて人間にとって適当な上質の蛋白質なのである。

 ボディビルダーは、この卵、魚肉、鳥肉という自然食品の動物性蛋白質を充分とるほかに、1日に1回くらい、プロティン・ドリンク(ミルク・卵入り)を1杯飲むと、蛋白質摂取の念押しとなる。ただし、このような加工蛋白質は何といっても自然の蛋白質には品質においても効果においても匹敵しない。だから、このような加工プロティンを重視し過ぎないよう、頼り過ぎないように。いい体をつくりたければ必ず自然の生鮮食品からの蛋白質をとることが成功への近道である。

 ビタミンとミネラルについては、ボディビルダーは一般の人々よりは遙かに大量のこれらを摂取すべきである。自然食品を食べることでこれらを摂取しようとすれば、非常に大量に食べなければならない。だからビタミンとミネラルについては、それらを供給するための栄養補給品を安全な分量だけとればよい(これらのものも必要以上にとると害が起こる)。

 これらの事柄のほかに、ボディビルダーには他のスポーツマンと異なる点がある。それはボディビルダーに特有な特殊なダイエットである。ボディビルダーは、コンテストでの戦いに備えて筋肉のたくましさをあらわすためにカットとディフィニッションをつくるが、そのためには体から脂肪を落とさなければならない。

 ところがボディビルディングの烈しいトレーニングには、エネルギー源として脂肪よりはグリコーゲン(糖原質)を必要とする。このグリコーゲンは、主として炭水化物から得るのである。

 この文の冒頭で述べたように、ボディビルダーは筋肉を発達させる目的のトレーニングには炭水化物の摂取が必要であり、カットとディフィニッションをつくる目的では炭水化物の摂取量を普通以下に減らさねばならぬ。どちらもボディビルダーにとっては必要なプロセスである。この筋肉を大きく発達させるのに炭水化物をとることの必要性と、カットとディフィニッションをつくるために炭水化物の摂取を控えるという両立しない立場におかれる。

 しかし、これは解決できない問題ではない。ボディビルダーがカットとデイフィニッションを目的として炭水化物の摂取量を必要以下に減じるのは、コンテスト前の60日~90日の間に限って行なうべきで、これ以上長期にわたって行なうと悪いことが起こる。

 極度に炭水化物を制限しながら運動すると、体はその必要なカロリーを脂肪を燃焼させてつくることになる。それによって脂肪を落とすことになる。けれども、これは体にとって決して生理的に安全なことではないことを知らねばならない。

 さらに附言すれば、脳もまた、その活動のエネルギー源としてグリコーゲンをつかう。だから、炭水化物の供給が不足するときは、その結果として脳のはたらきが低下し、神経の反応が鈍くなったり常態を失ったりすることがある。

 現代では、いろいろな知識を貯えているチャンピオン・ボディビルダーたちがエアロビック・エクササイズ(ジョギングやサイクリングのような酸素を多く使うエクササイズ)とウェイト・トレーニングを併用することによって上手に脂肪を燃焼させて除去する方法を採っている。この方法によって彼らは、今までのように極端に炭水化物の摂取を制限せずに、適当な必要量の炭水化物をとり、より自然な新陳代謝によって脂肪を落とすことに成功している。

 人間も自動車も同じように燃料を燃やしてカロリーをつくり、それで働くものである。この燃料が、人間にとっては食物なのである。だから、体の機能が最高かつ円滑に働き、最も効果的に筋肉組織を修復して最大限のエネルギーを得るためには、質量ともにバランスのとれた栄養摂取の出来る食事が必要である。このことは、われわれの食事に20%の蛋白質と54%の炭水化物と26%の脂肪、それに必要なビタミンとミネラルが含まれていることが必要だという事実を示している。

 この数字は必ずしも万人にとって絶対のものではない。人はそれぞれその生活様式によって、必要とする栄養素を異にするから。ボディビルダーにあっては、この数字よりやや蛋白質の量をふやし、幾分か脂肪を減らすことが理想的な食事であるだろう。

 ここで見過ごしてはならない大切なもの、それは炭水化物である。ボディビルダーは伝統的に、コンテストの準備期間中、極度に炭水化物をとらないのが普通となっている。これは、炭水化物は体内で脂肪となるだけであり、筋肉を発達させる面では少しも役に立たないという誤った観念が、ボディビルダーの間に広くいきわたっているからである。

 このような考え方に基づいて、多くのボディビルダーは次の事実を見落としている。それは、烈しい瞬発力を必要とするスポーツのトレーニング(例えばウェイト・トレーニング)では、短時間に大量のエネルギーが必要なときは、脂肪を燃焼させてエネルギーをつくるよりは炭水化物を燃焼させてつくる方が遙かに体にとって都合がよい、という事実である。だから、エネルギーを大量につかう烈しいトレーニングは、炭水化物を摂取せずには不可能であると言っても言い過ぎではない。

 炭水化物が体に欠乏すると、人間の体にはいろいろな故障が起こる。炭水化物は、体にとって蛋白質と同様に必要欠くべからざるものである。炭水化物の体内での欠乏による病気については、次号で詳しく述べることとする。

<解説>…………医博・後藤紀久

 蛋白質、炭水化物、脂肪、グリコーゲンについては、以前に別のシリーズにおいて解説したので、今回はビタミンとミネラルについて解説する。

 ビタミン――人間の正常な発育と栄養を保つのに不可欠な微量の栄養素であるが、それ自体エネルギーの供給源となるものでなく、体の主要構成分でもないが、微量で正常生理機能を調節し、完全なる新陳代謝を営ましめる有機化合物である。ビタミンが欠乏するといろいろな障害を起こし、いわゆるビタミン欠乏症に陥る。そうかといって、ビタミン摂取の十分な者にさらに与えても効力はない。極端に過剰に与えるとビタミン過剰症となる。

 ミネラル――水以外の無機物質を一般にミネラル(鉱物質)と呼ぶ。これらは、骨格ならびに歯の構成分として存在するもの(Ca、P、Mg等)、軟部組織の構成分として存在するもの、蛋白質や脂質等と化合して存在するものもある(P、Fe、K等)。また、体液中に主として塩類として溶解し存在するもの(Ca、Na、K、Mg、Cl)がある。これらの生理作用は多種多様で、各元素において異なる。
月刊ボディビルディング1982年5月号

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