フィジーク・オンライン

☆ボディビルダーの道しるべシリーズ☆
疲労回復の科学的研究<12>

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1982年11月号
掲載日:2020.09.17
筆者=ジョー・ウイダー
(1936年以来の偉大なトレーナー)

訳者=松山令子
(JFBB副会長、国際担当)

監修と解説=後藤紀久
(医学博士、国立予防衛生研究所主任研究官)
 ボディビルダーに関係のある面でのリラックスの方法には次の3種類がある。

<1>積極的(能動的)リラックス法

 緊張によって収縮している筋肉を自分から体を動かすことで伸長し、そこからリラックス状態になる方法

<2>消極的(受動的)リラックス法

 緊張して収縮している身体各部の筋肉を、自分から体を動かすことなく、全身の筋肉の収縮を一度に解きほぐすことを学ぶことにより、リラックス状態になる方法。

<3>精神的(心理的)リラックス法

 人間の体の筋肉は、精神的な不安やいら立ちに反応して緊張し、収縮する。この筋肉の緊張や収縮を起こす原因となる感情的な不安やいら立ちをしずめることによって、リラックスの状態になる方法。

 さて、第一の積極的、能動的リラックス法は、一般的に、ストレッチングのエクササイズや、ヨガのウォーミング・アップ・エクササイズのある種の運動をすることによって、筋肉の収縮をほぐして、リラックスの状態にはいることが出来る。

 トップ・ボディビーダーの中には、トレーニングの前にストレッチング・エクササイズをする人が少なくない。例えば、あのとてつもなく発達した大腿を持っているトム・プラッツもそのひとりで、彼はあの有名な巨大な筋肉の脚をまるでプレッツェル(紐をむすんだような形に焼きあげたビスケットのようなお菓子)のように、自由自在にまげたり、ねじったりすることが出来る。

 このことは、あの〝ボディビルダーの体は概ね柔軟性に欠ける〟という説と両立しないものだ。しかし、ボディビルダーが柔軟性を増すためにストレッチング・エクササイズをする場合には、特に力の強いボディビルダーは細心の注意が必要である。というのは、力の強さにまかせて筋肉を強く伸ばすことから、スジちがいを起こす危険があるからである。

 第二の消極的、受動的リラックス法とは、第一の積極的、能動的リラックス法が、緊張し収縮した筋肉を伸ばして緊張からときほぐす方法であったのと異なり、これは、最初から身体をそのような緊張状態にならぬような工夫を学んで身につけ、それを実行して、つねにリラックス状態にあるようにすることである。

 ほんの少しの間、腰をかけるか或は静止した姿勢で立って、深呼吸をしながら、自分の体のどの部分の筋肉が緊張しているかを見つけなさい。われわれ人間には、気がかりや心配事があると、無意識に身体のどこかの筋肉を緊張させて、それを表現するという習慣があり、自分がそのような習慣があることに殆ど気づいていない。

 だから、改めて自分自身を冷静に観察して、自分がどこの筋肉を緊張させているかを発見するテクニックを身につけなさい。ときどき、している仕事の手をとめて、自分の身体が緊張しているかどうかをたしかめなさい。緊張しているとわかったら、腰かけるか、或は横になって、体中の力を抜き、緊張をときほぐして安息状態に入るよう努力しなさい。

 これを規則正しくくり返しなさい。そうすれば、あなたの身体に緊張から生じる故障の起こる回数が、今までよりも遥に減る。
 あなたの身体を緊張させる原因になったと思われる種々の現象をなるべくくわしく記録しておきなさい。いうまでもなく、あなたはストレスが起こると精神がそれに対応して、結果的にある筋肉に収縮を起こさせるのだという事実をしっかりと頭に入れておくべきである。

 さらに、ある種の刺激がくり返され人がそれに慣れるときは、その刺激へ反応することが小さくなるということが判っている。だから、現在、人間の恐怖心や憂悶を取り除く方法として、この慣れさせるという手段が用いられている。ともかく、少しずつそれに慣れさせていくと、やがては心がそれに反応するのをやめるのである。

 ストレスの原因となっているのが、単なる気分的なものでなく、現実の生活の中での現実の困難な問題である場合は、直ちにそれと取組んで解決する努力をせねばならない。

 このような現実の困難事を抱えており、それがストレスの原因となっている場合は、しばらく他の問題はそっとしておきなさい。その主要な困難事が終るまで。人は一度にいくつもの困難事に対処することは出来ない。緊急な問題から次々と解決していくことが大切である。

 生活の中の現実の困った問題でなくて、あなたの心を苦しめるところの思い過ごしとか、取越苦労(例えば、今度のコンテストで自分はどのように戦おうか、などというような)などの解消法としては別なテクニックを用いるのがよい

 体を横たえて、何もせず前述のようなリラックス状態に自分の心身を深く浸しなさい。そして自分がほんとうにリラックスしていると感じたら、そのとき改めて、現在、あなたの心を苦しめている問題を心に思い浮べなさい。

 但し、この時最も大切なことは、あなたの体を決して緊張させないことである。体を完全なリラックス状態に置いて心配事を考えなさい。そうすればあなたは同一の心配事に直面しているとしても、以前よりははるかに冷静な気持でそれに対処することが出来るのがわかるだろう。このようにすれば、体の緊張を抱くことなしに、心配事を処理することが出来る。

 さて、いま、あなたの心配事を思い浮べるに当っては、それぞれの悩みがうまく解決された時のあなたの幸福な状況を予想しなさい。コンテストで優勝すること、筋肉がもっともっと発達すること、体重がふえること、ガール・フレンドが出来ること、或はサラリーが上ること、事業で成功すること、などなどである。

 ここで最も注意すべきことは、このような幸福な未来の予想をしながら、さきに述べた恐怖や失敗などから起るのと同一の身体の緊張をよび起さないように気をつけることである。

 幸福な解決を思い浮べながら、静かなリラックスした状態へ自分を置きなさい。肉体的にも精神的にも平衡のとれた状態にあなた自身を置きつつ、自分の世界を展望する習慣を身につけること、これが即ち最高のリラックス状態になるための最良の鍵である。

 以上のリラックスの方法よりもっと奥深くリラックス法をきわめたい人達の次になすべき方法は、メディテイション(瞑想)――心身を平静に保ち、特別なことは一切頭の中から追い出してしまい、考えない状態になることである。

 いわば、心も体も一切の絆から解き放して全く無為の状態に置くことである。この瞑想によれば、普通、睡眠によって人間が回復し得るよりも遥に多くの精神的肉体的エネルギーを回復し得ると、ひろく信じられている。

 この瞑想によって大きいリラックスの効果を得ようとするならば、先づ第一に、瞑想状態になるテクニックを習得せねばならない。人間にとって、何もしないでいる数分間は、数時間にも感じられるものだ。

 どんなコンテストの場合でも、ストレスと緊張は、疲労回復を妨げる二つの大敵である。あなたが、ひとたびこのことを実感すればそのとたんに、あなたが今までマッスル・ビルダー誌の中で読んだもろもろのことが忽ち腑に落ちる。

 例えば、フランク・ゼーンのメディテイションの実行とか、多くのトップボディビルダー達が、つねに精神状態を前向き、希望的に保つことを話しあっていることなどが、なるほどそういうわけなのかと納得がいきはじめる。

 心を平静に鎮め、失敗の心配やおそれを心から一掃する――これらが、ストレスに対処する方法である。

 リラックス状態になること、それは単に一日のうちに数分間実行すればよいというものではない。それは、いつも絶えずくり返し、くり返し実行しなければならないものである。

 また、リラックスすることは努力することの反対では決してない。すべての優秀なスポーツマンは、如何なる種目の運動であっても、力を出すこと、リラックスすることをうまく組合わせる場合にこそ、最も強い力を発揮出来ることを知っている。

 いつのトレーニングの場合にも自己の持っているエネルギーの殆ど100%近くを使い切るほどの大きい努力をしなければならないボディビルダーというものは、使い切ったエネルギーを次のトレーニングまでに完全に補給しておき、次のトレーニングを効果的に行ない得るためには、ストレス解消の方法、リラックスする方法、完全に疲労回復する方法をよく知っていて、これを実行せねばならない。

 これの出来るボディビルダーなら数ヵ月もあれば達成出来るくらいの目標に、これを知らないボディビルダーが到達するのには、一年も二年もかかるだろう。いや、永久に到達し得ないかもしれない。

 疲労回復をうまく実行出来るかどうかが、ボディビルダーの成功、不成功をわける鍵である。

《解説》…………医博・後藤紀久

◆ストレッチ体操

 トレーニングを開始する前の準備運動として、柔軟体操は欠かせないものである。特に、しばらくトレーニングから遠ざかっていた時などは、筋力は低下しているのに体重は増加しておりウォームアップ不足で激しいトレーニングを行うと筋の拮抗作用が円滑に行なわれず、思わぬスポーツ傷害を起す原因となる。

 ストレッチングとは筋肉や腱を意識的に伸ばす為の運動であり、アメリカではストレッチング・エクササイズとも呼ばれている。現在ではあらゆるスポーツの準備運動として用いられており、更に健康調整法としてもとり入れられている。

 筋線維に弾性を与え、柔軟性を増し動作をスムーズにし、運動傷害(ギックリ腰、肉離れ、捻挫など)を予防するのに効果が大である。

 特に、筋力の強いボディビルダーでは、余分な力を使わないように体をリラックスさせ、筋の過度の緊張をとくために、この運動をぜひ実行するようにしていただきたい。過度の緊張は中枢神経からの余分な刺激を筋肉へ送り、筋肉は余分な収縮を繰返すからである。

◆瞑想

 ストレス状態から心身の健康を守るのに適していると共に、人間の本来もっている潜在能力を引き出せるともいわれているものの一つに瞑想がある。

 瞑想の効用というものは、現在では生理学的にも解明され、リハビリテーションにも取り入れられている。ヨガや禅でいえば、調息、調身、調心に当り、心の安定を得ようとする一種の自己制御法である。
月刊ボディビルディング1982年11月号

Recommend