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新春座談会 生涯スポーツとしてのボディビル〈後編〉
21世紀に向かっての課題

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月刊ボディビルディング1992年3月号
掲載日:2020.01.27
◎出席者/遠藤光男(日本ボディビル連盟副会長)・磯村俊夫(東京ボディビル連盟副理事長)・増渕聖司(東京ボディビル連盟常任理事)


編集部 ところで増渕さんの場合は、トレーニングを始められたきっかけというのは何だったのですか。

●増渕氏とボディビル

増渕 実は僕は若い頃、ボディビルに本格的に取り組むチャンスを逃しているんです。というのは、今はどうかは知りませんが、僕の大学時代にはちょうどボディビルのクラブがあったんです。それ以前の僕は、陸上競技などをずっとやっていたものですから、細かったけれども脂肪の全くない筋肉質な体でした。そういうこともあって、先輩とか友人から是非やらないかと幾度となく誘われたんですが、それはそれは貧乏な学生だったもので、やりたいんだけれども経済的にそんな余裕などまるで見出せない状況でした。一日一食、ひどい時には、昔流行ったチキンラーメン、それ一つでした。

一同 (唖然として)一つ!?

増渕 あの当時、それ一つで250kcal~500kcalじゃなかったでしょうか。もちろん中には具の類いは何も入れません。麺だけです。そんな状態だったから、正直、このままだと死んでしまうなと思いました。当然、体を壊してしまいました。でも人間というのは、そういう状態に追い込まれると逆に精神力って高まってくるんです。その精神力で飢えというのを何とか凌いだという状態でした。“飢え”なんていうと、現代の日本においては死語になりつつありますが……。

遠藤 それにしてもよく立ち直ったね。

増渕 その後、大学を卒業し、仕事を始めた頃には完全に具合が悪くなりました。ひどい時には、月に3回くらい心臓発作を起こすようになったんです。そして病院に通ったけれども、一向に回復する気配はない。そこで、じゃ逆療法でトレーニングをやってみようと思ったわけです。いわば背水の陣です。

 僕はもともと美大で彫刻や絵画を学んでいたこともあって、人間の究極の肉体美、それの完成を目指すボディビルには強い関心を抱いていました。ミケランジェロの彫刻などを見るにつけ、本当に心の底から純粋に美しいと思ってましたからね。そして自分も是非ああいう体になりたいという憧れを抱いていたんです。

 今、当時を振り返ると、ボディビルというのは本当にすごいな、苦しかったけど、やって良かったと心底思います。当初はベンチプレスをやっている最中に脈拍が200くらいに上がって、息苦しくなり、よく発作を起こしたりしていました。が、それでも続けているうちに、その発作が二ヵ月に1回、三ヵ月に1回とだんだん遠のいていくんです。そして始めて2年目くらいには完壁にそれはなくなりました。

磯村 そんな思いまでしてよく続きましたね。途中でもうやめようなどとは思わなかったのですか。

増渕 それはありませんでした。天の邪鬼なんでしょうか(笑)、当時、もちろん止められましたが、そう言われると逆に発奮するところがあるんです。とにかく中途半端なことだけは嫌いでした。

磯村 でもあまりやり過ぎると、もしかしたら心臓が止まってしまうという恐怖感のようなものがあったのではないですか。

増渕 それはありました。たとえば腹痛などは、たとえ七転八倒しても、死という観念は抱きませんが、心臓発作の場合は、もしこのまま心臓が止まってしまったらという恐怖感が絶えず付きまとっていました。止まってしまえば、それで終わりですからね。なんとなく儚さを感じるだけに恐怖感も大きかった。でもトレーニングを続けているうちに、発作もなくなり、健康を取り戻した時には、もうこれしかないと実感したものです。
 
 そして因果なことに一番年をとって始めたこのボディビルが、若い頃に経験したどのスポーツよりも成績が良かった(笑)。
編集部 なるほど。増渕さんの場合には、芸術と病苦との闘いといういわゆるご自身の学問と人生が密接にボディビルと結び付いておられるのですね。これではボディビルが一生の友となっても不思議ではありませんね。

 それにしてもそういうお話を伺っていると、現在は本当に豊かな時代になったなと感じますね。その意味ではボディビルも、今日の経済成長と歩調を合わせるようにして台頭したと言っても過言ではないのではないでしょうか。一体、誰が今日のこの発展を予測していたでしょうか。

増渕 そうですね。我々の若い頃には全く想像もしてみなかったことです。ところが今、ボディビルと言っても、ほとんど抵抗がないでしょう。

遠藤 だって一般の人が知っているでしょう。昔は「ボディビルやっています」というと、怪訝な顔をされ、「それは重量挙げの一種ですか」ですもん。ところが現在は一般の人達の意識の中にはそれはほぼ浸透してきました。そして今後は、さらにボディビルを発展させていく方策を考えていかなければならない時期ではないかと思います。

 磯村さんのように、コンテスト出場という目標を持ってボディビルを続けていくということもひとつです。それは我々に続く後進にとって大きな励みになるでしょう。ただコンテストに出場するだけがボディビルではありません。増渕さんとか僕は既に現役は引退しているけれども、今も尚、ボディビルを続けているという自負があります。僕は死ぬまでボディビルを続けて、それの良さというのを一生をかけて証明していきたいと思っているんです。

磯村 私は50歳になったら私自身の大きな節目としてさらにもう一度挑戦して、現役でやっているということの証明をしたいと思っています。もちろんその後も、体の続く限りは選手として出場したいという気持ちでいます。

遠藤 もっとも選手というのは、一年、あるいは二年のブランクがあっても、本人のやる気次第でかなりの年齢までは出場できると思います。

磯村 私の場合は、数年前まではいろんなボランティア活動をしながら、選手としてやってきた経験があるので、今後はそういう点において模範となれるところは模範となってやっていきたいですね。

遠藤 だってボディビルの連盟の役員もボランティアですよ。だから是非両立してやっていって欲しいですね。もっとも我々にはその他にジム経営というものもありますからね。
磯村 とにかく生活基盤が第一です。それがまずしっかりしていることですね。

遠藤 そういう意味で、シルバーエイジの人達がどんどんボディビルの世界に入ってきて、ボディビルジムに通う年齢層の幅が広くなればなるほど、言い換えるならば、中学生から70歳の人まで、親子三代という年齢層の人達がジムを利用するようになれば、ボディビルも本当の意味で、社会に認められたという形になると思います。

●上手に年をとろう

編集部 さて、日本における高齢化社会の現状はヨーロッパ諸国のそれに比べて、まだそれほど深刻な問題にはなっていないようですが、いずれはやってくるであろうその問題について、ボディビル界としても真撃な姿勢で取り組み、考えていかなければならないと思います。それはある意味で21世紀に向かっての斯界の課題であるとも言えるでしょう。
 その新時代に向かっていかにして上手に年をとっていくか。生涯スポーツとしてのボディビルこそが他に先駆けて率先垂範していかなければならないと思いますが、いかがでしよう。

遠藤 そうですね。その意味でも、我々の年代こそがまずそれを実践していかなければならないと思います。そのためにもやはり健康でいい年をとっていきたいですね。それがひいては素晴らしい人生にも必然的に結び付いていくのではないでしょうか。
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増渕 若さを羨むような人がたまにいますよね。それは大きなマイナス志向だと思うんです。逆に若い人にはない人生経験とか豊富なキャリアというのを持っているのだから、もっと自信を持ってそれをプラス志向の方に展開していくべきだと思います。それが上手に年をとるということではないでしょうか。そうでなければいつまで経っても良い結果は生まれて来ないと思います。
東京ボディビル連盟常任理事●増渕聖司氏

東京ボディビル連盟常任理事●増渕聖司氏

磯村 とにもかくにも、今後、日本は高齢化社会に向かっていくということは、避けて通ることのできない現実問題なのですから、我我ボディビル界の人間も真摯な気持ちでかつ前向きに取り組んでいかなければならないでしょうね。

増渕 “生涯スポーツ”という言葉はさまざまな分野で言われていますが、ボディビルくらいですよ。

遠藤 そう。単なる謳い文句ではなく、実践しているのはね。

増渕 たとえば他のスポーツだと、言葉は悪いけれども、年よりの冷や水みたいに、月に一回集まって野球をやってみたり、ラグビーをやってみたり。それは怪我のもとです。普段のトレーニングが何もできていないんですからね。ところがボディビルというのは日々、こつこつときっちり実践でき、それによって肉体的にも、精神的にも絶大な効果を得ることができる。その意味では自画自賛となりますが、ボディビルが最も素晴らしいスポーツではないかと、私は考えます。

磯村 非常に制約も少ないですしね。

増渕 その気になれば、器具なしでもできます。

遠藤 すなわち自分自身に合わせてできるという個別性、それがボディビル最大の特徴であり、魅力でしょうね。
編集部 その意味では、コンテストに出場する人というのは、ジム内でも数える程度しかいないのではないですか。

増渕 一割いないでしょう。

遠藤 うん、いないね。

増渕 目指している人が5%くらい。そして実際に出場してくる人が2~3%、そんなところではないでしょうか。ですから、そういう人達以外の人達に対して、何をどうするかということです。するとここで幅広い意味での“フィットネス”ということが主題として持ち上がってきます。本当の意味でのフィットネスとはどうあらねばならないか。それを考えてみると、先に述べたように、体を整えるということはもちろんのこと、精神面の充実ということも同時に養われていなければならないと思うのです。たとえば、50歳になった、あるいは60歳になったという時に、本当に心の底から幸福感というのを感じるか否か。
 女性の場合は、シェイプアップとよく言われますが、それも同様ではないかと思います。すなわち本当の意味でのシェイプアップというのは、ただ単に体重を減らすということではなくて、それによって精神状態も非常に安定し、爪の先まで、髪の毛の先までも美しい状態でいることを言うのではないかと思うのです。その辺のところが、これまでなおざりにされていたのではないでしょうか。

遠藤 人間というのは、どちらかというと何事も外見のみで性急に判断してしまいがちですが、真の健康というのは、外見だけではない。もちろん肉体面における内蔵の健康ということもありますが、精神面における内なる健康というのも重要なわけです。すなわち肉体と精神というのは同行していなければ、本当の意味で健康を保っているとは言えないのではないかと思います。

増渕 もちろんたとえ一生懸命トレーニングして、コンディショニングしても、老化というのだけは誰も避けられないことです。すると当然、それに従って病気になる確率というのも高くなる。そのことを悲観するのではなく、逆にその病気と上手につき合えばいいと僕は思っています。

 実は僕は、ストレス性胃潰蕩なんですよ。仕事を二つ持っていることもあって結構、ストレスがたまるんです。ところが医者には絶対にいけない、もちろん自分自身でも常識的にはよくないとわかっているんですが、ウイスキーをばんばん飲んでリラックスさせる。
遠藤 逆療法!?(笑)

増渕 そうです。僕の場合、その方法が多い(笑)。医者から「もう切らなければいけない」と一言われた時に、「ちょっと待って下さい。まだコンテストに出たいという気持ちがあるから」なんて言って断った経験があります(笑)。

遠藤 もしかすると、酒で直るかも知れないと(笑)。

増渕 毎日、ウイスキー一本飲んでいましたよ。それで本当に直してしまった。
編集部 へぇ~。トレーニングもやっていたんですか。

増渕 もちろんです。トレーニングをやっている時は、ストレスを忘れますよ。僕の知り合いでも胃潰蕩になった人がいますが、医者からコーヒーはいけない、たばこはいけないと言われて、それを忠実に守っている。この人は絶対に神経質だと思います。逆にその病気と上手に付き合わなければならないと思うのです。
東京ボディビル連盟副理事長●磯村俊夫氏

東京ボディビル連盟副理事長●磯村俊夫氏

磯村 ストレスのない人なんていないわけですからね。だったら増渕さんの言われるように、そのストレスといかに上手に付き合っていくかを考える方がより前向きではないかと思います。

増渕 そのためにはやはり目標を持つことでしょうね。仕事だけが生きがいになっていた人達が定年を迎え、退職すると突然、放心状態になってしまったというケースも身近にあります。いわゆる痴呆症老人というのは、確固たる目的意識が消失してしまったが故に出現した障害ではないかと思います。

磯村 突然に目の前から目標がなくなって、どうしていいのか分からなくなる。すなわち精神のよりどころがなくなってしまうわけですね。

遠藤 そうですね。やはり積極的に一日一日を生きるということが、その人の人生をいつまでも生き生きと豊かなものにさせるのでしょう。そのためには、増渕さんは目標と言われたけれども、“夢”を持つことだと思います。僕の場合、ボディビルを始めた頃は、朝、目が覚めると腕が少し太くなったんじゃないかという程度の夢でしかなかったけれど(笑)。

磯村 若い頃はそれでいいですよね。

遠藤 そしてジムを開いた頃は、今日は新しい会員が何人入るかなという現実的な夢に変わってきてね(一同爆笑)。

増渕 ところでこんなこと思いませんか。一般の人は中年にさしかかってくると「年はとりたくないものだ」などと言って先に述べたように、若さを羨みます。が、我々の場合は逆に、60、70歳になることに対して、憧れとか、希望を抱く。

遠藤 僕は早く年をとりたくてしょうがない。こんなことを言うと叱られるかも知れませんが、60歳になった自分とか、70歳になった自分を早く見てみたいですね。

増渕 そうでしょう。20年後、30年後の皆が一体、どういうふうになっているか、想像するだけで楽しい(笑)。

遠藤 今、それがすごく楽しみです。どうしてかというと、心身共に健康でいるからです。だから年をとることに対して、全く不安や怖さを感じない。

増渕 たとえば先に話の出たスティーブ・リーブスなど、もういいおじいさんですが、現在でもいいコンディションを維持していますよね。何故ならば、とても同年代の人では考えられないようなエクササイズをしているからです。そういう人が日本においてもそろそろ出始めてくるのが、我々の年代ではないかと思うんです。

 失礼だけれども、我々よりも先に始められた世代の方々というのはボディビルの普及発展、いわゆる行政面にエネルギーを注がれて、トレーニングは同行していなかった面があります。しかしながら我せの年代というのは、連盟の仕事をやりながらでもなんとかトレーニングを続けているようなところがあるでしょう。その意味において、我々の20年後、30年後というのは老若男女を問わずとても楽しみな状況にあるのではないかと想像します。

磯村 是非そこまで元気でいたいですね。元気でいれば、年をとることは決して怖くない。むしろ世の中のいろいろなことが分かってきて、人生が益々、楽しくなります。それをアシストしてくれるのがボディビルではないかと思います。若い時からボディビルに取り組み始め、体が次第次第に変化し、良くなってくるのはすごく嬉しいことです。が、40あるいは50歳を過ぎてから始めて、自分の体が良くなっていったら若い時以上の喜びを感じるはずです。その意味でボディビルというのは、中年から始めても決して遅くはないと思います。

遠藤 そうですね。僕のジムにもそういった人達が何人かいますが、腕が太くなったとか、力がついたというのはすごく嬉しいらしいですね。たまにそういった人達の奥さんとお話しをする機会があって、聞いてみると、うちに帰ってきてシャワーを浴びたら、奥さんの前で必ずポーズをとるらしい(笑)。で、最初の頃は、「随分、筋肉がつきましたね。よかったね」といちいち言っでたんだけども、それが毎日毎日続くものだから、面倒になって最近ではそっぽを向いて「よかった、よかった」と言うと、「ちゃんと見ていない」と怒って喧嘩が始まるという(一同笑)。それくらい嬉しいらしいですよ。

磯村 あるいは上着が着れなくなったり、ズボンがぶかぶかになって「いや~、服が着れなくなってしまったよ。新しくつくらなきゃいけないな」と言いながら、実はとても嬉しい(笑)。

増測 そういう人達は大切にしたいですね。すなわちボディビルというのは、若い人達だけのものじゃないということです。

遺藤 逆ですよ。ボディビルを理解したならば、むしろ若い人達よりも、中・高年の人達の方が長続きします。そして同年代同士の人達がいい意味でお互いに意識し合い、励まし合って取り組んでいる光景を見ると、とても微笑ましいですよね。
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磯村 そういう雰囲気というのはジムではとても大切です。

遠藤 だからジムのコーチというのは、トレーニングのお手伝いはするけれども、むしろそういう雰囲気ができたら、一歩引いて遠くから見守るようにして欲しい。もちろん基本的なことはきちんと指導した上でね。あとは楽しくやってもらいたいですね。

磯村 その意味で我々の果たす役割というのは、今後、益々責任重大になってくるでしょうね。なにしろ後進の人達の目標となるわけですから。大局的に言えば、ボディビルが人類の繁栄に役立つ真の価値観というのを、真剣に考え、そして見いだしていかなければならないと言えるのですからね。

●ジムは専門店

増渕 確かにね。ボディビルのジムなんていうのは、やはり世のため、人のためくらいな気持ちを持っていないとできないですよ。50坪なり100坪のスペースでもって、坪あたりの単価と言ったら、はっきり言ってこれくらい効率の悪い商売はありませんからね。だからと言ってそういう悲観的な気持ちでやっていたら、絶対にできないし、続かない。ましてや現在は、この健康産業に大手がどんどん進出してきている状況です。

 大手と言えば、こんな話があります。ある全国的にチェーン店化しているところだけれども、一つの種目に対して、2セット以上やらせない。どうしてかと言うと、人の回転を効率良くするためだそうです。後楽園ジムの話じゃありませんが、何十人も長い列ができては困るわけです。回転よく商売に結び付けなければならない。そんなところで本当のトレーニングなんてできるわけありません。だから最近面白いですよ。そういったところで物足りない人達が我々のジムに入会してくるケースというのが非常に多い。

 一時期、東京の連盟などでも、資本力にものを言わせた大手の進出はかなり問題になりました。なにしろ我々にとっては死活問題ですからね。ところが本当にやる気のある人達が、おや、何か違う、変だぞと疑問を感じることで、我々のジムに電話をしてきたり、見学にきたりする。そして実際にやってみると、2、3セットやっただけでそれまでとは全く効き方が違うと実感するわけです。要するに、長年の経験によって培われた独自のノウハウ、いわゆるソフト面。それが我々ジム経営者の大きな持ち味ではないでしょうか。だからその特長を十二分に生かしていけば良いと思うのです。

磯村 うちの場合は、近所に大手のスポーツクラブというのはありません。ただその反面、公共施設が多い。とくに江戸川区はそういう施設に力を入れているようで、器具などもかなり揃っているようです。

増渕 でもうちなどは、そういった公共施設から流れてくる人も結構いますよ。というのは、そういうところには指導員がいないでしょう。だからかなりベテランの会員たちがたまたまそこに来ている人に教えているという程度が実状なわけです。従って、そういうところは非常に安い料金でできるわけだけれども、ならばもう少しお金払ってでも正しいトレーニングを教わりたいという形でね。

磯村 ただ公共施設の大きな特長というのは、安い料金面と共に、もう一つ、駐車場を完備しているという点ですね。もちろん地域によっても異なるでしょうが、現在は、“足”の問題というのも、かなり大きいように思いますね。
日本ボディビル連盟副会長●遠藤光男氏

日本ボディビル連盟副会長●遠藤光男氏

遠藤 そういう意味では、駅から徒歩数分というこれまでの固定観念を打ち破った郊外型のジムというのも出現してくるでしょうね。

増渕 遠藤さんのところはどうですか。大手のスポーツクラブとか公共施設から流れてくる人達というのが増えていませんか。

遠藤 結構多いですよ。どこもそうだと思うんですが、だいたい自分のジムの半径数キロ以内に大手が少なくとも一つ、多いところでは三つくらいある。進出して来た最初の頃はやはり嫌だなあと思いました。でもできちゃったものはしょうがない。それは資本主義社会の宿命のようなものですからね。そこで最近は考え方を変えたんです。自分たちの変わりに、トレーニングすることの素晴らしさを無料で宣伝してくれているんだとね。スペースが増えてくるということは、当然、運動する人も増えるわけです。その人達が最後に次第次第に本物志向へと転じ、専門店であるジムに来てくれるんじゃないかと思うんです。
 ですから広い意味で言えば、大手のフィットネスジムができたということは、共存共栄という形で認めていくしかないでしょうね。毛嫌いしてもしょうがありません。どんな業界でもそうじゃないですか。

増渕 昭和40年代には、大手スーパーマーケットが全国に展開していき、それに対して商店街の人達が決起し、大きな社会問題となったことがありました。大手のフィットネスジムと我々のジムの問題もそれに近い状態ではないかと思います。しかしながら遠藤さんの言われるように、大手によって底辺も同時に拡大されているわけですから、あながち悲観の材料ばかりではないと思います。そこで我我は何をすべきかというと、やはり専門的な特長を前面に押し出していくべきでしょうね。

遠藤 ファミリーレストランで食事をする時もあれば、たとえば寿司などは少々高くても、それ専門の店に食べに行ったりするでしょう。満足度はそれぞれに一長一短です。それでいいんじゃないですか。これが逆に一般の我々のジムしかこの世になかったとすれば、果たして現在のようにボディビルに取り組む人は増えていなかったのではないかと思います。前向きに考えれば、そう考えるのが素直だし、世の中の流れに沿っていると思います。

 その意味で、ボディビルは、ボディビル界だけ、フィットネスは、フィットネス業界だけでかたまるんじゃなくて、その垣根を取り除き、将来的には大手の人達と、我々単独でやっているジムのオーナーとの対話の場を設けたっていいのではないでしょうか。いつまでも敵対することはないと思います。彼らもボディビルの良さを知っているわけです。ジムの経営のオーナーが一所懸命に打ち込んでいる姿、コーチの優秀さなどなど。だからこそお互いに自分の持ち味をだして、両者が発展するような話し合いの場を設けるということは、21世紀のボディビル界を占う意味でも今後の大きな課題ではないかと思います。

 これからは設備だけで人を集める時代ではありません。やはり中身の勝負になってきます。だからこそ我々のジムだったら、我々のジムでしかできない、すなわち小回りのきく、綿密な指導という特色を打ち出すことができるわけです。大手は大手で施設を充実させ、尚かつ回転数を高めなければならない。やはり大手には大手なりの苦労もあるわけですからね。

磯村 そうですね。大手になると、何百人もの会員を集めなければやっていけないわけですからね。だからただ単に健康産業は儲かるという意識で始めたところはいつの間にか自然淘汰されてきているのが現状ではないでしょうか。

遠藤 そう。ところが我々のジムというのは、何百人も入れませんからね。ある特定のスペースで当然、人数も制限されてきます。ということはその人達に持続してもらわなければならないわけです。そのためにはどうあらねばならないかです。

増渕 逆に言えば、大手が対応できないところを、我々ジムのメリットとして最大限に活かすということでしょうね。そして先に遠藤さんも述べられましたが、親子三代にわたる年齢層の人達がジムを利用してくれるよう努めることが、ボディビルがさらなる普及発展を遂げる端緒となり、ボディビルが必然的に社会性を帯びてくるということにも結び付いていくのではないかと思います。それが21世紀に向かっての我々の大きな役目ではないかと思います。
編集部 本日は長時間にわたり貴重なお話をありがとうございました。また是非こういった機会を設けさせていただきたいと思います。

構成/本誌編集部
月刊ボディビルディング1992年3月号

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