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第10回 大阪は燃えているゾ!! 関西の未来を背負うヤングパワー達の巻

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月刊ボディビルディング1993年12月号
掲載日:2020.03.10
熱いデッドリフトセッションを繰り広げる、西村(左)と吉田(右)

熱いデッドリフトセッションを繰り広げる、西村(左)と吉田(右)

 前回の『ビバ!パワーリフティング』の取材で大阪の岸和田TCへ行ったのだが、この時西村政志や吉田達也たちが、2週間後に迫ったアジア選手権の為のデッドリフトの最終調整を行っていた。

 彼らの周りには岸和田TCのメンバーの他、最近自分のトレーニングジムを持った荒上義明や、デッドリフトの強い朝倉潤、ジュニアながらスクワットとベンチプレスの強い上田真司など、大阪の元気なパワーリフター達が集まっていた。彼らが互いに檄を飛ばし合いながらのヘビーデッドリフトは、手に汗を握る程迫力のあるものだった。

 今回は、最近とみに強くなっている、そんな大阪の若手の中から、試合が近づくと岸和田TCで調整をしているリフター達を紹介しようと思う。題して『大阪は燃えているゾ!』

■大阪のダジャレ

 9月上旬に台湾の彰化市で行われたアジア大会は、台湾選手(特に女子)の強さがやたら目立った大会だった。しかしもう一つやたら目立った事があった。

 その『やたら目立った事』とは、今回紹介する西村、吉田と、近い将来彼の事を取り上げなくてはと思っている小椋、そして元々は京都、すなわち関西育ちの平櫛の4名の、関西漫才とはこんな感じなんだと思わせる様な、言葉のやり取りの事である。

 私は仕事の都合がつかず、アジア連盟の会議が行われた土日だけの参加になってしまい、実際にはその『やたら目立った事』を体験していないのだが、根っからの東京っ子の小沢選手(90kg級日本チャンピオン)などは、あまりのスピードについて行けず、目をキョロキョロさせているばかりだったそうだ。

 私も学生時代の4年間だけ、関西に居た事があるが、東京の人間が突然関西に行くと、まるで外国へきてしまったかの様なカルチャーショックに襲われるのである。同じ日本でまさかそんな事が? と思うかも知れないが、確かにそこに流れる空気は違うのである。

 ポンポンとスピーディーな言葉のやり取りは、初めて聞く耳には異様なのだが、この空気の中に居ると、早い者は一週間もすると慣れてしまう。そんな独特の『ダジャレ』が有るのだ。一度その中に入ってしまうと、誰とでもすぐ友達になれる、不思議に居心地の良い雰囲気。今回は台湾への海外遠征チームの中に西の人間が多かったせいか、チームの中にこのダジャレが吹き荒れ、チームの面々は笑いながら一致団結して行くという、変わったまとまり方をしていた。

 そして各自が十分に力を出し、最近には珍しい一体感を持ったチームができた。その最大の要因が、この大阪のダジャレだったのだ。その発生源、それは小椋と西村。こいつらは、笑いながら強いのだ。

■親を超えるか? ダルマこと西村政志

 西村政志のお父さんは(先月号でも紹介したが)西村正治さんである。小さな体に目一杯筋肉をつけたコロコロの体。その体からは未だに誰も破れない素晴らしい記録を打ち立てている。67.5kg級で180kgのベンチプレス(当然ベンチプレスTシャツはその頃は無かった)とトータル640kg。私の記憶によると、この記録は西村正治さんが40歳を越えてからのものだったと思う。吉田善明さんと同じく、長い期間をかけてじわじわ伸びて来たものだ。

 それに比べて息子の西村政志は、今年23歳でアジア大会では日本タイ記録のトータル805kg(110kg級)を出している。親もバケモノなら子もバケモノ。しかも子の方はやたら早く伸びて来ているように思える。しかし彼から直接話を聞くと、かれこれもう十年近くトレーニングを積んでいるという(これを聞いて多少安心した)。

 小学校3年で始め、大学生の途中まで続けた柔道は3段までいった。これは相当に強い。しかし子供の頃は性格もおとなしく(信じられん!)力も無く(信じられん!)力をつけるために、相撲道場へも通ったと言う。

 中学生になると、父親の影響でバーベルトレーニングをスタートし、高校生になると柔道を続けながら本格的にヘビートレーニングをスタートしている。この頃体重は93kg。力も強くなり、柔道は府の大会でも活躍できるようになってくる。そして高校3年の夏、いきなり全日本高校パワーリフティング選手権に参加し3位。トータルは530kg位。私もこの時、パワーハウスから高校生を一人、西村政志と同じクラスに送り込んでいた為、西村の事は良く覚えている。第一印象は『ワ!おやじにそっくり!』だった。

 その後しばらく政志は柔道に専念していた為、パワーの大会には出場していない。しかしその間に着実に力を伸ばし続けていたのだ。

 それがついに芽を出し始めたのが昨年の全日本。110kg級で742.5kgという素晴らしい記録で、いきなり3位。あのマイク・アブダラにも勝ったのだから、素晴らしい再デビューであった。

 そして一年間のトレーニング期間をおいてじっくりと力を蓄えた今年の全日本。西村政志ははっきりと優勝を意識して仙台に乗り込んで来た。しかしそこに待ったをかけたのは、昨年は腰の痛みで全日本では全く力を出せなかった三土手(みどて)選手だった。本当に激しい、激しい戦いを制したのは三土手。792.5kgのトータルであった。西村は780kgで2位。

 敗因はスクワット。315kgを確実にとる予定だったのに、三土手にあおられて320kgに挑戦してしまい失敗。ここでリズムが狂ってしまった。がっくりして家に帰ってくるなり、おやじにポカリとやられたらしい。

 ここで政志に気合がはいった。そして夏の暑い真っ只中でのアジア大会で、805kgのハイトータル。そして秋の近畿大会では830kgを目標にして今がんばっている所だ。しかし一方三土手も、10月下旬の世界ジュニア大会で820~830kgを狙っている。ますます面白くなりそうな110kg級だ。

■最激戦区を勝ち取るか? 吉田達也の底力

 もう一人の大阪の台風の目は吉田達也。もの静かな中に闘志を秘める、やはり次代の大阪を背負っている大型リフターである。

 現在古河機械金属に勤めるサラリーマンで、西村より1歳年上の24歳。彼の最近の戦歴は素晴らしいものがある。

 1990年の全日本ジュニアでは、655kgで2位(この時の1位は、今125kg級でベンチプレス210kgを成功させている向井選手)。1991年は同じく655kgで全日本ジュニア優勝。全日本では692.5kgのジュニア日本新で優勝。しかしその年の世界ジュニアでは、世界大会独特の雰囲気に飲まれたのか、682.5kgと奮わず6位。そして今年吉田達也は、一回り強くなって全日本、アジア選手権で大暴れを見せた。

 しかし勝利の女神は、今年は吉田達也に微笑みかけてはくれなかった。まず仙台の全日本、昨年の82.5kg級から一挙に2クラス上がって来た平櫛が、767.5kgというハイトータルで優勝をかっさらって行った為2位。

 そして『平櫛に絶対勝つ!』の気合で臨んだアジア選手権大会。暑さと日本人同士の熾烈な戦いの中で、トレーニングでは引いている逆転デッドリフトが引けず、5kgの差でまた平櫛に敗れて2位。でも気を落としてはいけない。戦いはまだまだ続くのだから。

 彼も西村と同じく、高校時代は柔道をやっていた(柔道というのは基礎筋力をアップする日本の生んだ素晴らしいスポーツだ。)しかし柔道を本格的にやると言うよりは、常にが強くなりたい』という気持ちが強かった。卒業後自衛隊に入隊して、広島に居る時に、片岡氏のジムでパワーの手ほどきを受け、メキメキ強くなっていった。

 そして大阪に帰って来て、ますます力をつけながら、現在に至っている。

 彼の戦う100kg級というのは、今正に激戦区である。平櫛が767.5kgのトータルで半歩リードしているが、10月のクラブ対抗では神奈川の浅間選手が765kgをマーク。また、この大会でパワーハウスの宮本は、ベンチプレスを失敗しながらも、吉田がアジアでマークしたのと同記録の750kgを出している。他にも750kg近くを狙えそうな選手がさらに2~3人はいる事を考えると、来年もこのクラスは凄まじい戦いが繰り広げられそうだ。

 ライバルは西村だという吉田。ライバルが近くに居れば、それだけトレーニングにも熱が入る。来年の全日本まで、じっくり力をつけて欲しい。
大激戦の100kg級で健闘する吉田。彼が優勝を手にするのはいつの日か

大激戦の100kg級で健闘する吉田。彼が優勝を手にするのはいつの日か

両手を広げ気合を入れる西村。三土手との接戦に惜しくも敗れたが、本当の戦いはこれからだ

両手を広げ気合を入れる西村。三土手との接戦に惜しくも敗れたが、本当の戦いはこれからだ

■大阪は多才です

 私が岸和田TCを訪ねた時に、早くから駆けつけて来てくれたのが、荒上君。彼は今、大阪地区の記録をまとめると言う事務的な仕事もまめにこなしている。そして良く私の所へも電話をかけて来てくれる。大阪の様々なパワーの情報も教えてくれるが、東京の情報も良く仕入れている。

 こういう熱心な人が一人でも居ると、その地区のパワーへの熱は一段と上がるもの。最近は仲間を集めて自分のトレーニング場も持っている。名付けて『荒上トレーニングクラブ』。本人はまだトレーニング歴6年だが、早く仲間と共に、全日本へ出て来て欲しい。

 仙台の全日本では素晴らしいポテンシャルを持ちながら、得意のデッドリフトがこの日に限って不調で、3本共引けず失格になった朝倉君。彼もこの日西村、吉田と共にデッドリフトのトレーニングをしていた。手足が長く背中の良く発達した体は、外国人的で脂肪も少ない。普段は松原さんの堺トレーニングセンターでトレーニングをしているが、時々岸和田で調整をしていると言う。話を聞くと、全日本は今年が初出場で、スクワットとベンチプレスの疲労で、デッドリフトの時はすでに腰がガタガタだったと言う。新婚で奥さんと仙台に来ていたからだと横槍が入ったが、本当はどうだったのだろうか?

 そしてこの日、熱心にトレーニングを見守っていたのは、まだジュニアリフターの上田君。特にスクワットは非凡なものを持ち、90kg級で287.5kgの記録を持つ。最近はベンチプレスも強くなり、大阪新人戦では日本ジュニア記録を狙う予定という。普段はフレックスでトレーニングをしている。デッドリフトが強くなれば、ジュニアにして全日本で活躍できる日も遠くはないだろう。

 この様に最近の大阪の若いリフター達は、どこのジムに所属していようと、お互いに気楽に情報を交換し、時々トレーニングも一緒にする事によって、非常に良い雰囲気を作り出している。これは大阪のダジャレによって生まれる、居心地の良いまとまりに似ている気がする。お互いに気さくに声を掛け合いながら、お互いに切磋琢磨していく。これが今大阪を強くしている原動力なのではないか。

 今、大阪は燃えているゾ!
荒上トレーニングクラブの若き会長、荒上義明

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21才のジュニアリフター上田真司

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非常に手が長く、デッドに大きな可能性を持つ朝倉潤

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こんなに手が短いのに297.5kgを引いてしまう西村

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月刊ボディビルディング1993年12月号

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