尻上げベンチ② ~ "ウイ・アー・ベンチプレス・ブラザーズ" 第32回
執筆者&監修者紹介
東坂康司(写真右):2006年世界ベンチプレス選手権67.5kg級3位。自身のホームページでもK's GYM式トレーニング法を紹介している。児玉大紀とは幼馴染み&悪友
児玉大紀(写真左):ベンチプレス競技75級世界チャンピオン('02~'06)にして2階級(281kg)の世界記録保持者。多くのベンチプレス・チャンピオンを輩出しているK's GYMの若きオーナーでもあり、その指導には定評がある。俳句をたしなむ意外な一面も…あるらしい。
はじめに
今回も引き続き、尻上げベンチでのトレーニングでのメリットとデメリット、そしてトレーニングに取り入れる際の方法などについて紹介したいと思います。
尻上げベンチのトレーニング
それでは、尻上げベンチのトレーニングでのメリットとデメリットを紹介したいと思います。
尻上げベンチはフォームの形状により、その他のフォームとはかなり異なる特徴があります。そのため、以前紹介したような足上げベンチのように、パワーフォームを基準のトレーニングフォームとした際に、メインのトレーニングとして実施できるようなトレーニングフォームではありません。
むしろ、やりすぎてしまうと、肝心のパワーフォームに悪影響を与えることもあるため、ある意味限定的な場面でのみ取り入れることができるトレーニングフォームと言えるかもしれません。
〇メリット
では、まず最初に尻上げベンチのトレーニングでのメリットをいくつか紹介したいと思います。
・重さ慣れができる
尻上げベンチのトレーニングでの一つ目のメリットが、「重さ慣れができる」ということです。
個人差はあるが、尻上げベンチではパワーフォームのMAX重量以上でセットを組めるようになるため、肉体的にも精神的にも、重さに対する抵抗ができる、「重さ慣れができる」ようになる
人によっては、パワーフォームよりも数十kgも重い重量があがり、パワーフォームでのMAX重量以上で、比較的高回数のセットが組めるようになります。
例えば、普段はパワーフォーム、80kgでセットを組んでいる人が、尻上げベンチだと100kg以上でセットを組むといったことができるようになり、それによってパワーフォームのMAX重量に挑戦する際の「普段持たない重量への恐怖心」や「ラックアウトしてキープするときの重量感」といった、重さに対して一歩引いてしまう状態を回避できるようになります。
重さ慣れのためのトレーニング方法として、「ラックアウトしてキープだけ行う」ということを実施している人がいるかもしれませんが、これは、少し考えてみれば分かることなのですが、「ラックアウトしてキープだけ行う」ときには、筋肉の収縮や伸展というのがほとんどない状態になり、実際にベンチプレスでバーを挙上するときの筋肉を使うというより、ラックアウトしてキープするためだけの筋肉を使い、その部分に限っての重さ慣れにしかなりません。
また、本来ならキープする際にバーの重さで肩甲骨をさらに寄せるといったことをする必要があるのですが、無理な重さに耐えるために肩甲骨を開いて肩で持ち上げるような状態になり、キープ時のフォームの乱れにつながります。それだけでなく、無理な重量を扱うことによって手首や肩といった箇所を傷める可能性も出てきます。
尻上げベンチでは、フォームの形状より関節の可動は変わるものの、実際に筋肉を収縮。伸展させることになるため、キープしている部分だけでなく、挙上部分においても重さ慣れができるようになります。
重さ慣れのトレーニングの方法として、「ラックアウトしてキープだけ行う」ということを実施している人がいるかもしれないが、この方法だと筋肉の収縮。伸展をほとんど伴わないため、ラックアウトしてキープする部分だけでの重さ慣れにしかならない
・普段のトレーニングにはない刺激を与えることができる
尻上げベンチのトレーニングでの二つ目のメリットが、「普段のトレーニングにはない刺激を与えることができる」ということです。
これは、あるトレーニングフォームを基準としている人が、その他のトレーニングフォームでのトレーニングを取り入れたときに必ず得られる効果です。例えばパワーフォームを基準としている人が足上げベンチを取り入れたとしたら、胸が低くなることによる関節の可動が増えること、足からの連動が使えないことによる上半身だけの力で挙上することが、普段のトレーニング(パワーフォームでのトレーニング)にはない刺激となってきます。
尻上げベンチの場合は、普段扱えないような高重量を扱えることが普段のトレーニングにはない刺激となり、それによって体が反応し、記録が伸びるという可能性が出てくるわけです。
これはある意味では「重さ慣れができる」ということに似ているところもあるのですが、「重さ慣れができる」ということが高重量に対する肉体的・精神的な準備に近い意味合いになり、「普段のトレーニングにはない刺激を与えることができる」ということが、記録を伸ばすための一つのキッカケとなるといった意味合いになってきます。
あるトレーニングフォームを基準としてトレーニングをしている人が、その他のトレーニングフォームを取り入れると、それが新たな刺激となり、記録の伸びのきっかけになる場合がある。尻上げベンチの場合は、高重量を扱うということが、新たな刺激となり、記録の伸びのきっかけとなってくる
・両足の踏ん張りをフォームの維持、挙上に使用する練習になる
尻上げベンチのトレーニングでの3つ目のメリットが、「両足の踏ん張りをフォームの維持、挙上に使用する練習になる」ということです。
競技のベンチプレスを行っている人からすれば、パワーフォームが基準のトレーニングフォームになってきます。
このパワーフォームは、しっかりと肩甲骨を寄せ、胸椎や腰椎を伸展させて上半身のプリッジ(アーチ)を作るわけですが、より良い肩甲骨の寄せや、上半身のプリッジを作るために、両足の踏ん張りを使用することになります。
また、フォームを作るときだけでなく、キープする際や挙上する際にも、肩甲骨の寄せや上半身のプリッジを維持するために、両足の踏ん張り使用することになり、さらに、この両足の踏ん張りがうまく使えるようになると、「両足の踏ん張りで挙上する」という感覚を身につけることができるようになります。
ただ、パワーフォームでは尻をベンチ台にしっかりとつけた上で、この両足の踏ん張りを使用します。尻がベンチ台から浮かないようにしながら両足の踏ん張りを使用するため、そういった両足の踏ん張りという技術的なものを身につけるのは非常に難しくなってきます。
これに対して尻上げベンチでは、尻をベンチ台から浮かし、尻をベンチ台につけながら両足を踏ん張ることがないため、両足の踏ん張りでフォームを維持し、挙上につなげるということが、それほど難しいものではなくなってきます。
フォームの形状そのものが異なるため、パワーフォームの尻をベンチ台につけての両足の踏ん張りと、尻上げベンチでの両足の踏ん張りというものは別物にはなってくるのですが、完全に別物ではなく、ある程度は共通する両足の踏ん張り方になってきます。
このため、尻上げベンチで両足の踏ん張りをフォームの維持、挙上に使用することは、パワーフォームでの両足の踏ん張りをフォームの維持、挙上に使用するということを身につけるための練習にもなってくるのです。
・肩や胸の付け根を痛めている場合でも実施できることが多い
尻上げベンチのトレーニングでの4つ目のメリットが、「肩や胸の付け根を痛めている場合でも実施できることが多い」
ということです。
ベンチプレスのトレーニングで肩や胸の付け根を痛めている人は多く、中でも両肘を曲げていき、バーが胸に近づくにつれて痛みが大きくなる人、バーを胸につけるほんの数センチの箇所だけで痛み感じる人がほとんどだと思います(ラックアウトするときやキープ時に痛みを感じるような人はかなりの重症で絶対数としては少ない)。
本来なら、少しでも痛みを感じる場合は、トレーニングを行わず、痛みの原因となっている故障箇所をしっかりと治してからトレーニングを実施するのが一番なのですが、それでも「どうしてもトレーニングをしたい」という人は多いでしょう。
尻上げベンチは、フォームの形状を変え、関節の可動を減らすといったことから、痛み感じる人が「どうしてもトレーニングをしたい」という場合に、ほとんど痛みを感じずに実施できる可能性のあるトレーニングフォームとなっています。
通常のフォームで痛みが出る人が、尻上げベンチでは全く痛みが出ず、その痛みがでない尻上げベンチでのトレーニングをある一定期間続けているうちに通常のフォームでも痛みが出なくなる、といったこともあるのです。
また、通常のトレーニングフォームで最初は肩や胸の付け根に痛みがあるが、ある程度ウォーミングアップのセットをこなすと痛みがマシになり、しっかりと体が温まれば問題なくトレーニングができるという人も中にはいると思いますが、尻上げベンチは、こういった人のウォーミングアップのセットにも取り入れることができます。
例えば、ウォーミングアップのセット数自体は増えてしまうのですが、ウォーミングアップの1セット目と2セット目は尻上げベンチのフォームで痛みが出ないようにしながら体を温め、その体を温めてあまりメインセットのフォームでも痛みを感じない状態をある程度作ってから、メインセットでのフォームでウォーミングアップのセットを実施する。
こういった方法で尻上げベンチを取り入れることもできます。
ただし、何度も言いますが、故障箇所をしっかりと治してからトレーニングをする、痛みが出なくなるまでしっかりとオフをとってからトレーニングをするというのがベストな方法になりますので、前記の方法はあくまで「どうしてもトレーニングをしたい人向け」の方法と言えるかもしれません。
パワーフォームでは両足の踏ん張りをフォームの維持、挙上に使用することになるが、その技術を身につけることは非常に難しい。尻上げベンチではフォームの形状が異なり両足の踏ん張りかたも異なるが、尻上げベンチで両足の踏ん張るということは、パワーフォームでの両足の踏ん張りという技術を身につけるための練習になってくる
●デメリット
次に尻上げベンチのトレーニングでのデメリットを紹介したいと思います。
なお、尻上げベンチを行う際は、メリットの部分より、こちらのデメリットを理解しておくことが重要になってきます。
・尻が浮く癖がついてしまう
尻上げベンチのトレーニングでの1つ目のデメリットが、「尻が浮く癖がついてしまう」ということです。
先にメリットとして「両足の踏ん張りをフォームの維持、挙上に使用する練習になる」ということをあげたわけですが、尻上げベンチでの両足の踏ん張りは尻を浮かせる両足の踏ん張りかたになるため、尻上げベンチのトレーニングばかりを実施していると、尻をベンチ台から絶対に浮かせてはいけないパワーフォーム時に尻が浮いてしまうという癖がついてしまうことがあります。
特に、パワーフォームで高重量を扱うときに尻が浮いてしまうことが多くなり、競技としてベンチプレスを実施している人であれば、試合のときに尻が浮いてしまい、ファールになってしまうこともあります。
尻上げベンチのトレーニングばかりしてしヽると、パヮーフォーム時に尻がベンチ台から浮いてしまう癖がつくことが多い。ベンチプレスの試合では尻がベンチ台から浮くと一発でファールとなるため、尻が浮く癖は競技でベンチプレスを実施している人からすれば致命的な欠点となる
・腰を痛めやすい
尻上げベンチのトレーニングでの2つ目のデメリットが、「腰を痛めやすい」ということです。
以前の競技ベンチプレスでは、両足を頭側に寄せ、骨盤を立てるようにしながら腰椎を伸展させて上半身に大きなアーチを作ることができましたが、現在のルールではそういったフォームはファールになり、基本的には両足をあまり頭側に寄せず、骨盤を立てないようにしながら、尻の一部だけでなく、ある程度の面で尻をベンチ台につける必要があり、
こういったフォームが競技ベンチプレスでのパヮーフォームとなってきます。
このパワーフォームでは、骨盤を立てながら腰椎を過伸展させることがないため、ある程度慣れればそれほど腰に大きな負担はかかりません。しかし、尻上げベンチのフォームは、両足の踏ん張りを使って精一杯尻を浮かせ、その際に腰椎を過伸展させるため、腰を痛める可能性が高くなってきます。
腰を痛めると、トレーニングだけでなく、日常生活にも大きな影響を与えますので、この腰を痛めやすいというデメリットは、あまり軽視することができないデメリットとなり、尻上げベンチを取り入れるとなると、そういった点をしっかりと自覚しながら取り入れる必要があります。
また、腰を痛めやすいフォーム=腰を痛めている人は取り入れることができないフォームとなるため、元々腰を痛めているような人は、腰椎を伸展させながら尻を浮かすこと自体が非常に辛い動作になり、最初から尻上げベンチを実施することはできないでしょう。
当然ですが、そういった人は尻上げベンチを取り入れる必要がなく、腰に痛みがでないようなトレーニングフォームでトレーニングを実施することになります。
ルール改正前のパワーフォームでは骨盤を立てるようにしながら、腰椎を過伸展させていたため腰を痛めやすかった。尻上げベンチもこういったフォームと同様に、腰椎を過伸展させることになるため、腰を痛めやすいフォームとなる
・通常のフォーム時に力が入らなくなる可能性がある
尻上げベンチのトレーニングでの3つ目のデメリットが、「通常のフォーム時に力が入らなくなる可能性がある」ということで、これが尻上げベンチのトレーニングでの最大のデメリットとなります。
どのフォームを通常のフォームとするかは、人によって違ってくると思います。
競技ベンチプレスをしている人であればパワーフォーム、胸のトレーニングとして取り入れている人であれば、肩甲骨を寄せての足上げベンチや、肩甲骨の寄せだけを意識した両足を床におろしたフォームなど様々になりますが、これらのフォームと比較したほとんどの場合に、尻上げベンチはよリデクライン気味になった、より関節の可動の少ないトレーニングフォームになってきます。
少し極端な例えになりますが、デクライン気味になるというフォームの形状の違いをベンチプレスとバツクプレス、関節の可動の違いをクォータースクワットとフルスクワット。これに近い状態になっていると考えると分かりやすいかもしれません。
ベンチプレスで150kgをあげることができたとしても、ベンチプレスだけを行い、バツクプレスを全く行っていないのであれば、フォームが違い使用する筋肉が違うため、バックプレスだと80kgでも重い。
クォータースクワットで200kgがあがったとしても、フルスクワットを全くやっていないのであれば、クォーターからフルまでの関節の可動での筋力が備わってないため、一応はあがるものの100kgでもしゃがむのがきつい。
尻上げベンチと通常のフォームでもこれと同じように、デクライン気味とフラットに近いというフォームの違いにより使用する筋肉が変わること、尻上げベンチでの少ない関節の可動からさらに大きな関節の可動までのトレーニングができていないため、その部分での筋力が備わっていない。
尻上げベンチのトレーニングだけを取り入れてしまうと、そういったことから、通常のフォーム時に力が入らなくなる=通常のフォーム時に必要な筋力が育たなくなってしまう可能性が出てきます。
尻上げベンチの取り入れ方は次に紹介しますが、そういったことから、肩や胸の付け根を痛めている人以外は、尻上げベンチをメインのトレーニングとして取り入れないようにし、メリットの部分をある程度得られるように、補助的に取り入れる必要があるのです。
フォームの形状をデクライン気味にし、関節の可動が減る尻上げベンチのトレーニングばかりをしていると、ベンチプレスだけをしていてもバックプレスの重量はあがらない、クォータースクワットだけをしていてもフルスクワットの重量はあがらないといったことと同じように、通常のフォームであがらなくなってしまうこともある
それでは、実際に尻上げベンチを取り入れる際の、メニューの組み立て方を紹介したいと思います。
先に紹介したように、尻上げベンチは足上げベンチのようにメインのトレーニングとして実施できるトレーニングフォームではありませんので、ここでは簡単にだけメニューの組み立て方を紹介させてもらいます。
○メインセットとして取り入れる方法
まず、メインセットとして尻上げベンチを取り入れる場合のメニューの組み立て方を2種類紹介します。
セットの組み方としては通常のパワーフォーム等での基本的なトレーニングの組み立て方、頻度となり、メイントレーニングとして、上記の方法のみを実施するとなれば高頻度で実施することも可能かもしれませんが、肩や胸の付け根を痛めている人が高頻度でのトレーニングをあまりすべきでないということや、先にあげたようなデメリットを考えて、高頻度で実施するのは、あまりおすすめできません。
なお、グリップ幅は通常のフォーム時に合わせたグリップ幅が基本になりますが、肩や胸の付け根の痛み具合や、手幅を調整して関節の可動をある程度確保するということで、グリップ幅を最大で片手につきこぶし一つ分ぐらい狭くするということもあります。
基準となるフォームがパワーフォームであればパワーフォーム、もしくはそれよりも不利になる足上げベンチ等で、セットを組むことで、尻上げベンチでのデメリットをできるだけ回避するようにします。
この二つ目の方法は、肩や胸の付け根を痛めている場合には実施できない内容になり、また肩や胸の付け根を痛めておらず通常のフォームでトレーニングできる人がメイントレーニングのメインセットに尻上げベンチを実施することはほとんどありませんので、先に紹介した方法と同じように、メイントレーニングとしてパワーフォームなどのトレーニングを実施し、別の日に尻上げベンチでのメリットを得るためにサブトレーニングとして実施するのが妥当でしょう。
期間を決めて一定期間だけ、重さ慣れと通常のトレーニングにない刺激を与える期間として、メイントレーニングとして取り入れてみるのもおもしろいかもしれません。
〇サブセットとして取り入れる方法
次に、サブセットとして尻上げベンチを取り入れる場合のメニューの組み立て方を紹介します。
尻上げベンチのセットでの回数は3~8回とかなり幅がありますが、このあたりはある意味好みになってきます。
メインセツトで通常のセットを行い、サプセットとして尻上げベンチでのメリットが得られるようなセットを行うという上記内容が、尻上げベンチを取り入れる際の、最も取り入れやすい妥当な取り入れ方と言えるかもしれません。
最後に
- 文&構成:
- 東坂康司
- 監修:
- 児玉大紀
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