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ウェイトトレーニング、むやみに重い重量を挙げていませんか?

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掲載日:2015.10.28


ある時、高校野球の選手達との雑談中に、選手の一人がこんな事をいってきました。

「プロ野球選手の○○選手はベンチプレスで100kg以上を持ち上げることができるそうですよ」
「ライバル高校の4番打者はスクワットで150kgを挙げるそうですよ」

そのように話しかけられた時には、私たちは素直に、「へぇ、すごいねー。君達も負けられないね!」といって選手を励ましています。しかし、その後に、必ず付け加える言葉があります。

「私たちが指導している正しい方法でトレーニングを実施していたとしたら、君のいったその選手は、それだけの重量をもちあげることができると思う?」と。

すると選手は、「それは無理でしょう」と笑いながらいいます。

もちろん、このやりとりのご紹介は、私たちに指導力がないことやこの高校野球の選手が私たちのトレーニング指導を信用していないということを示そうとしているのではありません。この高校野球の選手は1年以上、私たちの指導を受けているので、私たちがどういうことをいいたかったのかということをわかって応えてくれているのです。

私たちは指導を行うすべての選手に対して、第1回目の指導の時に必ずこのようにいいます。

「君たちは、競技選手です。ですから、筋力トレーニングを実施するうえで高重量を無理やり持ち上げることを目標にしないでください。挙上重量の伸びや筋肥大は正しいトレーニングを行った結果として受け止めるべきです。私たちが君たちに伝える方法でトレーニングを実施したら必ず結果を出すことができますが、高重量を挙げる事だけに執着したトレーニングを実施してしまうと、『百害あって一利無し』となることが往々にしてあるのです!」

この話を聞くと、選手たちは「えっ、・・・逆に重量を挙げるなということなのか!?」とでもいわれたように驚いた顔をしていることが多いですが、月日が経つにつれ、ほとんどの人が納得していくようです。

なぜ、私が重量を挙げる事だけに執着してはいけないといっているのか。それは、第ーにケガの予防という点からなのです。

競技選手であれば、当然のごとく競技能力向上のために筋力トレーニングを実施していきます。しかし、それがいつしか高い重量を持ち上げることにこだわっていくようになってしまうと、「どんな方法でも良いから挙上しよう」という気持ちがはたらくようになってしまいます。

私たちにも覚えはありますが、特に高校生という世代は、血気盛んで、前向きで、やる気に満ち溢れています。ただし、その半面で、将来の目標(大会)までのコンディショニングプラン(調整過程)や、段階的プログラムメニューをとかく忘れがちで、さらには、とにかく重たい重量を挙上しさえすれば、筋力が高くなる、強くなると勘違いしやすい人が多く、その結果、無理な方法で重量を挙げている選手をよく見かけてしまうのです。

ここでいう「無理な方法」については、ベンチプレス種目(ベンチの上に仰向けに横たわって重量を持ち上げるトレーニング方法)の場合を例にしてその具体例を挙げてみましょう。
(1)パウンディング(胸の上で「バーベルシャフト=両手で握っている棒」を弾ます動作)を使ったトレーニングをしてしまう。
(2)持ち上げたバーベルを下降させるスピードが極端に速い。
(3)ブリッジ(ベンチ台の上でのけぞるような姿勢で体をアーチ状にして行う方法)で挙上してしまう。
(4)自分にとって、せいぜい1回のみ持ち上げることができるかどうかというほどの高い重量を用いて、「挙がるか、つぶれるか」というようなトレーニングを毎回行う。
これらのことが代表的な例として挙げることができるでしょう。

これらのような方法では、「強化」どころか、むしろ競技にとっても、自分の身体にとっても「悪化」になってしまい、身体のどこかを痛めて試合に出場できなくなったり、スポーツの強化としてのトレーニング効果が薄くなるなど、選手のパフォーマンス低下やチームの戦力低下は目に見えています。

以前、私たちはある高校野球の監督さんからこういわれたことがあります。
「筋力トレーニングについては、私が体育大学出身者なので、大学時代に習った事を選手たちに実施させていました。しかし、重量を用いたトレーニングを高校生に行わせても、それはケガにつながるのでやらないととにしました。それに危険を冒して筋力トレーニングを実施してもそれほどの効果がないように感じます」

しかし、この監督さんが大学時代に習ったという筋力トレーニングの方法について詳しく話を聞いていくと、先に挙げたベンチプレスにおける「無理な方法」が4つともすべて当てはまっており、これにはたいへん驚きました。

なぜこのような「無理な方法」を行うと身体を痛めやすくしたり、効果を薄くさせるのでしょうか。

(1)と(2)の場合は動作のテンポに関係します。バーベルなどの重量物を、下降させる方向から挙上する方向ヘ転換し、まったく反対の動きへもって行こうとする時、慣性が働いているので掛かる負荷は急激に増えます。ゆっくりとした動きなら掛かる負荷はそれほどでもないのですが、重いバーベルを速いスピードで動作すれば、かなりの負荷が掛かってきます。

それが、ベンチプレスの場合では最悪なことに大胸筋が最大伸展された時に起きるので、大胸筋の停止腱や、それに近い筋肉の部分、さらに肩関節の自由度がない位置での高い負荷なので、肩の筋肉や腱、靭帯などを傷めてしまうという訳です。

また胸の上で、バーベルシャフトを弾ませるような動作を行った場合、効率的に筋力を発揮していくことができる挙上軌道から外れることが多く、その結果、重量物のバランスをとるために肩の腿板に付着している小さな筋肉に瞬間的に多大な負荷が掛かり、その部分も同時に痛めてしまうことになります。

軽い重量を使用する初心者のうちなら関節構造上耐えることができる負荷かもしれませんが、この場合、少しずつ筋力が強くなり、重い重量を使用することができていくのにしたがって危険性は増してくるというおかしなことになり、筋力が強くなっていく一方で、ある日突然「肩が痛い!」というようなことになるわけです。

またトレーニング効果の面では、重量をゆっくり下ろす動作をすれば(エキセントリック=筋肉が引き伸ばされながら収縮)、効果が大きいことが分かっています。速く下げて(脱力するように)いく方法で、ベンチプレスを行ってしまうと、危険度も増し、さらに胸骨にも打撃によるダメージが外的に加えられてしまい、効果も少なくなり、悪いことだらけになるというわけです。後にも述べていますが、「1、2、3」というテンポでゆっくりと重量をコントロールするように下げていきましょう。

(3)は、鍛えたい大胸筋へ掛かる負荷(関節角度の優位性)を低減して効率的に高重量を挙上する方法としてパワーリフティングの選手が用いるフォームに似ています。しかし彼らは基礎的な筋力トレーニングを長年実施した上で、重量を挙上する競技(大会)として、このフォームを使用しており、その点、スポーツの強化として用いる筋力トレーニングとは目指すところが異なります。

(3)の方法による持ち上げでは、確かに正しいフォームで行った場合による実力以上の高重量が挙上できます。しかし、ここに危険があるのです。

これでは、大胸筋の一定の関節可動域のみの強化となり、全体に効果が行き渡らないという欠点もあります。しかもこの動作をしていると、身体がブリッジをして反っているため、重量を挙げる方向がお腹側になります。

それを繰り返すと、その方向での挙上軌道の癖がついて、まともに(ブリッジしないで)動作した時も、横から見た時に、お腹側にバーベルが倒れた斜め上の方向へ挙上することが多くなり、肩に余分な負荷が掛かる習慣を作り上げ、その結果、先の場合と同様に、「肩が痛い」となる危険性があるのです。



表1は、ベンチプレス実施時において、上腕が倒れた場合、そして挙上位置が正しい場合というそれぞれ2つの状態での動作解析(3D=3次元)による肩関節部分に掛かる負荷を比較したものです。



 

写真A・B


私たちが行っている動作解析とは、2台以上のビデオカメラを使い、実動作を毎秒60コマで撮影し、さらに複数台のカメラで撮影した画像をパソコンの中で立体的に合成し(写真A・B参照)、3次元に変換して、人体の部分的あるいは全体的な角速度(deg/s)、加速度(cm/sec)、CG重心位置の変化、衝撃度(Nt=ニュートン)などに解析したものです。


図1・2/筋電図計で測定した肩への負担度


この解析から、あきらかに腕が倒れた動作において、肩関節への負担が多いことが判明しました。さらに同時に筋電図計で計測したものが図1・2です。ここからも途中から肩の筋肉の活動電位が高いことがわかります。

このようにトレーニングについての詳細を研究していく上では、人間の勘だけに頼らず、時には科学の目で判断することも必要なのです。

ちなみに、最もポピュラーなスクワット種目やデッドリフト、リフトアップ(クイックリフト)など、筋力トレーニングの種目だけに限らず、スポーツの場面においてもさまざまな分析を行なっており、機会があれば発表したいと考えています。

(4)については論外で、毎回同じような筋力発揮ができれば問題はないでしょうが、人間の体は調子の良い時もあれば、悪い時もあるわけです。もちろん機械ならば、毎日ほぼ同じような力が出せるのでしょうが、自分の筋力にとって100%の負荷ということでは、調子の良くない日は、その重量が挙上できなかったりします。

またスポーツ選手が筋力トレーニングを行う場合、練習後や練習中の時間に筋力トレーニングを実施することも十分に考えられ、筋力トレーニング、実施前に筋力が低下していることは往々にしてあるのです。

そのような中にあって、「この重量は絶対に挙がるはずだ!」という先入観から無理をして普段動作に使用する筋肉以外の筋力を使うため、挙上軌道をはずしてしまい、筋肉部分か関節部分を痛めてしまうことになります。

また動作中の呼吸についてのお話をここでしておきましょう。筋力発揮と呼吸の関係は微妙であるといえます。私たちトレーナーは指導先の選手に、いつもこのように聞いています。

「君たちが力を出しやすいのは、息を吸っている時ですか。それとも吐いている時ですか。あるいは、止めている時ですか」そうすると、多くの選手は「止めている時が出しやすいです!」と応えます。

「でも、止めたまま動作をしていたら苦しいし、下手をすると死んでしまいますね」と半分冗談で言うと、困った顔をして「じゃあ、吐いている時です」と応えが返ってきます。

さて、ここにヒントがあります。挙上動作で力を必要とする場合には、息を吐くようにし、下降動作では吸うように指導しています。

もちろん、これはあくまで基本ということではありますが、腕を伸ばす時や曲げる時、あるいは立ち上がる時や、しゃがみこむ時などの動作中において、「どちらが力を入れやすい」とか、「どちらの方が違和感無くおこなえるか」ということを選手たちに選定してもらうと、ほとんどの選手がコンセントリック(筋肉が収縮しながら短かくなっていく状態)な動作で息を吐くことを選びます。

昔の武道の達人は、強い相手と対峙したとき、呼吸を悟られないようにしたといいます。このことから、たしかに吸っているときに攻撃を仕掛けられたら筋力面からいっても、不利な状態になるのが分かるのではないでしょうか。
 
ここで述べたいポイン卜
1.勘は一流選手を生み出す要素の一つだが、勘だけに頼らず科学の目で検証確認し進んで行くことが大切。
2.最大筋力値を上げることは重要だが、フォーム重視を第ーとし、重量を挙げるというととだけにこだわらない。
3.現場では、最大筋力は日々変化するという前提で実施する。
 
  • スポーツトレーナーが指導しているこれが正しい筋力トレーニングだ!
    2008年5月20日第3版発行
    著者:21世紀筋力トレー二ングアカデミー
    発行者:橋本雄一
    発行所:(株)体育とスポーツ出版社


[ スポーツトレーナーが指導しているこれが正しい筋力トレーニングだ! ]

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