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工夫で取り組むハードコア・ボディビル #2 総論と具体的手法

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掲載日:2023.06.13
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前回のあらすじ&今回の紹介に際して

極めて虚弱だがどうにかして筋肥大がしたい。試行錯誤して見出した個人的に効果の高かったやり方をご紹介するがぜひ情報を取捨選択頂き、あくまでも数多く存在する筋肥大の手段の一つとして捉えて頂ければ幸いだ。

一つの部位を筋腱複合体として考える

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まず確認として、運動に関わる筋肉の殆どは関節をまたぎ、筋肉の両端が腱となって骨に付着する。
※表情筋や広頚筋など、腱にならなかったり骨に付着しない皮筋と呼ばれる筋肉もある。

筋が収縮した力を腱が骨に伝え、結果として骨が動く。
筋は随意的に収縮させられるが腱は随意で収縮するわけではなく、筋が発揮した力を伝えつつ、高い力が加わったときには強力なバネとして機能する。
筋自体にもバネの機能があるが腱の方が強力であり、筋が発揮した力を増幅して効率的な運動を可能にする。
これらのバネの特性はSSC(ストレッチ・ショートニング・サイクル)と呼ばれる。

小難しく言ってしまったが、腱の威力を知るにはアキレス腱がわかりやすい。
膝を曲げない状態で反動を使ってなわとびのようにポンポンと飛ぶことは簡単だが、反動を使わないカーフレイズ(背伸び)でジャンプをすることは極めて難しい。
効率的な運動をする上で腱の貢献度は多大なものだ。筋だけでなく腱にも感謝せよ。

その働きぶりから筋労感謝の日と腱労感謝の日があっても良いくらいだ。構造上別物なのだからそれぞれに感謝し労わる日が必要である。我々は知らずのうちにそれらをオフの日と呼んでいるのかも知れない。

まとめると、運動を考える時には筋肉だけでなく腱を含めた「筋腱複合体」として捉えることが重要になる。これはS&C的にも非常に重要な考え方だ。

筋腱複合体としてのトレーニング

先述の腱の特性は日常生活だけでなく、スポーツ競技におけるパフォーマンス向上に欠かせない。素早い移動を伴う競技においてSSCを用いた動作や力発揮は有利に働き、重いモノや重い負荷(自身の身体も含む)に対して効率よく力発揮を行うために必須となる。

もう少し踏み込むと効率的に腱を使うことで筋の疲労を軽減し、長時間の試合でもパフォーマンスの低減を抑えることにも繋がるため、瞬発系種目や持久系種目を問わず重要だ。

そういった背景からスポーツ競技に対するウェイトトレーニングは最終的に反動(SSC)を用いた方法が多く取り入れられ、スクワットのボトムの切り返しに代表されるように白筋(速筋)を優先的に動員しつつ筋腱複合体としての効率的な力発揮を強化する狙いがある。

けっこう跳べたが筋肥大は思うようにいかなかった

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余談だがスクワットもそのやり方で10年近くやってきた甲斐があり運動としてのパフォーマンスは高く保たれ、スポルテックのブースで体験した垂直跳びは測定員立ち合いのもと71㎝を記録した。Wikipediaによれば垂直飛び71cmはNBAの平均記録である。本当か…?さておき、それでも努力に見合った筋肥大が起きている実感は得られなかった。

筋腱複合体の分離 ~筋トレと腱トレ~

話を戻そう。筋と腱が協調し、SSCを起こすことで効率よく運動ができる。

しかし、腱は強くなるが肥大はしない。筋は肥大する。
そのためトレーニングにおける力発揮が腱に依存してしまってはもったいない。

長期的に考えれば筋も腱も強くしておく必要があるが、取り急ぎ目先の筋肥大を考える場合、一つの部位が筋腱複合体として働くことを踏まえつつ、腱ではなく筋により多くの刺激を入れる必要がある。

例えばボトムで反動を使ったスクワットやベンチプレスなど、筋収縮を起こすのは筋であるが切り返し曲面で腱が動員され効率的な補助に入ることで肝心な刺激が腱に逃げてしまってはもったいなく思うのだ。さらには関節への負担も増える。

また、切り返しが速いことで重りに上方向の勢い、即ち慣性が発生することで実際の重量よりも効率良く扱えるようになる。この点も筋への刺激を低減させる要因になる。

速さや反動を使ったトレーニングは多くの白筋(速筋)を動員し筋腱複合体としてのトレーニングとしては理想的だが、一方で腱が効率的に働くほど筋への刺激は低減される側面もある。

すなわち、腱トレではなく筋トレをする必要があるのではないか。

自身の行っているトレーニングが筋に対してのものか、腱に対するものか、目的に沿っているのか、成果が得られているのか等の観点で客観視し再考し続ける必要がある。

念のため記載しておくが、高重量や反動を使うトレーニングを否定しているわけでは全くない。
それでしか向上しない能力もあり、ほとんどの競技ではそれが必須である。
一方で、筋だけに刺激を与えるのであれば別の手法も存在することをお伝えしたいだけだ。

具体的手法:筋収縮を抜かない事の徹底 ~秒速5センチメートル法~

白筋(速筋)線維は重いモノを速く動かすことで優先的に動員される特性があるが、赤筋(遅筋)だけでは対応できない負荷や刺激が加わった際にも動員される。
この「サイズの原理」と呼ばれる特性を活用する。

腱の関与を最小限に抑え、筋の動員を最大限に引きだすために速さを犠牲にする。本サイトにおける過去の屈強インタビューでは「勢いを殺す」「重量を味わう」「負荷を乗せたままにする」などの表現が用いられていた。

具体的には10~20RMほどの範囲の重量を用いて、慣性が働かないように一定の速度で非常にゆっくりと動作を行う。
ネガティブ局面はもちろん、ポジティブ局面も切り返しの局面も一切の反動も勢いもつけず、腱の働きを抑えて筋で発生する力のみを用いる。特にポジティブ局面と切り返し局面で速くならないことがポイントだ。

また、ポジティブ局面からネガティブ局面へ切り返すときも初動から十分に収縮が起きている状態が作れると対象筋に引っ掛かるような感触が得られる。
何を言っているかわかりにくいと思うが、実際に引っ掛かる感触がある。やればわかる。変なクスリはやってない。アンチドーピングに殉じている。

なお、限界が来たらチーティングを使って何度かネガティブの刺激を追加することも試したが際立った成果は得られず、それよりはしっかりとポジティブ局面で負荷を抜かずに動作を続ける方が遥かに成果が得られたように思う。

速度を測定しているわけではないが動くか止まるかのギリギリを狙うほど極端に動作速度が遅いため、2007年に公開された新海誠氏のアニメーション映画作品にちなんで「秒速5センチメートル法」と呼んでいる。

秒速5センチメートルは作中では桜の花びらが舞い落ちる速度とされているが、現実では筋肥大を引き起こす速度である。
本当に余談だが、作中終盤で就職後のヒロインが使用していた携帯は当時私が使用していた携帯と同じであった。どうでもいい。

回数の概念はない

負荷設定に関しては結果的に10~20RMほどの範囲の重量に収まっているが、発達刺激を得るための重量と回数であれば深くこだわらずにいる。

うまく負荷設定ができると、高重量や反動を用いた時とは異なる焼けるような特有の痛みを感じる。
個人的にはこの感覚が効率的な筋肥大に繋がるのではないかと考えており、この痛みに近い感覚に到達することを最優先事項としているため細かいトレーニング変数にはこだわっていない。従って秒速5センチメートル法において回数そのものはあまり意味を持たないようにも感じる。

"効かせる"のではなく"発達刺激を入れる"のだ

ただし、声を大にしてお伝えしたいのはこれは俗にいう"効かせる"トレーニングではなく、あくまで"発達刺激を入れる"狙いが第一だ。
いくら効かせても発達しなければ非効率であり、効かなくとも発達すれば良い。
他の使いどころとしては、ある程度の重量でトレーニングをしているが対象部位にうまく刺激が入らない場合にもおススメだ。

ボディビル競技に特化しているようにも思う

さらに、速さや反動を使わないことで完全なコントロール下にある筋収縮の持続時間(TUT:タイム・アンダー・テンションと呼ばれる)が増え、その過程で神経~筋が促通されて運動単位(神経とそれが支配する筋線維のこと。モーターユニットとも呼ぶ)の増加を促し、結果としてボディビルに欠かせないマッスルコントロールも向上するのではないかと考えている。それらはポージング技術にも直結する。

そしてマッスルコントロールが向上すればトレーニングの質も上がるため、ボディビルに特化した良いサイクルが出来上がる。
実際、この手法を取り入れてからマッスルコントロールとポージング技術が飛躍的に向上したように感じる。

それでもヒトは刺激に適応していく

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筋肥大に際して個人的に最も成果が感じられた手法と見解を述べた。これからもおそらくこの手法をメインに置いていくと思う。自分に合っているようだ。

しかしヒトは刺激に適応していく。一つのやり方だけで伸び続けられれば良いが、多くの場合どこかで停滞する。
やってはいるが成果が見られない負のサイクルの完成である。心身ともに強いストレスを抱えるだろう。

刺激への適応はそれだけ強くなったとポジティブに捉え、一つの手法に頑なにこだわらず随時最適なやり方を柔軟に取り入れるようにしたい。

筋肥大の山頂へと登るにはメインのルートから他のルートへ、ある程度登ってまた別のルートへと、あみだくじのように曲がりながら進むのではないだろうか。その時点で不足している能力をある程度補わせるような性質があるのかもしれない。

何度も言うが、これらは万人に対して必ずしも強く推奨するものではない。
どういう個人的な背景がありなぜこの考え方に至ったのか、長くなったがぜひ把握して頂ければ大変に嬉しい。

現在のご自身のやり方で望んだ効果が得られていれば素晴らしい事だ。そのままで良い。重量を伸ばしていくことの重要性は記載するまでもない。デカい人はだいたい高重量だし、高重量を扱う人はだいたいデカい。

本件はあくまで伸び悩んだ時や停滞したときに切るカードの一つとして、もしくは普段と異なる刺激を入れるなどの場合にバリエーションとしてご紹介している。

「きんにくをおおきくするには、かるいおもさで ゆっくりやればいいんだよ、おもいものは あつかわなくていいんだよ」などとは決して言っていない。

木を見て森を見ず。一部の情報だけを都合よく切り取り、それを全体像だと思わないようにぜひご注意頂きたい。

誤解を与えることなく自身の見解を伝えたく随分と冗長になってしまったが、次回以降は実際に取り組んで効果のあったトレーニングを紹介していく。何かのヒントになれば嬉しい限りだ。
せきぐち:フィジークオンライン編集、男衾ボディビルジムマネージャー。柔道整復師、NSCA-CPT、JATI-ATI、JBBF公認二級指導員。