ニーズはどこまで満たすべきか
掲載日:2018.10.03
こんにちは、西岡です。今回は、チームスポーツにかかわるトレーニング指導者についてのお話をさせて頂きたいと思います。
私は現在、フィジカルコーチという役職でトレーニング指導を行っています。その活動のなかで考えさせられるのが「チームのニーズをどこまで満たすか」ということです。
私は現在、フィジカルコーチという役職でトレーニング指導を行っています。その活動のなかで考えさせられるのが「チームのニーズをどこまで満たすか」ということです。
ニーズには全て従うべき?
チームのニーズには「試合で勝てるようにしてほしい」といった本来のニーズと、「○○トレーニングをやってほしい」といった細かなニーズがあり、フィジカルコーチはチームの本来のニーズに従うことを前提としてトレーニング指導にあたります。
しかし、細かなニーズに関しては全て従えば良いというわけではありません。なぜなら、その要望に従うことがチームの目標達成にとってマイナスになる(=本来のニーズに応えにくくなる)かもしれないからです。
例えば、そのチームの本来の目標が「全国大会で優勝すること」だとします。その目標を前提として、チームから「ウエイトトレーニングはやらずに走り込みをやらせてほしい」と言われた場合、このニーズには従うべきでしょうか。
フィジカルコーチとして、「ウエイトトレーニングは必要ない」「走り込みが必要」と総合的に判断したなら、従うことに問題はないと思います。ただし、ウエイトトレーニングが「全国大会優勝」という目標達成に必要な手段だと判断したなら、ニーズとは異なる手段を用いることも考えなければいけません。
つまり、下の図のように本来の目標がチーム内で共有できていても、用いたい「手段」が異なる場合があるのです。
しかし、細かなニーズに関しては全て従えば良いというわけではありません。なぜなら、その要望に従うことがチームの目標達成にとってマイナスになる(=本来のニーズに応えにくくなる)かもしれないからです。
例えば、そのチームの本来の目標が「全国大会で優勝すること」だとします。その目標を前提として、チームから「ウエイトトレーニングはやらずに走り込みをやらせてほしい」と言われた場合、このニーズには従うべきでしょうか。
フィジカルコーチとして、「ウエイトトレーニングは必要ない」「走り込みが必要」と総合的に判断したなら、従うことに問題はないと思います。ただし、ウエイトトレーニングが「全国大会優勝」という目標達成に必要な手段だと判断したなら、ニーズとは異なる手段を用いることも考えなければいけません。
つまり、下の図のように本来の目標がチーム内で共有できていても、用いたい「手段」が異なる場合があるのです。
※この図はあくまで例なので、私の所属チームとは一切関係ありません。
良いと思ったことを貫けば良い?
ではこのような場合、ニーズを無視して、フィジカルコーチとして「良いと思ったことを貫く」のがベストなのでしょうか。
もちろん、選手にできる限り良いものを提供したいという気持ちは大切だと思います。
しかし、フィジカルコーチという立場からだけでは見えていない部分が必ずあります。もしかすると、そのチームの場合はウエイトをやらずに走り込んだほうが試合で勝てるかもしれないのです。
そこを周囲のスタッフや選手と協力して見つけていき、最善策を考えるのがベストなのではないかと思います。
もちろん、選手にできる限り良いものを提供したいという気持ちは大切だと思います。
しかし、フィジカルコーチという立場からだけでは見えていない部分が必ずあります。もしかすると、そのチームの場合はウエイトをやらずに走り込んだほうが試合で勝てるかもしれないのです。
そこを周囲のスタッフや選手と協力して見つけていき、最善策を考えるのがベストなのではないかと思います。
まとめ
今回は自戒の念も込めて、チームをサポートするトレーニング指導者のあり方について考えてみました。
前回の記事にも書きましたが、トレーニングはあくまで「目的」に対する「手段」です。ニーズを受け入れるべきか判断するときは、そのニーズのなかに「手段」が含まれているか、その「手段」自体が「目的化」していないか(例:走ること自体が目的になっていないか)という点は十分に気をつけたいところですね。
また、トレーニング指導者としてのフィロソフィーやこだわりを貫くことが必要なときもあると思います。ただ、周囲のスタッフや選手と協力しながら本来の目標に対する最善策を考えていくこともすごく大切なことなのではないでしょうか。
それではまた次回、よろしくお願いします!
前回の記事にも書きましたが、トレーニングはあくまで「目的」に対する「手段」です。ニーズを受け入れるべきか判断するときは、そのニーズのなかに「手段」が含まれているか、その「手段」自体が「目的化」していないか(例:走ること自体が目的になっていないか)という点は十分に気をつけたいところですね。
また、トレーニング指導者としてのフィロソフィーやこだわりを貫くことが必要なときもあると思います。ただ、周囲のスタッフや選手と協力しながら本来の目標に対する最善策を考えていくこともすごく大切なことなのではないでしょうか。
それではまた次回、よろしくお願いします!
【経歴】
・早稲田大学スポーツ科学研究科 修士課程在籍
・早稲田大学ア式蹴球部女子部 フィジカルコーチ
・元早稲田大学男子ソフトボール部 学生トレーナー
【資格】
NSCA-CPT、CSCS、JSPO-AT