医学的見地からのトレーニング分析 -CHEST-
掲載日:2015.06.05
あなたは知っていますか?縁の下の力持ちに徹する筋群ステージに立ち筋肉美を披露し競う選手たち。美しいシルエットと纏うスーツのあでやかさ。コンテストの舞台に立つ選手とそれを支える影のスタッフの双方が、観客に感動をもたらす。
すべての美しさの影に、それを支えるものがある。表面から見える、目立つ、大きな筋群を鍛えていく上で、ふと見逃されがちな、深い場所で支える大切な筋肉にスポットを当ててみたい。
深さの原則
骨格筋は骨を動かすもの。身体の中には数えきれない数の骨がありすべて筋肉や腱で繋がっている。そして深い場所にある筋群ほど長さが短い。そして数が多いという原則がある。浅い場所にある筋肉ほど大きく広い。深い場所では、短い距離と数で、“微調整”を行っていると解釈してほしい。
連載第一回目は、初心者から上級者までこだわりのある胸から解説していこう。
大胸筋とその影武者たち
大胸筋は誰も知っている胸の主役。胸の最も表面、前面を広く覆う。鎖骨と胸骨、そして肋軟骨と上腕骨を繋いでいる。筋繊維は動きの方向に太く大雑把に“束ねられて”いるために、鎖骨部、肋骨部などと区分けできる溝が目立ち立体感を醸し出す。
元はと言えば、多くの脊椎動物の仲間たちにとって、この大胸筋は腕と地面の支えとしてシンプルに利用してきたもの。身体を地面から起こす、地面を蹴ってその力を受けるためにある。それが猿から人になっていく過程で、腕がどんどん自由に動くような方向になっていったために、大胸筋にも変化が要求されるようになった。
すなわち、上腕骨側が強く長くねじれて腱となっている。これで腕が回旋したりして大胸筋が広い範囲で伸びて身体を支えることができるようになった。
腕を自由に動かせるための主役は肩甲骨だ。肩甲骨はある意味、胸郭の上をすべる“動滑車”である。薄い骨でできたこの動滑車にはたくさんの筋肉が付く。
肩甲骨が左右から寄ってくるとき、背中側の菱形筋が収縮する。それと同時に胸郭の反対側の前鋸筋が引き延ばされながらも緊張し肩甲骨を安定しようとするのが前鋸筋。脇の下と大胸筋の間にちらりと見えるギザギザ型の筋腹の短い筋肉だが、しっかりした大胸筋外側の影と立体感を描き出すには必須の筋肉だ。
しっかり息を吸ってホールドするときには、もっと深い肋骨の間にある筋密度の高い肋間筋が緊張する。二重に重なった肋間筋が肋骨をぐいぐい広げて収縮させる。胸郭が上下方向に持ち上がるときには、クビの奥深くの筋肉群だけでなく大胸筋のすぐ下にある肋骨と上腕骨を跨ぐ小胸筋が縦方向に強く緊張する。
この筋肉が盛り上がることで、大胸筋の外側から上部が深い位置から盛り上がってくる。
表面にはごく稀に、胸骨に沿って胸骨筋という縦方向の胸郭収縮のために痕跡上に見られる筋肉を減量が進むと見ることがある。片方だけがほとんどで、女性ではあってもスーツのため目立たない。大胸筋内側にインパクトを与えるには小さ過ぎる筋肉だ。
トレーニング種目と筋肉の知識
1 ベンチプレス
ベンチプレスは胸のトレーニングの王道だ。大胸筋の解剖学的構造から見てもそれほど可動範囲が広いと思えない種目だが、この種目だけで胸筋を発達させている選手は多い。
ベンチ台に仰向けになり、バーベルをラックからはずして胸郭に近づけて挙げる。その動作だけで述べて来た多くの筋群が同時に参加するために、胸郭全体が盛り上がった感じを得られる。鎖骨部ならやや上気味に、胸骨部なら絞り気味にバーを胸郭に近づけて行く。上腕部が体幹から離れるほど大胸筋に刺激を与えやすい。
高重量のベンチプレスは、大きく息を吸ってホールドするために呼吸に関わる筋群に、またウエイトが“落ちてくる”恐怖感は姿勢やバランスをとるための深い筋群にも同時に強い刺激を与えることができる。これをプレス系の筋稼働率が上がると表現されることもある。
2 ダンベルベンチ
ダンベル中央からグリップをややずらして持つことによってウエイトと地面の角度を変化させ、それを手首で調整することで可動域の中で大胸筋への刺激を変化させることができる。
収縮位置でのスクイーズ感を得やすく胸骨から盛り上がる内側のバルクと密度を出すにはマスターすべき種目と思う。三頭筋の関与を減らせばダンベルフライとなり、バリエーションを楽しめる
3 ダンベルプルオーバー
ベンチ台に交叉するようにダンベルを胸郭の上で“スライド”させるとてもクラシカルな種目だが、解剖学的観点からもストレッチと収縮双方をしっかり得る事ができる大切な種目。
ウエイトにこだわって、ストレッチ感を主流にしても良いし、軽めのダンベルで、トップでの収縮感を得るのも良い。深い位置から胸郭が盛り上がってくるのが実感できたら最高だ。
4 ディップス
ディップスは、自分に合った手幅と肘の角度を会得するかがポイントだろう。完全なスクイーズ感は弱い種目だが、腕を体幹から離す角度によって肋骨部から大胸筋全体を様々なストレッチ感を得ることができる。
脇締めと肘の角度を柔軟に変化させて大胸筋と小胸筋を中心としたパンプも得やすい。ベルトでウエイトを保持してストレッチ感を強める、ネガティブで効かせるテクニックとして良く知られている。
5 レバレッジマシン
大胸筋の強い収縮感、スクイーズを“学習”するにはハンマーストレングスのチェストマシンを抜きには語られないだろう。このマシンの登場で、収縮位置でのウエイトを受ける感覚を得て、またフリーウエイトへフィードバックしていくことで大胸筋に深い溝と密度を与えることができる。
アイソラテラルワイドチェストなど発売以来モデルチェンジされない名器だ。二匹目のドジョウ狙いで多くのメーカーが類似品を発売したが、本家本元にかなわずほとんどが姿を消している。
6 ケーブル系マシン
ノーチラスマシンなど、ストレッチポジションをフットアシストで軽減させ、カムなどの可変抵抗で大胸筋の持続的な収縮感(continuous tension)を得やすいマシンが多数開発されてきた。
フリーウエイトで負荷が抜けてしまう動きの欠点を補える名器も多い。ウエイトスタックで重量の微調整が容易にできること、座位で初心者にも抵抗無く胸の動きが意識しやすく、デザイン面からも今後多くのマシンが開発されていくことだろう。
危険を回避する解剖学的知識
ベンチプレス、ダンベルプレス、多くのマシンでのヘビーウエイトトレーニングで、胸ではなく肩痛に苦しむトレーニーは少なくない。なぜだろうか?
ここで忘れてはならないのが、棘上筋だ。多くの動物は肘を広げて、地面から上体を起こしたりしない。脇を締めて“ナロウベンチ”気味に行う。子供たちに腕立て伏せを行わせると脇が締まっている。腕と胸、正確に言えば上腕三頭筋と大胸筋両方を使用するのが“効率が良い”。
あえて僕たちはその三頭筋の特に長く太い長頭の関与を少なくさせる。実は、肘を広げる、上肢の外転という動作の主役は三角筋ではなく、その深い場所にある棘上筋だ。
これはレバレッジ(てこ)のように上腕骨と肩甲骨の間にあって腕を外転するロープとしての役目を果たす。上腕骨の丸い骨頭をすべるようにして腕を持ち挙げるという、ある方向だけに強いロープ。
それが、ベンチプレスなどの種目では、持ち上げた状態のまま、後ろや前に押し付けられて捻られる。捻られたまままたその繰り返しの動作が高重量で加わる。ロープはたとえ丸くても上腕骨という堅い骨に擦られてささくれ立つ。腱の中や周りにはたくさんのセンサーがある、伸びたり縮んだりほんの少しの筋肉の動きを腱は感じ取る。
腱は丁寧に時間をかけてコラーゲンを編み込んで創った“高級セーター”である。注意深い扱いをしなければどんなに編み込みが丁寧でもほころんでくる。
想定外の方向への刺激、疲労などセンサーの声が痛みや不快感だ。それを無視して、根性で、気合いだけで、その動きを繰り返すことで、断裂を起こす。その修復は行われるが不完全なもの。修復には時間がかかるし、断裂の大きさ次第では炎症となり、炎症は破壊を伴う。
そこには“いい加減な”パテ埋めだけが行われ強度も柔軟性もない。その間に周りの筋群には想定外の負担がかかり、破壊の負の連鎖の元となる。柔軟性のある動きもしなやかさも、そして美しい形も二度と元に戻る事は無い。
筋肉の形と密度を変えるには、根性だけではいけない。筋肉と対話するには、筋肉の声を聞くには、筋肉の知識を付ける、“相手を知るべき”なのだ。
大胸筋断裂の理由
バーベルベンチプレスが、稼働域が広くストレッチがより強いはずのダンベルプレスや他のマシンに比べ高い頻度で大胸筋断裂を起こすことも事実だがなぜだろうか?
ベンチ台で微妙に肩甲骨の内側への動きが制限される。手首や肘の自由度が制限される。大胸筋とは左右別々に動く“初期設定”なのに同時にバーの刺激が加わる。
それらの理由が相乗効果を起こし、ねじれた腱と筋肉移行部に慢性疲労を生じさせる。そして突然ゴムが弾けるように切れるのである。縁の下の力持ちである諸筋を十分に他種目で刺激して高重量のベンチに挑戦してほしいと思う。一度断裂した大胸筋はどんな手術を行ってもその形も強さも二度と元には戻らない。
フィットネス&ボディメイク情報誌
[ PHYSIQUE MAGAZINE 001 ]
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