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トップ選手のトレーニング ”バスケットボール” #2 日本バスケットボール協会 スポーツパフォーマンス部会長 アスレチックトレーナー 佐藤 晃一

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掲載日:2018.03.19
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選手の育成・強化に広く関わることになる中核的な部門であるスポーツパフォーマンス部会の部会長として、NBAをはじめ世界のトップチームで長年経験を積み多くの実績を残してきたアスレチックトレーナーの佐藤晃一氏に、「バスケット×フィジカルトレーニング」をテーマに話を伺った。

栄養素と食べ物の考え方そして、還元主義から全体主義へ

選手への栄養摂取の指導をする際、食物を構成する栄養素を使って説明する考え方は間違いなく大切だと思いますが、私はアメリカの食文化を専門に広い視点から研究しているMichael Pollan(マイケル・ポーラン)氏の「Eat food. Not too much. Mostly plants.」という考え方を根底においています。

「Eat food」は、食べ物だと一目で分かるものを食べるように。つまり、加工食品を控えるように、ということです。加工食品のことを彼は「Edible Food like Substances(食べることができる食べ物のようなもの)」と呼んでいます。
実践方法の一つには、スーパーに行ったら真ん中の方を避けるというものがあります。皆さんお気づきかもしれませんが、真ん中のほうは加工食品が主に並べられていて、生鮮食品は大体壁際に配置されています。
そして「Not too much」食べすぎないことと、「Mostly plants」植物を中心にすることです。

また、同氏の「ニュートリショニズム」という理論では、食べ物の価値を現在我々が分かっている栄養素だけで決めてしまうのは危険であるとしています。これは「ニュートリショニズム(Nutritionism)」と呼ばれ、食物はそれを構成する栄養素によってその価値が決められる。つまり、食物は栄養素を体に運ぶための手段、というわけです。
例えば、血中のβカロチンが多いと肺がんになりにくいという研究報告があります。
しかし、喫煙者にβカロチンを多く摂らせてみると肺がんのリスクが上がってしまった。βカロチンを多く摂ればリスクは減るかと思いきや、真逆の結果になってしまったのです。食物を構成する栄養素だけで食物の価値を図ることはできないということを示唆しています。

単純に、一つの栄養素にどういう働きがあるかを徹底的に突き詰めるのが科学なのですが、現場レベルだと逆に通用しにくくなることもある。科学的な考え方を無視したり必要がないというわけではないと思いますが、全部が全部そのままは通用しなくなってきていると思っています。

食物をより包括的に捉える考え方として、ミネソタ大学のDavid Jacobs教授が提唱している「フードシナジー」があります。栄養素一つ一つも大事ですが、まだ分かっていない栄養素の存在や働きも含めると、栄養素それぞれの相互作用による影響を考えることが大事であるということです。

これは、還元主義的に突き詰めていく姿勢と、全体的に物事を俯瞰するバランスが必要性を示唆していると思います。このようなことは様々な分野で見られています。

例えば、90年代から2000年初頭に、アメリカが莫大な費用をかけて人間のゲノムを解析する、ヒトゲノム計画が行われました。もちろんすぐに大きな成果が出るとは限りませんが、未だに治療法の分かっていない病気は多々あります。つまり、構成要素(ゲノム)を理解しても、全体を理解するのは難しいということです。

この考え方は、体の動きに関しても言えます。体の動きを筋肉それぞれの機能で説明しても限界がある、というものです。昔は「弱い筋肉を強くして、硬い筋肉や関節を伸ばす」という部分を扱うシンプルなアプローチでしたが、近年では収縮のタイミングやコーディネーションといった、細部に至る考え方がでてきました。
それでも分かっていない部分が多々あることも同じに思います。私は、筋肉をそれぞれへのアプローチではなく、動きを動きとして捉えて体を鍛えるアプローチをしています。

端的な解釈と悪者化(Demonize:デーモナイズ)

科学的な発見は時に、あるものを悪者にする(Demonize:デーモナイズ)一方で、あるものを崇める、ということを引き起こします。最近は炭水化物が悪者にされていますね。

しかし時代を遡ると脂質が悪者にされたり、タンパク質が悪者にされたりしたこともありました。アメリカの例をとると、脂質が良くないということ背景に、脂質ゼロの炭水化物中心のスナックが広まりました。消費者は脂質ゼロだからいくら食べてもOKというわけで、肥満が増加しました。
このようなことはよくあることです。本来の科学的発見は消費者にメディアを通じて伝わります。

メディアはインパクトのあるメッセージを世間に広めたいので、科学者が何か発見をして、その経緯を理解してもらい、誤解を招かないように詳しく説明したとしても、残念ながら詳しい話は省略されて、単純なメッセージが消費者に伝わります。さらに、食品会社はその単純なメッセージを上手に使って商品を売るわけです。踊らされるのはいつも消費者です。

同じようなことが、トレーニングの世界でもあります。例えば、体幹トレーニングとしてドローインが素晴らしいものとして一昔前に紹介されました。
これも元々の研究がシンプルに伝わって、過剰解釈された結果です。
元々は、腰痛のある人にドローインのトレーニングを行わせると、腹横筋の収縮するタイミングが早くなり腰痛が減少する、という内容でした。
それが、単純にドローインは素晴らしいという趣旨のメッセージになり、アームカールをする前にもドローインを、ドローインしながらスクワットを…と、元々の研究の内容とは違った使われ方が広まりました。今も知らずにそれを行い続けている人もいるでしょう。このようなことを避けるために、何か新しい研究が紹介されたら、元々の文献を見るようにしています。

スクワットの際の膝が前に出る動きに関する解釈も同じです。一般的に、スクワット等のしゃがむ動きでは膝が前に出ないほうがいいと言われていますが、実際には膝が前に出る必要がある機能的な動きがあります。

例えばリバウンドの着地で、膝を前に出さずに着地することは少なく、殆どの場合膝が前に出ます。リバウンドを競って連続でジャンプしたり階段を上ったりする際も、上半身は地面に対して比較的に垂直で膝が前に出ます。
この膝が前に出るのは悪い、という解釈も、膝が前に出ると膝に負担がかかるという趣旨の文献が過剰に解釈されてしまっていることに起因していると思います。
自然な動きを自然にできるようにするということが大事だと考えています。

ヒトとしての動き

バスケット選手とかスポーツ選手だからと言う前に、まずヒトとして健康に生活するために必要な動きのバリエーションを指導することも我々の仕事の一つだと考えています。
トレーニングにおいては、負荷を使ってスクワットやデッドリフトがちゃんとできるかというのはもちろんですが、あぐらや、正座、長座で座れるかを含め、自重で様々な動きを行えるようにしたいです。これらの動きは、昨今指摘されている子供の運動能力の低下に関係していると思います。また、椅子やベッドの生活により、床ベースの活動が減ったことも関係していると思います。スポーツ選手云々以前にまずは自然な動きができなければなりません。

もちろん、これらができないといい選手になれないかと言うとそうでもなく、これらの動作ができなくても凄く高い能力を持った選手を多く見てきていますし、NBAの選手にもいます。
しかし、怪我をしたNBAの選手を評価した際に、これらの動作をチェックしてみるとこんな動きもできなかったのかということもあるので、怪我のリスクという点から考えるとこれらの動きは重要だと思います。

ウェイトトレーニングの取り組み

選手のカテゴリーにより変わりますが、例えば女子A代表だと2日続けて行って1日休むパターンです。やはり身体を作ってほしいので、全体で見るとウェイトトレーニングの占める割合は大きいです。トレーニングプログラムの内容は、動きの質に重点をおきながら、基本的に下半身はスクワット、デッドリフト、上半身はプッシュとプルの動きを中心に行なっています。

ユースの場合は自重で動きをつくることから始めます。様々な動きを指導する中で、自分が行なっていると思う動きと実際の動きのギャップを意識させて、補正させることを重視しています。
腕立て伏せは、「パーフェクトプッシュアップ」と言って、完璧な腕立て伏せを一回できるように指導しています。腕立て伏せは、上肢の筋力だけでなく、体幹の力を評価できる動きの一つだと思います。

動きづくりの取り組みは、単に筋力アップや体重アップだけでなく、ケガの発生のリスク低減につながると思っています。

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